10-13 ゴースト
魔道皇帝。
かつてルディエを壊滅させかけた、自称皇帝。
奴の目的がルディエやアステリア王国ではなく、地下に封印されて居た≪赤≫だった事は、地下で奴と決着をつけた俺だけの秘密だ。
魔道皇帝の巨人型の魔物の姿。
これは……あれだよな? 俺の体を使ってるクソッ垂れが引き連れてる連中の切り札的な“魔素体”とか言う姿だよな?
今さらながら、皇帝と“連中”の繋がりを考える。
いや、でもだとすると……もしかしてこの目の前に居るゴーストも、連中の何かの策略って事は無いか? 例えば…ルディエの壊滅……。いや、それはねえな。ゴーストが現れるようになってから10日以上経つって話しだし、それだけ時間があったら魔道皇帝なら3回はルディエを滅ぼしてる。
そもそも、ルディエをつつけばアステリア王国のクイーン級の俺が出てくる事は奴等だって分かるだろうに………いや、むしろそれが狙いとか? 俺をここに呼び込む為の罠…とか? いや、それもどうだろうな…? だって、俺今までこの世界から消えてたんだぜ? 連中もそれは気付いてたっぽい反応してたし…やっぱこの線も無しかな…?
とすると、何だ? このゴーストは何の為にルディエの中で神出鬼没に暴れ回ってんだ?
とか呑気に考えて居たら、10m先に居た真っ黒な体の巨人が、ドンっと踏み込み―――加速する。
大きな一歩は2m以上進み、たった5歩で俺達との距離が詰まる。
目の前に巨大な影。
走って来た速度のまま、コンパクトな動きで繰り出される蹴り!
その蹴りが、俺の横を素通りして後ろに居る姫様に襲いかか―――
――― 横から手を伸ばして足首を掴む。
巨人の蹴りが姫様の手前で停止して、蹴りの余波でローブが捲れて姫様の金色の髪が揺れる。
「何、俺の事シカトして攻撃しようとしてんの?」
握り潰す勢いで、掴んだ足首を締め上げる。
「お、おい…ゴーストの攻撃を止めたぞ?」「いやいやいや、何かの間違いだろう?」「いや、だってほら…?」「ゴーストの一撃は家屋を破壊するんだぞ…それを止めた…?」「あの子供、まさかクイーン級のアークさんか!?」「あの子供がクイーン? お飾りじゃないのか…?」
周りの人達はちょっと静かにして居て欲しい。
一方俺に蹴りを止められたゴーストは、表情は分からないが空虚な目がジッと俺を見ている。
………にしても、今完全に俺の事シカトしたなコイツ? しかも、最初に狙ったのが非戦闘員の姫だった。
確信した。コイツ、皇帝じゃねえ。
蹴りも地下で食らったような殺人キックじゃなかった。確かに強いは強いが、クイーン級としてのアベレージなら相当低い。
「あ、アーク君、大丈夫なのか?」
後ろから、姫様を護っている団長さんが若干不安そうに聞く。
「ええ、余裕です」
「き、君は、今の速度が見えていたのか!?」
そら見えてるから止めたんだろうに……って、あの速度でも普通の人間には対応不可能なレベルなのか…? 確かに感知スキルがなかったら反応が少し遅れたかもしれないが、それでも視覚だけで十分対応出来た。
俺が人間離れし過ぎなのか……。
魔神の力をかなりのレベルで自由に振り回せるようになったロイド君の体は、あらん限りの強化魔法を3重4重に重ね掛けした以上の身体機能と能力を持っている。普通の人間を俺と同じ物差しで測るのが根本的に間違っているのだ。
掴んで居た足を離して、同時に一歩踏み込んで飛び上がり、巨人の顔面をボレーシュートする。
一瞬片足で踏ん張ろうと頑張ったゴーストだったが、頭が粉々になりかねない威力の蹴りには逆らえず、3mの巨体がボールの様に空中を舞った。
「野郎の相手は俺がするんで、団長さんは姫様連れて下がってて。白雪、お前も姫様と一緒に居ろ」
「了解した!」「はい!」
地面に転がっていたゴーストが立ち上がる。
「よお? 久しぶりか? それとも初めましてか?」
ゴーストは答えず、無言で突っ込んで来て拳を振るう。
パシッと軽々と丸太のような拳を受け止めて、横に逸らして体勢を崩し、ガラ空きになった腹にカウンターの右拳を叩き込む。
ゴギンっと深々と拳がめり込み、ゴーストが2m程吹き飛んで地面を転がる。
「お前が誰かは知らねえが、少なくても皇帝じゃなさそうだな? それどころか人間的な自我意識が感じられねえ…。お前はなんだ?」
訊いてもやはり何も答えない。
なんだコイツは? なんちゅうか、皇帝の魔素体の外側だけを作った抜けがらっぽい感じだな? まさか、本当に皇帝の怨念か何かが形になって生まれた幽霊とかじゃねえよな?
俺の殴った腹に黒い魔素が寄り集まり、ダメージと傷を消す。そして、何事も無かったように立ち上がるゴースト。
【自己再生】か…。頭や心臓を潰されても、魔素が供給出来る状況で有る限りは死ぬ事がない異能力。皇帝と戦った時は、コイツの攻略に頭を悩ませたっけ…。
今の俺ならいくつか力技での攻略法が思いつくが、この場ではそれはやらない。何故なら都合が良いからだ。
皇帝の様に、魔法を振り回して周囲を巻き込むような事はなく。そこそこ速くてパワーも有る。そして魔素が有る限り死なない。
理想的なサンドバッグじゃん?
実は、今回のクイーン級指定の依頼の中で、こう言う相手に出会えるんじゃないかと、ちょっとだけ期待してたんだよねぇ?
と言うのも、新しく手持ちに入ったスキルを試したかったんだよ。
パンドラもフィリスも新しい力を手にしようとしてるし、俺もアイツ等に尊敬される上位者である為に、今の力に胡坐かいてる訳にはいかねえよな。
「さってと…んじゃ始めるか」
首から提げている“月の涙”のスキルを発動。
【魔素形成】―――魔竜エグゼルドから吸奪したスキルの1つ。
魔素を固めて物質化させる異能。エグゼルドはこの能力で自身の体を新しく作り出していた。だが、竜の体程の大質量を作り出すには相応の量の魔素が必要だ。周囲の魔素を掻き集めて作れるのは―――
「黒い剣……?」「い、今どこから武器を出したんだ?」「あれも…何かの魔法か?」
魔素を固めて作ったロングソード。
装飾も何も無いシンプルな形。持っても重さを感じない、軽過ぎて不安になる。ヴァーミリオンも軽い事は軽いが、ロイド君の体が振りやすい重さに最適化されているだけだからそれなりに重さはある。それに対して、この魔素の剣はまるで空気だ。
俺が武器を持った事を何かの合図と受け取ったのか、ゴーストが間合いを詰めて来る。
魔素の剣を振って迎え撃つ。
――― バキンッ
「ありゃ?」
ゴーストの拳とぶつかり合った瞬間、ガラス細工のように魔素の剣が粉々になって消えた。
武器破壊に成功して、ここを攻め時と判断したのか更に踏み込んで拳打と蹴りでラッシュをかけてくる。
バックステップを踏みながら向かって来る拳を平手で横にパシッと払い落す。空いて居るもう片方の手の中に魔素を固めてもう1度剣を作成。すかさず振る。
――― バキッ
また折れた。
あれー? なんでこんなに脆いんだろう?
「ちょっとタイム」
言ってから、ゴーストの腹を軽く殴って怯ませて、頭が下がったところで炎で上半身を吹き飛ばし、残った下半身を蹴って飛ばす。7m程先の石畳に転がった下半身が、周囲の魔素を吸収して体を再生させる。
一旦落ち着いて考えよう。
色々問題点があるが、最初に耐久性をなんとかしないとお話にならん。
「うーん…」
自分で取得したスキルだったら、取り説不要でスキルの仕様全部理解出来るんだが、ドレインしたスキルだと最低限の事しか解らんから不便だな…。
ま、折角サンドバッグが居るんだし、色々試してみるか?