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10-15 残り火の意思

 黒ローブの転移魔法は、直ぐ近くに居た俺を巻き込んで発動し、気付けば石畳の上に立っていた。

 ここは……?

 自分での転移ならともかく、他人の転移に巻きこまれると一瞬訳が分からなくて混乱する。


「父様?」

「白雪?」


 呼ばれて振り返ると、少しだけ心配そうな姫様と、その手の平の上で首を傾げている白雪が居た。

 あれ? って事は、地下から地上に飛んだだけ? てっきり【遠距離転移(ハイポータル)】で遠くに逃げるつもりなのかと思ったのにな?

 そんな思考を、男の大声が強制中断した。


「今しばらくの時間が必要だったが、クイーン級冒険者が現れたとなれば仕方なし!!」


 黒ローブの男が、演説をするように周りに聞かせる気満々で叫んでいた。

 男の姿を見た者は皆、すぐに魔道皇帝の手下である事に気付き、襲撃の際の恐怖を思い出して顔を青くする。


「ま、まさか奴は!?」「ま、魔道皇帝の……!?」「皆、早く隠れるんだよ!!」「にげろおおっ!!」「いやああああっ!!?」


 物凄い勢いでトラウマスイッチがオンになった。

 ゴースト騒ぎが終わったと思って通りに出ていた人達が、再び家の中に引き籠る。

 姫様を護っている団長さんでさえ若干顔色が悪くなっているのだから、一般人に植えつけられた恐怖心がどれ程かは想像するまでもない。

 そんな周りの反応を満足げに見回して、男は更に続ける。


「皇帝! 貴方に私の肉体を捧げます、どうか! どうかっ! 魔導国を復活させる御力をお貸し下さいッ!!!!」


 急に何言いだしてんだコイツ?

 とりあえずツッコミの1つでも入れておこうかと思った瞬間、男は予想だにしない行動を取った。

 懐から取り出した魔石……それ程大きくない飴玉サイズの大量の魔石を口の中に流し込み、何度も吐き出しそうになりながら呑み込む。

 マジで何してんの…? 雑食って言葉にも限度が有ると思うんですけど?

 しかし違った。男はお腹が空いたから魔石を食べたのではない。


――― 地下から大量の魔素が噴き出す


「魔導国万歳いいいいいいいっ!!」


 男の体に噴き出した魔素が取り込まれる。

 1度に大量の魔素を体に入れたせいか、体が耐え切れずに血管を弾けさせて血を噴き出す。しかし、それでも魔素は男の体の中に取り込まれる。男の足から血が噴き出しても、こめかみから血が噴き出しても、全身から血を噴き出して男が地面に倒れても、魔素は更に男の中に―――男の死体の中に供給される。

 余りの凄惨な姿に、団長さんが姫様の視界を遮り、白雪も小さな両手で顔を覆う。

 

 これは……嫌な予感がするな?


 周りの人間達に見えている物は、魔石を呑み込んだ事で死んだ馬鹿な男の死体。

 だが、【魔素感知】を使っている俺の目には全く別の物が映っている。

 男の体の中に入れられた複数の魔石に、大量の魔素が注ぎ込まれている―――…。

 ただ注ぎ込まれているだけではない。魔石が魔素を取り込んで、複数だった小さな魔石が融け合って大きな魔石に―――そして魔晶石に変化する。


 あ……これヤバい奴だ。


 何かが起こる前に魔晶石を砕きに行こうかと思ったが、遅過ぎた。

 男の体を突き破って、体内の魔晶石が空中に浮かび上がる。


『ぉお……おおおおぉォおおッ!! これは、この力はッ!!』


 男の声。しかし、地面に倒れている死体の口は動いていない。声を出しているのは魔晶石だ!

 浮かび上がった魔晶石に黒い魔素が寄り集まり、四肢を、体を…そして頭を形作る。

 3mを超す特徴の無い巨人型の魔物の体―――ゴースト。

 未だ血の滴る魔晶石がゴーストの心臓部に吸い込まれると、魔物の目に生気が宿る。さっき戦ったゴーストとは明らかに違う。殺意、憤怒、悲哀、興奮、色んな感情がその目の奥でマグマの様に煮え滾っているのが俺でも分かる。


「この力……これこそが皇帝が下さった力!! ああ…ああああっ!! 感謝致します我等が皇帝!! 貴方様の下さったこの力にて、必ずや魔導国を甦らせ、貴方様に世界の全てを捧げますぞ!!」


 興奮して叫んでいるのに、どこか泣いているような声だった。


「で、お前はこれから何するつもりなん? 人に害為す存在になるってんなら、コッチも立場上ここでお前を始末しなきゃなんねーんだけど?」


 ギロっと俺を睨む。

 自分達が睨まれた訳でもないのに、後ろにいる姫様達が「ヒッ」と小さく悲鳴をあげる。


「くっくっく、皇帝より授かったこの力が有れば、クイーン級冒険者であろうとも恐るるに足らず!!」


 うわ……いかにも三下の言いそうなセリフを言いなさる…。


「その授かった力ってのが、ただの皇帝の劣化コピーじゃない事を祈っておいてやる」


 まあ、そうであろうと無かろうと、素直に捕縛されないならぶっ飛ばすけど。


「良いだろう! 偉大なる御方の力を、その身を持って思い知るが良い!!」


 俺に向けて左手を開く―――魔法か!?

 思わず身構える。しかし……3秒待っても何も起こらない。一向に魔法の詠唱が始まらず、でかい図体の魔物が阿呆のようにジッと左手を俺に向けている。


「おい…何かやるならさっさとやれよ…」


 いい加減イライラしたので、ちょっとだけ低い声を出す。

 何もしてこないなら、先手打って殴りに行くけど?


「なんだ? なぜ魔法が発動せん!?」


 知らねーよ。やっぱ皇帝の劣化コピーじゃねえか!

 ……いや、でもちょっと待て? 魔素体ってのは文字通り魔素の体だ。つまり魔物と同じ。魔物は魔法は使えないのはこの世界の常識。何故なら、魔法を発動する為の魔力が存在しないから。

 って事は、魔素体で魔法を使えていた皇帝が特別だったのか? コイツが劣化コピーなんじゃなくて、これが本来のスペックなのかな?


「どうすんの? 魔法使わないと戦えないってんなら、素直に捕まった方が良いんじゃねえの?」


 まあ、皇帝の手下で、しかもこれだけの騒ぎを起こしてる時点で、確実に斬首刑だろうけど…。


「フンッ、舐めるなよ冒険者! 魔法が無くても、この力があれば―――むぅんッ!!」


 周囲の魔素が集まり、瞬時に人型になる。


「ぁ、ああああ…」「そ、そんな…」「これは夢だ…夢に違いない…」「いや、いやぁああ…」「嘘よ、こんなの…」「誰か、誰か助けて…」


 現れたのは、8体のゴースト―――。


「ふっふふ、どうだ? これぞ皇帝がお授け下さった力だ!!」


 統率者であるオリジナルのゴーストが、この場を見ている全ての者に見せ付けるように両手を広げて辺りを見回す。「我を恐れ、我の力を讃えよ」そんな言葉が聞こえそうな芝居がかった態度が癇に障る。


「あ、アーク君……これは流石にまずいぞ…!?」


 背後で団長さんが剣を抜く。俺1人では戦力差があると判断し、加勢に入ろうとしてくれているらしい。だが―――コイツは俺の獲物だ!

 魔道皇帝の所の残党だってんなら、コイツは俺のやり残しだ。

 

「団長さんはそのまま姫様を護っていて下さい」

「ま、まさか1人で戦うつもりか!? 無茶だ!! いくら君が強いとは言え、ゴースト9体を相手に戦うなんて不可能だぞ!?」

「ご心配なく―――」


 ヴァーミリオンを静かに抜く。


「ちょっとだけ、本気出しますから」

「アーク様…」「父様…」


 姫様と白雪の心配そうな声を背中に受けながら一歩前に踏み出す。

 ただの一歩。されど、圧倒的な強者の一歩は、相手に恐怖心を叩きつける威圧行為である事を俺は知っている。

 左手にヴァーミリオンを持ち、右手を静かに相手に向ける。


「ほら、行くぞ?」


 瞬間―――視界が紅蓮に染まる。

 【魔炎】の最大火力に【レッドエレメント】の熱量を乗せて、無防備に突っ立て居た手前の2匹を焼く。周囲に熱量が散らないようにヴァーミリオンで回収する事も忘れない。

 焼かれた体が、即座に【自己再生】で回復しようとするが、体を這い回る炎が回復の為に集めた魔素を瞬時に消費してしまう。ダメージが消える事は無く一方的に魔素が消費し続けられて、2秒も経たずに体の維持が出来なくなって爆散した。


「な、なんだとっ!!?」

「お前にしろ、団長さんにしろ、この街の人間達にしろ……言わせて貰うがクイーン級を舐め過ぎだぞ?」



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