10-10 城と王様
「なあ、白雪?」
「なんですの?」
「………どうしてこうなった…?」
「私に訊かれても…」
今現在俺達は、アステリア王国で最も縁遠いと思っていた場所の前に立っていた。
ルディエ城―――。
この国を治める王やら貴族やらの魔窟……と言うのは俺の勝手な想像だが、お偉いさんってのは狸や狐で化かし合いが好きってのはお約束だしねえ。
「絶対にここだけは来る事は無いと思ってたんだが…」
「父様、もう諦めたらどうですの? 立場的にも避けては通れないと思うんですの」
まあ…そりゃ、そうなんだが…。
何故に城の前で白雪とこんな問答をしているのか?
遡る事15分前。
団長さんと別れてギルドに向かい、クイーン級指定の依頼を確認したら、予想通りに内容はゴーストの討伐、ないし街からの完全排除だった。
まあ、それは良い。問題だったのは依頼主だ。
パウロ=アステリア・イム・ファンゲル。
この国で……いや、世界でただ1人アステリアの国名を自身の名として名乗る事を許されている者。つまり、この国の王様だ。
本来であれば、依頼主に一々会いに行く必要は無いのだが、今回は相手が相手だ…。俺がこの国でただ1人のクイーン級の冒険者だって言っても、国民である以上は王様は絶対だ。王様ゲーム的ノリの「王様の言う事は?」「「「絶対!」」」みたいな軽い奴ではない、もっとガチの重苦しい奴だ。
騎士団長さんが警察庁長官だとすれば、王様は総理大臣や大統領だもんなぁ~…。それに比べれば、クイーン級の冒険者はオリンピックで金メダルを取ったスポーツ選手ってところか? うん、これは我ながら良い例えかもしれない。
ま、ともかく、依頼主の王様も「是非1度我が国のクイーン級の冒険者に会いたい」と言っているとの事なので、ギルドの方も有無を言わさず「行って来て下さい」だった。
で、城の前まで来たのは良いんだが………ふと思った。
俺、城でのマナー分からなくね? 作法とか何も知りませんけど? 大丈夫か俺? 大丈夫じゃないよね俺?
そして白雪との問答が始まった―――…。
城門を護る兵士達が、5分以上城の前で独り言(白雪は隠れている為)を喋っている不審人物な俺を無茶苦茶警戒している。下手すりゃ、今すぐにでも俺をとっ捕まえに来そうな勢いだ。
「もう腹痛って事で帰らねえ?」
「父様……」
見えないけど、白雪から物凄い冷たい視線が注がれている気がする。多分…いや、きっと気のせいだな、うん、間違いない。
「城の場所が分からなくて……」
「目の前に居るではないですか」
「城に辿り着けなくて……」
「そのまま足を50回動かせば着きますわ」
「………」
ダメだ…言い訳のネタが切れた。
「父様!」
「へいへい、分かりましたよ…」
仕方なく城に向かう。
マナーとか問われたらどうしよう……どうしようもねえな、諦めよう。
兵士達が一歩近付くごとに殺気立って行くのが分かる。コッチは見かけ子供なんだから、もうちょっと温かい目で見守ってくれよ。いや、まあ、実際に戦闘になったら魔王をシバキ倒すくらい強いんだけどさ、それはそれ、これはこれ。
「止まれそこの子供!」
言われた通りに止まると、兵士達が集まって来た。今のところ武器を抜く様子はないけど、俺が変な事言ったりやったりしたら、絶対ヤバい雰囲気ですよね?
「何用だ?」
慌てず普通の常識人としての対応をする。
服の中からクラスシンボルを抜いて差し出す。
「こ、これは!?」「クイーンのシンボルだと!?」「まさかっ…!?」
「冒険者ギルドへ国王様名義で出された依頼の件で来ました。クイーン級冒険者のアークです」
俺が差し出したシンボルを受け取る事もなく、皆して「どうする?」「いや、どうするって…」「本物なの?」的な視線のやり取りをしながら動きを止めてしまった。
正直追い返されるなら、コッチはそれで良いんだが……っつか、むしろそうして欲しいんだが。城になんて入りたくありませんもん!!
俺が城に入って間抜け曝したら冒険者全体の恥になるし、このままバッくれたらそれはそれで王様への心象最悪だし。門番に追い返されるってのが1番ダメージの無い正解に思えるんだよなぁ、いやマジで。
俺をどうすればいいのか判断に迷ってる兵士さん達が、なんか上手い事俺を追い返す流れに持っていってくれると良いんだが……。
「おお、アーク君やはり来たな」
「「「団長!?」」」
とそこにヒョッコリ現れる見知った顔の団長さん。
さっき明弘さんの墓の前で別れた時にはしていなかった簡易防具とマントを羽織っている。仕事用の団長の姿、と言う事だろう。
「どうも」
軽く会釈をすると、集まっていた兵士達に二言三言何か伝えてから散らせる。
「すまないな? 何事にも動揺するなといつも言い聞かせているのだが、いきなり本物のクイーン級冒険者が現れて判断に困ったらしい」
「いや、それは良いですけど……」
いかん…話の解る団長さんがここで出てくると追い返される流れは絶望的だ…。
「それでギルドで依頼を受けて来てくれたのだろう?」
「え、ええ…。依頼主が国王様だったので、一応挨拶だけでもと思って来たんですけど。あっ、でもアレですよ!? きっとお忙しいでしょうし! 俺なんてどこの誰とも知れないのが会いに行くにも失礼でしょうし! やっぱり止めて帰ろうかと―――」
「大丈夫だ、問題ない。陛下もクイーン級の冒険者に会われるのを楽しみにしておられる。きっと会ってくれる、私も口添えする」
わー…団長さん凄く良い人………(涙目)。
「では行こうか?」
「え!? もう!?」
もっとアポイントとってとか、なんやかんやで色々時間をかけてクソ面倒な手続きの果てにようやく会えるとかじゃねえの!?
「今の時間は謁見に来ている人間も居ないから丁度良いんだ」
うわー、超タイミング悪ぃー!!
「これも虹の女神の導きだな?」
チキショウ、知ってたけどやっぱりコッチの神様は俺の事を大嫌いらしいな?
団長さんに連れられて城に入る。
煌びやかで豪華な宮殿―――……には程遠いな? それなりに豪華な作りで、国の象徴である事から装飾もそれなりに凝っては居るが、そこかしこに黄金の壺やら壁一面の宝石なんて悪趣味な物はない。どちらかと言えば、質素な印象を受ける。
人が5人並んで歩ける大きな廊下を歩いて階段を上がる。2階には、赤い絨毯が敷かれて居て、雰囲気ががらりと変わる。
「あの…今さらですけど、俺謁見の作法とか全くわからないんですが?」
「ふむ、そうなのか? 諸侯達はあまりいい顔をしないだろうが、陛下は笑って許して下さるよ」
あれ? そうなの? 以外と礼節とかに五月蠅くない人なのかな?
「それと、白雪連れて来ちゃったけど大丈夫ですか?」
フードの中に隠れていた白雪が、不安そうに顔を出す。
「ああ…んー。どうだろうな? 亜人が訪れた前例がないから何とも言えないが、少なくても陛下は亜人との交流を再開したいと願われている。決して白雪君を蔑ろにする事はないと思う」
ほっと一息。
王様が亜人に友好的な人で良かった。まあ、亜人の奴隷制度廃止してる国のトップが亜人嫌いじゃないのは予想通りっちゃ、そうなんだが。
赤い絨毯を暫く歩くと、目の前には他とは明らかに作りの違う大きな両開きの扉。
「では少し待っていてくれ」
団長さんが中に消えると、扉の前に立つ重武装な近衛兵2人と俺達が残される。
あ~あ……本当にここまで来ちゃったよ……。
校長室に呼び出された時のような「ヤッベェ…」な感じ。
ダメだ…緊張と不安でマジで腹痛くなって来た。
『父様、しっかりして下さいませ』
無理。