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10-18 2人と1匹

 吹き荒れていた暴風が収まると、そこに立っていたのは金色の髪のメイド1人だった。

 今しがたまで魔物を形作っていたルーク級の魔石が地面に落ち、忌々しげに太陽光を照り返す。


「ミッション終了」


 金髪のメイド―――パンドラは、右手に持っていた深紅のコンバットナイフ“スカーレット”と左手の魔弾の込められた銃を戻して戦闘状態を解除する。


「どうやら、そちらも問題ない様だな?」


 辺りに落ちていた魔石を拾いながら、エルフの証である長い耳をご機嫌にピコピコ揺らしながらフィリスが近付いて来る。その手に大事そうに握られているのは老木のワンド。

 “ユグドラシルの枝”。亜人達にとっての信仰の対象である星の大樹(ユグドラシル)の折れた枝を加工して作られたワンド。見た目はただの老木だが、そこに存在するだけで大地が、草花が、木々が、風が、自然の力の全てが喜びの声を上げる。フィリスの手の中にあるワンドは、“そういう”武器だ。


「はい。神器に付与されたスキルの使用も問題ありません。ルーク級の魔物との戦闘データがとれたので、戦術プログラムも随時更新しています」


 後半はフィリスには何の事だか意味不明だったが、問題無いとの事なのでスルーする。

 魔石拾いにパンドラも合流し、2人でバレーボールのような大きさの魔石を集める。すると、近くでお座りして戦いを見守っていた赤毛の狼がトコトコと歩いて来てそれを手伝い始めた。


「ゴールド、貴方も手伝ってくれるのですか?」


 問い掛けに「ガゥっ」と元気よく返事をして、近くに落ちていた魔石を咥えてパンドラに手渡す。「ありがとうございます」とそのお礼に、いつも主人がしているように首元を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めて尻尾を振る。

 金色の瞳の狼はゴールド。

 パンドラの主人であり、フィリスの憧れの存在である≪赤≫の継承者アークによって生み出された眷族の1体。今回は自身が近くに居れないアークが、2人の護衛に置いて行った魔獣である。

 今の見た目は少し大きな赤毛の狼だが、その本当の姿はフェンリル……神話の狼の姿を元にしてアークが創造した炎を纏う神狼である。


 現在地は、グラムシェルドから5km程離れた平原のど真ん中。

 先程まで2人が戦っていたルーク級の魔物ブラッドエンプティーは、空中を自由に飛び回る飛行型の魔物である。飛行する捕食者にとって、獲物の隠れる場所の無い平原は恰好の狩り場だ。

 今回もこの平原を通る商人団や旅人がかなり狩られていたのだが、ルーク級の……しかもかなりの数が群れとなって襲って来る状況を打破出来ず、その難易度から暫く放置されていた討伐依頼だった。

 まさか、その依頼をナイト級が……しかもたった2人で終わらせるとは誰が予想できただろうか?


 魔石を3つ拾ったところで、手荷物に収まらなくなった。いつもなら、白雪が全て収納空間(ポケット)に放り込んで管理してくれるのだが、今は名付け親である少年と一緒に別行動中なので、全部自分達で管理するしかない。

 2人の荷物袋は元々白雪が居る事を前提にしているので、旅人の物としては相当小さい。どう頑張ってスペースを作っても、バレーボールのような大きさの魔石を全部持って行くのは無理だ。

 ゴールドに持って貰う選択肢は始めから2人にはない。頼めば喜んで運んでくれるだろうが、ゴールドはアークが自分達の護衛として置いて行ったのだ。荷物持ちをさせて「いざという時に戦えません」ではゴールドにもアークにも失礼だと思ったからだ。

 結局、フィリスが飛行魔法で浮かせて持って行く事になった。

 2人と1匹がグラムシェルドの帰途につく。それを追いかけるように、13の魔石がフヨフヨと漂う姿はある種の異様さがあるが、そんな体裁を気にするような2人ではないのでまったく問題無かった。


「それにしても……ユグドラシルの枝か。長らく封印されて居た理由が解った。この力は確かに強大過ぎる」


 ふとフィリスが手の中のワンドを見つめながら、深刻そうに言うので、パンドラも無視できずに反応を返す。


「しかし、それでもまだ私もフィリスも、マスターと共に戦える水準には達していないと判断します」

「確かに……そうだな」


 その言葉には、悔しさが滲み出ていた。

 パンドラは神器とスキルを手にした。フィリスはユグドラシルの枝を手にした。2つともこの世界のレベルで言えば強大な力であるが、彼女等が共に戦いたいと……護りたいと願うのは、世界最強クラスの力の持ち主なのだ。その領域に至るには、まだまだ2人とも力が足りない。


「アーク様の足手纏いにならぬよう、我々はもっと力を研鑚しなければならんな」

「はい。同意します」


 少なくても、2人の横を機嫌良さそうにトコトコ歩いているゴールドの真の姿と渡り合えるくらいの力がなければ話にならない、そう2人は思っている。

 ゴールドの神獣化した姿は、キング級の魔物を秒殺する強さだ。その強さを人の強さで当て嵌めるなら、キング級の冒険者に相当する。2人が登ろうとしている山は、そういうレベルの山だ。


「ところで………」


 先程までと打って変わって、訊きにくそうにチラチラとパンドラの様子を窺う。


「はい。なんでしょう?」

「その…お前はアーク様の事をどう思っているのだ…?」

「どう、とは?」

「だから……その、男性として…だな…」


 フィリスはアークへの想いを自覚している。

 種族の壁も、年齢の壁も、全部問題にならないくらいに、あの小さな少年を愛しいと思っている。手が触れただけで耳まで熱くなってしまうし、パンドラと2人で居る時には嫉妬してしまう。

 長命なエルフとして生まれ、人の世代が数度代わる程の時間を生きて来たフィリスだが、これ程誰かを強く求めて心が締め付けられるのは初めてだった。

 だからこそ、この金色の髪の召使姿の女と自分の想い人がどう言う関係なのかハッキリさせておきたかった。


「男性として、ですか?」


 一方パンドラは自分にとってのマスター(アーク)がどう言う存在なのかを考える。

 マスター登録(インプリンティング)されている男性。その一点だけでもパンドラにとっては世界で何よりも……勿論自身よりも……重要度が高い人物である。

 だが、それだけではない。

 パンドラには、人物や物に対しての感情値が設定されている。恋愛ゲームで言うところの好感度のような物だが、この数値が高ければ高い程護る優先順位が高くなり、万が一切り捨てなければならない時もこの数値が行動の指標となる。

 しかし…このところ、この感情値にちょっとした異常が起こっている。とは言っても、エラーと呼べるほどの物ではない。実際、セルフメンテナンスでも結果は正常となっている。

 その異常と言うのが、マスターであるアークに対しての数値が異常に高くなっていると言う事だ。他の感情値は通常のままなのに、何故か其処だけに異常が出ている。

 元々マスター登録されている為感情値が1番上になるように設定されているのだが……通常時の値が100とすると、現在の設定値が2000くらいになっている。一応設定値の修正はしようと試みているが、元々パンドラの意思で数値を変動出来るようにはなっていないので、結局現在も数値は2000のままだ。………いや、違う。アークの近くに居る時に、少しづつだが数値が上昇しているので、実際はもっと数値は高い。

 この数値の異常の原因には心当たりが有る。

 パンドラは1度死にかけている――正確には壊れかけた、だが――。その間のパンドラの意識は無かったが、外の情報の断片が、時々視覚や聴覚から入って来て…このまま眠る様に自分は止まる……と機械的に事実を認識していた。それなのに―――自分は目を覚ました。

 童話のような、“王子様”のキスによって。


――― 嬉しかった


 あの時の視覚情報も、触れた唇の感触も、全てメモリーの最重要レベルとして保管されている。

 その時からだ。感情値が異常な値を吐き出すようになったのは。

 フィリスからの質問「男性としてマスターをどう思うか?」は、パンドラには難しい質問だった。

 一応女性型として作られて、思考回路もそれ寄りになっているが……男性と恋愛をするようには作られて居ないからだ。

 でも…しかし……自分の中にある、上手く言葉に出来ないマスターへの気持ちはなんなのだろうか?


「判りません」


 パンドラは正直に答えた。


「ただ、マスターとは1分1秒離れたくありませんし、身の回りの全ての御世話もしたいです。それと……時々私に触れてくれると、とても嬉しく思います……」

「…………」


 フィリスが呆れた目で見つめていた。


「何か?」

「いや……何でもない」


 そので会話は終了し、2人と1匹は黙ってグラムシェルドに急ぐ。

 

 

 フィリスは、気付かれないように横を歩くメイドを見る。

 その横顔はどこまでも無表情で、正直何を考えているのか全く分からず、フィリスとしては得体の知れない気味悪さを未だに感じてしまう。

 だが、先程無感情に口にした言葉が全て本心だとしたら……


――― それを愛情を呼ぶのではないだろうか?


 それを教えるのも何か悔しいので、敢えて教えたりしないが……。



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