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10-12 散歩

「なあ、白雪?」

「なんですの?」

「………どうしてこうなった…?」

(わたくし)に訊かれても…」


 現在位置は、冒険者の生活から最も縁遠いと思っていた場所……ルディエ城の前。

 ………何だろう? 場所と言い会話と言い、30分くらい前に巻き戻った錯覚を覚えるんだが……。


「まあ、そう言わないでくれ?」


 デジャヴではない事の証明のように、俺の隣に立っている団長さん。防具もマントも外して、剣だけを腰に差したプライベートなお出かけ姿……らしい。

 さてさて、何故に城の前で団長さんと並んで突っ立っているかと言うと―――


「お待たせいたしました」


 門を抜けて、質素な黒いローブで全身を隠した小さな影が、懸命に走って近付いて来る。その姿に、慌てて団長さんが駆け寄る。


「姫様走ると危険です!」


 団長さんに窘められて、走っていた影が慌てて普通の歩行に移行する。まるで「え? 始めから歩いてましたけど?」と言わんばかりの堂々とした歩きっぷりだった。

 そう、姫だ。姫様だ。

 さっき謁見の間で王妃様の隣に立っていたあの姫様が、何故にこんなお忍び感全開の姿で俺達の所に来たのか?

 話すと長いのだが、要約すると王様に「城下に連れて行って欲しい」と頼まれたからだ。今ルディエの人々は、魔物の影に怯えて普通の暮らしもままならない程追い詰められている。お忍びでもその姿を見せれば皆安心するだろう……と言う事らしいが…。

 まあ、それならお忍びなのが一目で判る姫様の姿も頷けるし、顔の知れ渡っている団長さんが護衛なのも理解出来る。こんな状況だから、公務として外に出すのは危険だからお忍びなのも、まあ分かる。

 でも、それって……俺がゴーストを排除した後でやれば良くない? いつエンカウントするかも分からんのに連れ歩くのは危険過ぎるだろうに……と反対したら、「その為のクイーン級冒険者だろう?」と王様にニコやかに言われた…。要は、「何かあったら死んでも守ってね?」って事だ。

 くっそ……とんだ貧乏くじだ…。


「アーク様、お待たせいたしました」


 育ちの良さを感じさせる動きで少しだけ頭を下げる。ローブの隙間から、手入れの行き届いた煌めく様な金色の髪が流れて、思わずその美しさに見惚れてしまう。

 普段金髪のパンドラが近くに居るから意識しないけど、やっぱ純正日本人としてはブロンドの髪は憧れるよなぁ…。


「いえ、それ程待っていませんのでお気になさらないで下さい」


 肩に乗っていた白雪に髪を引っ張られる。

 痛ぇよ…何だ?


『こう言う時は、自分も今来たところだよ、と言うのが礼儀だと聞きましたわ!』


 そんな現代の待ち合わせのやり取り何処で覚えた……。


『パンドラさんが教えてくれました』


 あのポンコツめ……! 要らん事を教えんなっつうの…!


「ありがとうございます。では行きましょうか?」


 どこかウキウキした足取りで先に立って歩き出す姫様を追って、団長さんと並んで歩く。

 一応護衛なので、【熱感知】と【魔素感知】を両方起動して辺りには注意して置く。ついでに、白雪に「悪意を向けて来る人間が居たら教えてくれ」と頼んでおく。

 隣で若干挙動不審にキョロキョロと周りを警戒する団長さんの脇腹を小突く。


「団長さん、警戒し過ぎ……あと顔が険し過ぎ、皆に恐がられるよ?」

「いや、しかし…姫様の護衛は我等2人だけだ。警戒し過ぎと言う事も無いだろう? 多少怖がられて人を遠ざけるくらいで丁度良いのではないだろうか?」

「一応名目上は、皆を安心させる為の物でしょ? 団長さんが恐い顔してたら、どう考えても皆不安になるでしょ?」

「ん…むぅ、そうだな…」

「それに、いざ戦いになったらそれは俺の仕事なんで心配しないで下さい。団長さんは姫様に張り付いててくれれば、あとはコッチで何とかしますんで」


 団長さんが防具を1つもしていないのも、始めから荒事は全部俺に任せているからだしね?


「あの、アーク様? お願いがるのですが、宜しいでしょうか?」


 フランス人形を思わせる笑顔を向けられると、「ダメです」って言えないよね? ええ、言えません…だって男の子ですもの。


「なんですか?」

「あの…実は―――」


 その視線は、俺ではなく肩に座っている白雪だけを見つめていた。

 あ~…そう言えば謁見の間でも興味津々でしたもんねぇ…?


「妖精さんとお話してみたいのですが?」

「白雪が良いなら構いませんよ? 白雪?」


 俺の肩で、隠れる様に身を小さくしていた白雪をつつく。

 すると、少しだけ照れたような素振りを見せたが、好奇心旺盛な妖精の血には逆らえず、未知の人間の“姫”との会話をする為にパタパタと肩から飛び立った。

 姫様の差し出した手の上にストンっと腰を下ろす。妖精の小ささと、手の平の上の暖かさと少しの重さに、姫様が妙に感動したようで、ちょっとだけ涙ぐんでいる。


「すまないなアーク君?」

「はい?」


 お喋りを始めた姫と白雪を見ていたら、2人に聞こえないように団長さんがコソッと話しかけて来た。


「魔道皇帝の件でルディエが騒がしくなる前は、姫様はよくああしてお忍びで街中を歩いていらしたんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。勿論コッソリ護衛も着いて行っていたがね? 私も何度か姫様の後を気付かれないように歩いた事があるよ」


 楽しい思い出なのか、心底楽しそうに話す。


「しかし、魔道皇帝の手下の襲撃が頻発するようになって、姫様は城から出る事を禁じられ、事が済んだと思ったらルディエがクイーン級の魔物に襲われ、今もこうしてゴーストなんて怪物が街を呑み込もうとしている」


 どこか寂しそうに、楽しそうに白雪と話しながら前を歩いている姫様を見る。


「元々ジッとしているのが苦手な方だからね? 城の中だけではずっと息苦しかったのだと思う。今回の件は、そんな姫様を思った陛下の優しさだと思うんだ」

「はぁ…」

「君には迷惑をかけると思うが、ここはどうか陛下と皇后様の気持ちを酌んで欲しい」

「いや、別に途中で投げるような真似はしませんし、姫様の護衛に手を抜く事も無いですからそこは心配しないで下さい」

「すまないな? 本来冒険者の君への頼み事であれば、ギルドを通して依頼料を用意するのが筋なのだが……」

「だから良いですって。別に姫様の散歩に付き合うくらいなら、コッチもサービスのうちですよ」

 

 そんな感じで歩いていると、道行く人達が姫様と白雪の姿を見つけて声をかけてくる。

 生気無く野菜を売っていた露天商や、美しい織物を売っていた店主達が、顔を綻ばせて


「姫様!?」「おぉ、お久しぶりですじゃ」「まあまあ、今日は珍しいお供さんね?」


 と、先程までの活気の無い空気をブチ破る勢いで皆がワイワイと姫様を囲んで騒ぎだす。


「皆様、お久しぶりです。元気な姿を見れて、(わたくし)とても嬉しいです」

「なんと勿体ないお言葉!」「姫様の元気な姿を見たら、私達も元気が出たね?」「はっはっは、やはり姫様がお忍びで遊びに来てくれないと商売に張り合いがなぁ?」「ばーか! アンタはいつもだらけっ放しじゃないか!」「今日は良い日だ、酒飲むぞ俺は!」


 おお…姫様大人気だな。あっと言う間に人だかりが出来てしまった。

 一応護衛なので、武器を持った人間や魔法を唱えようとしている人間が居ないかチェックする。

 一方白雪は、姫様と一緒に人に囲まれて、人の悪意や負の感情を拾ってテンパっている。ダメそうなら戻って来い……と注意しておく。

 団長さんは、皆に囲まれた姫様を見てソワソワしてるが、流石にあの人波に突っ込んで行く程空気が読めない訳ではないらしい。

 姫様の姿を見た途端に、街の人達は笑顔になって元気を取り戻す。ふむ……なるほど、確かに姫様の散歩は皆を元気づける力が有るらしい。


 しかし、その空気を壊す様に、通りの先で魔素が噴き上がる。

 物質化していないただの魔素の為、誰も気付いていない。姫様も、その周りの皆も、団長さんも、道行く人達も………。


――― 来る…!


 パンパンっと手を鳴らして皆の注意を俺に向ける。


「はいはーい! ちょっと宜しくないのが出てきそうだから、皆家の中に隠れてー!」


 場違いな俺の声に反応して動きだす人間は居ない。皆一様に「何言ってんだコイツ?」と言う目で俺を見ている。

 あれー? 不安にさせないように軽い口調で言ったのが失敗だったかな?

 と反省している間に地面から噴き出していた魔素が、黒く変色する―――より物質に近い魔素。そして、魔物の形作る魔素。


 黒い魔素が渦を撒き、濡れた体に砂が張り付くように魔素によって巨人の体が浮かび上がる。


 皆の顔が一瞬で青褪めた―――


「ご、ごごご―――」「ゴーストだああああああっ!!!!?」「逃げろっ、殺されるぞッ!!!?」


 蜘蛛の子を散らすように、凄まじい勢いで通りから人の気配が消える。

 その場に残ったのは、俺と団長さん、姫様とその手の平の上の白雪。後は、命知らずな冒険者らしき武器を持った者達が数名と、悲鳴を聞いてかけつけた兵士数名。

 他の皆は近場の家に避難し、閉じたや窓の隙間から、恐る恐る外の様子を窺っている。


「アーク君…」

「大丈夫です。任せて下さい」


 視線で団長さんに、姫様から離れないように指示してから前に出る。

 通りの先―――10m程先に居るのは、巨人型の魔物。

 3m程の体躯。人型であるが、それ以上の肉体的な特徴は無し。

 ゴースト…とはよく言った物だ…。

 2度と見る事は無いと思っていた“その姿”が今目の前に居る。予想はしていたから驚きはさほどないが、それでも1度殺されかけたトラウマのせいか、無意識に鼓動が早くなる。

 目の前に居るのは、間違いなくかつて俺が倒した―――魔道皇帝の姿だった。



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