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赤の2人

 絶対の死を与える為に振るわれた皇帝の拳。

 恐怖はない。それどころか「これで、この現実味のない現実が終わる」と小さな安堵感さえ覚える。

 疲れたなあ…。もう痛いのも辛いのも、お腹一杯だよ……。

 静かに目を閉じて、訪れる衝撃と己の最後を待つ。


――― 諦めるの?


 ああ。


――― 諦めるの?


 もう疲れたんだよ。


――― 諦めるの?


 俺1人でやれる事はやった。もう良いだろ?


――― 諦めるの?


 これ以上、どうしようもないだろ……だから無理なんだよ。


――― だったら、一緒に


 え?


――― 1人でダメなら、2人で一緒に


 2人、で?


――― そう、2人で。“僕”と貴方の2人で


 僕? ああ、そうか…。


――― 大丈夫、僕は知っているから。貴方がどれだけ優しい人で、貴方がどれだけ脆い人で、貴方がどれだけ―――…


 ずっと、そこに居たんだな―――…


――― 強い人なのかを!


 ロイド君!


 意識が現実に浮上する。

 目を開く。目の前には必殺の拳。

 体は―――動く!

 手元に落ちているブレイブソードの柄を拾う。普通に避けるのは無理、受けるのももう間に合わない。

 体を横に倒しながら地面を掴み、腕の力だけでその場から横に向かって自分の体を引っこ抜く!

 すんでのところで回避、皇帝の腕が派手な破砕音を立てて、岩肌に文字通り突き刺さる。

 あっぶねえ! 後ろ髪かすったぞ今の!?

 距離をとって立ち上がる。


「潔く死を受け入れたかと思ったのだが?」

「悪ぃけど延長戦で」

「生き汚いな。潔く散る方が戦士としては美しいのではないか?」

「俺は戦士じゃねえから関係ねえな」


 まあ、さっきまで無駄に抵抗するくらいならさっさと死を選んでしまおう、とか考えてたのは秘密だ。


「くっくっく、まあ良いさ。抵抗するというなら存分にお相手しよう。貴様が肉片になるまで、な」

「そんなグロい展開はゴメンだな…」


 服の上から胸の辺りをグッと掴む。

 1度深呼吸。

 ……よし。

 それじゃ、行こうか、ロイド君!


『【EXTRAスキル:赤ノ刻印】ノ開放条件ヲ満タシタ。付随スル【スキル:回帰】【スキル:レッドエレメント】ヲ開放』


 体の奥底から熱い何かが込み上げてくる。

 頭の中に声が響く。


――― 僕ができるのはここまで、後をお願いします


 声が遠くなる。意識の奥へと何かが沈んでいくのが分かった。

 本来なら表には出てこれないのに、随分無理してくれたっぽいな…。ありがとうロイド君。こっから先をどうにかするのは俺の仕事だ!


「皇帝、こっからが俺の―――“俺達”の本気だッ!!」

「何を言っている? 今までは本気ではなかったとでも言うつもりか?」

「勿論本気だったさ。けど、ここからは2人分の本気だ」

「2人分? 錯乱でもしたか? それとも幻聴でも聞こえたか?」


 幻聴じゃないさ。

 それを、見せてやる!

 折れて短剣程の長さになったブレイブソードを皇帝に向ける。


「“我に力を”」


『【赤ノ刻印】ヲ展開』


 光。赤い光が俺の全身に走る。

 顔に、腕に、足に、幾何学模様のような紋様が浮かび上がる。

 視界が広がる。まるで、世界と自分の感覚が繋がったような全能感。それが、己の知覚がとてつもなく拡張されたのだと理解するのに暫く時間がかかった。

 力が内から噴き出す。何もかも忘れて暴れ出したい、そんな暴力的な衝動が俺を襲う。


「それは……なんだ?」

「さあ、最終幕を始めようぜ」


 決着を着ける。ここで、コイツを……皇帝と言うその存在を終わらせる。


「こけおどしか!?」


 皇帝が走る。

 早い。圧倒的で、為す術のない、インチキのようなスピード。

 そのスピードとパワーの乗った拳は必殺と言って良い。

 俺は、その必殺の拳を―――


 片手で受け止めた。


「は…?」


 皇帝が間抜けな声を出したのを気にせず、もう片方の手に持っていた折れたブレイブソードで掴んだ腕を音も無く斬り落とす。

 皇帝はまったく反応しない。当たり前だ、反応出来ないスピードで斬ったんだから。


「ガっ、ぐむッ!!」


 片手を無くして慌てて飛び退いて距離をとる。

 俺の手の中に残った腕が形を保てなくなって四散する。


「どう言う事だ、その力は……いや、待て!? そうか! お前かっ!! お前が継承者だったか!!!!!!」


 天を仰ぐように叫ぶ。

 とりあえず言っておこう。


「何言ってんだお前」

「カカッ、ククク、そうかそうか、貴様は自分が振るっている力の正体を知らんか」

「知らん」


 別に正体分からんでも使えるから、まあ考えるのは全部終わった後で良いや…くらいに考えてたし。


「では、教えてやる! 貴様の持つそれこそが、亜人戦争において人間を裏切り牙を剥いた厄災の象徴≪原色の魔神≫が一柱、原色の≪赤≫だ!!」

「………ふーん…」


 専門用語的なのが多くて良く分からなかった。まあ、とりあえず人間を裏切ったって事はあんまりヨロシイ力ではなさそうだ、って事は理解したけど。


「私は、それを! 貴様の持つ、その力を得る為に!! ここに居るのだよ!!!」


 ……ん? それは、アレか? コイツがルディエを襲っていたのも全部この赤を手にする為だったって事か?


「貴様を殺す理由が出来た。殺す、絶対に貴様を殺す! 貴様を殺し、その力を手にする!!」

「そのセリフの支払いは高いぜ? テメエの命で払い切れないくらいにな!」


 同時に距離を詰める。

 皇帝がリーチを最大限に活かした蹴りを放つ、さっきまでは反応する事も出来なかった攻撃について行く事が出来る。いや、それどころか。


「テメエの早さもパワーも、もう俺に通じねえよ!?」


 赤を纏った左手を立てて蹴りをブロック、そのまま横に払い除けながら右手のブレイブソードで抉るように軸足を斬る。


「――ギィッ!?」


 軸足が崩れて体勢が崩れる、頭が目の前に来たので全力でぶん殴る。


「【プロテクション】」


 良い角度で拳が入ったけど、感触がおかしい。直前に防御魔法っぽいの唱えたせいか。


「【ショックウェイブ】」


 吹っ飛んで倒れたままの体勢から魔法が飛んで来た。


「チッ」


 反射でブレイブソードで打ち消そうとして気付く。

 マジックキャンセルのスキルが発動してない!?

 慌てて横に飛んで回避。

 ああ、そうか、そりゃそうだよな。武器に付与されてるスキルが、折られても発動出来るなんて、そんな都合の良い話はねえわな。

 そして、どうやら皇帝も今の俺の反応を見てそれを察したらしい。


「【チェインバースト】」


 俺の周囲を取り囲むように空気が連続して爆発する。


「くッ!?」

「【ブレス・オブ・ギガント】」


 地下の空間にはありえない暴風が吹き荒れて俺を壁際まで吹き飛ばす。


「【シャドウランサー】」


 色んな方向から黒い槍が俺を狙って突き出される。この場に留まれば死が待つ。

 走り出した俺の後ろで、赤い残光が串刺しになる。

 このまま一気に距離を詰め―――、


「【アイスウォール】」


 俺の前に立ちはだかる厚い氷の壁。

 チッ、ブレイブソードが使い物にならないと分かるや否や、距離を取って魔法連打に切り替えやがった! 近接じゃ俺の方が絶対的に有利と判断しての事だろう。そして、それは正しい、正し過ぎる! 実際、今の俺ちょっと手詰まりっぽい感じになってるし!

 くそ、何が何でも俺に近付けさせない気かよ。

 どうする? 相手の魔力が切れるのを待つ耐久戦にコッチも切り替えるか? …いや、耐久戦したくないのはコッチも一緒だ。赤ノ刻印出してるから大分無理が出来るけど、体のダメージが消えた訳じゃない。今も気を張ってないと意識が飛ぶかもしれない結構ギリギリなところだし、できるだけ早く勝負を決めたい。

 なんとか魔法を封じる方法考えて近接戦に持ち込む。

 色々考えている間に魔法が飛んでくる、氷の蛇のような魔法が襲いかかり、上から雷を迸らせながら光が降り注ぐ、地面が沼になったと思ったら、岩石の板が多方向から俺をプレスしようと突っ込んでくる。

 スピードに物を言わせて回避し続けるが、打開策が見つからない。

 ん? 何か落ちてる? 走るスピードを緩めずにソレを拾い上げる。

 剣だった。

 使い古されてはいるが、ちゃんと手入れのされている装飾の少ない実用一辺倒のロングソード。

 なんでこんな所に落ちてんだ? まあ、良いか、使える物は何だって使う。


「【デストラクション】」


 皇帝の手から放たれた黒い玉。地面を抉りながらユックリと進み、触れた物を粉々にするブラックホールみたいな魔法。

 ヤバそうだなあ、とは思ったが、それ程気にはしなかった。それよりも俺が注視していたのは皇帝の頭の部分。真っ黒なモヤに覆われて目だけが見えてる…なんか改めて見るとレスラーのマスクみたいだな。

 あ! 思いついたかも、この流れを止める方法! つっても、こんなアホな思いつき、チャレンジ出来るのは1回こっきり、恐らく2度目は相手がさせてくれない。

 迷うな、行け!

 黒い玉を避けて皇帝に向かって最大速度で突っ込む。


「【アイスウォール】」


 再び俺の前に現れる氷の壁。

 コレを出すのは想定済み! ブレイブソードを握ったまま氷の壁を殴る。すると、一瞬にして水の粒と蒸気なって壁は粉々に消し飛んだ。

 赤ノ刻印を使えるようになった事で開放されたスキル、レッドエレメント。平たく言えば熱を操る異能だ。火炎、ではなくあくまで熱。拳に膨大な熱量を纏わせてぶん殴るとか、周囲に熱を撒いて焼くとか。魔炎と併用すれば絶対これトンデモスキルだよ。

 阻む物がなくなった。

 皇帝が次の魔法を放つ―――


「【サイクロ――】グブゥッ!?」


 ――― 前にロングソードを口の中に投げる。

 そうだよ、考えてみれば当然じゃん? 目があるって事は当然口もあって、口があるって事はそこから声が出てる訳だ。魔法を封じるとか小難しく考えずに、声を出せないようにすれば良かったんだよ。

 内心苦笑しながら更に加速する。


「さあ、フィナーレだ皇帝!!」


 ブレイブソードをクルッと回して逆手に持ち直し跳躍。

 口内を貫通した剣を皇帝が引き抜くと同時に、折れたブレイブソードをグシュリと脳天に突き刺す。


「ガああああああああッ!!!」


 無茶苦茶に手を振り回して俺を引き剥がす。

 刺さりが甘いか!? だったら、もう一撃!!

 吹っ飛ばされた俺は、着地と同時に3歩の助走からの跳躍。

 体を空中で回転させて、ありったけの力を込めて半端に刺さったブレイブソードを蹴る。


「脳天カチ割れろッ!!!」


 折れたブレイブソードが俺の蹴りで撃ちだされた弾丸となり、皇帝の頭を貫通して首元から排出される。


「…………!?」


 そして、声1つ上げずに、黒い巨体は地面に倒れ伏した。



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