10-9 騎士団長
暫く黙って手を合わせていると、俺の気持ちが乱れているのを察した白雪が、心配して肩に止まる。
「父様…」
「大丈夫。ちょっと謝罪と反省してただけだ」
気持ちを切り替えて撫でてやると、心配そうな顔が消えて嬉しさを表す黄色い光が白雪の体を包む。
「このお墓の方は、父様の大事な人なんです?」
「ああ。とってもな…」
すると、さっきの俺の姿を真似て白雪も手を合わせて目を閉じる。
流れてくる思念から、明弘さんの魂が安らかに眠る事を祈っているのが分かった。本当にこの子は優しい子だ。
「あ…」
「ん?」
誰かがコチラに近付いて来るのを感知能力が察知する。白雪も誰かが来るのを感じたようで、フードに隠れるような事はなかったが、少し怖がって俺の方に身を寄せる。
明弘さんの墓参りの人かな?
さっさと退散して置くか…。ギルド行って依頼受注しなきゃだし。
立ち上がって、見知らぬ人の接近にちょっとだけ緊張している白雪を撫でて安心させる。
振り返ると―――
「ん?」「お?」
花を持って近付いて来ていた、軽装の騎士と目が合う。
って言うか、とっても知っている人だった。
「副団長さん?」
「おお、やはり君だったか! 久しいな、元気にしていたか?」
やっぱり人違いじゃなかった。魔道皇帝襲撃の際、街の人達を逃がすのに協力した人。……あと、折れたブレイブソードの隠蔽に協力してくれた人…。
早足に近付いて来て、俺の手を取るとグッと強く握る。
「明弘さんの墓参りですか?」
「ああ、君もだろう?」
「ええ。つっても俺等は今終わって帰るところでしたけど」
俺“等”と言ったのが引っ掛かったらしく、改めて俺の姿を観察する副団長さん。そして、俺の肩に止まっている美少女フィギュアのような白雪を見つける。
「ぉおお!!? よ、妖精!?」
予想通りの反応あざーす。
アステリア王国は亜人の奴隷制度廃止してっから、他の国に輪をかけて亜人との接点が無いからなあ。
「白雪、挨拶」
俺の髪に隠れる様に立っていた白雪が、恥ずかしそうに顔を出してペコリとお辞儀をする。
「白雪ですわ」
「これはご丁寧に。私は、アステリア王国騎士団団長トラフ=アグワール。亜人との面識が無かった故、失礼な態度を取った事をお詫びする」
あら、なんて礼儀正しい。
人と亜人の微妙な関係を考えての対応だよなぁ。いや、でもこの人だった素でこの対応って可能性もあるか。白雪も見知らぬ人間だから不安だっただけで、照れてるだけで言う程恐がってないし。妖精の白雪が恐がらないって事は、心に悪意や裏表がない人って事だ。
ん? っつか騎士団長?
「あれ? 副団長さんですよね?」
俺の問い掛けに苦笑いしながら、明弘さんのお墓に花を置く。
「あの戦いで団長が酷い怪我を負ってしまってね? 騎士を引退なさると言うので、恥ずかしながら今は私が団長の任を仰せつかっている」
おぉう…なんてこったい。団長って事は、俺等の世界で言えば警視庁長官的な立場の人って事じゃねえか!?
「君の方は、今は何を?」
「今は冒険者を」
クラスシンボルを見せると、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに納得して頷く。
「今更ですが、一応コチラも自己紹介を。アステリア王国冒険者ギルド所属、クイーン級のアークです」
「やはり君がそうだったか。見た事もない炎術を振るう銀髪の剣士と聞いて、もしかしたらと思っていたよ」
改めて差し出された手を握る。
「最強の国の護り手とこうして知己になれたのは、騎士団長の立場的にも私個人としても嬉しい限りだ!」
「どうも。俺も騎士団のトップが知り合いだと、何かとありがたいですよ」
すでにブレイブソードの件でお世話になっているので、正直何かあった時には是非頼りにさせて頂きます、はい。
「それで今日は何をしにルディエに? 勇者様の墓参りに…という訳ではないのだろう?」
クイーン級の冒険者はフラッと現れるだけで妙に勘ぐられるな? まあ、大抵はその通りに面倒事が起こるんだが…。
「“ゴースト”の討伐に来てくれたのならば、とても嬉しいのだが…」
「ゴースト?」
幽霊退治は専門外ですが? そんなもんは冒険者じゃなくて教会でエクソシストでも雇ってくれ。
「街の様子は見たかい?」
「ええ……人通りが少なくて、街全体に活気が無くて悲壮感が半端じゃなかったです」
「その原因がゴーストと呼ばれる魔物でね」
魔物なのかよ。ゲームで良くある幽霊系モンスター的な奴か? 物理透過とかすんのかしら? だとしたら、そこらの冒険者にはシンドイ相手かもしれない…。でも、お決まりとして、そういう魔物は逆に魔法が弱点とかそんなオチじゃねえの? いや、まあ、それはゲームの話だが…。
「詳しく聞いて良いですか?」
「ああ、勿論! ゴーストは巨人型の魔物で形の特徴はない。圧倒的な速度とパワーで暴れ回る凶悪な魔物なんだが、問題なのはそこではないのだ」
「と言いますと?」
「突然消えてしまうんだ」
「消える? 転移しただけでは?」
俺の問い返しに、肩で小さくなっていた白雪も頷く。どうやら、同意見らしい。
「いや…転移阻害を張って戦ったが、意味が無かった」
団長さんの不安を煽る事になるからあえて口にはしないが、転移阻害を抜ける方法はある。俺の【炎熱特性付与】の“転移阻害無効”がまさしくそれだ。
ただ、そこらの魔物がそのレベルの能力を持ってるかと訊かれると甚だ疑問だが…。
「奴は時間を選ばず幽霊のように現れ、一頻り破壊をばら撒くと消えてしまう」
なるほど…それで“ゴースト”な訳ね?
「戦って倒すのは無理なんですか?」
「うむ……恥ずかしながら、ギルドと騎士団の合同で何度も挑んだが勝てなかった。と言うより、戦いにすらなっていなかったのだろうな? 何しろ、相手には手傷1つ負わせる事が出来ていないのだから……」
自身の不甲斐無さを嘆く様に、小さく空に向かって溜息を吐く。
騎士団と合同だった…って事は、ギルドの方は貸しを作る為にそれなりの戦力になる人員を用意した筈だ。それでも手傷を負わせる事さえ出来なかったって事は……もしかしてゴーストはクイーン級か? だとすれば、俺が相手するのが正しいだろう。
ん? あれ? もしかしなくてもルディエでの俺への依頼って、コレの事じゃね?
「どうかしたかな?」
「……いえ。ゴーストのもうちょっと詳細な情報があったら教えて貰えますか? 多分、この後それと戦う事になると思うんで…」
「おお! では、クイーン級の冒険者の力を貸して貰えるのか!?」
「ええ、まあ」
元々ルディエには俺指定の依頼を片付けに来たんだし。もし、仮に、万が一、ゴーストの件が依頼になっていなかったとしても、勝手に首突っ込むし。
突然白雪がギューっと抱きついて来た。
何?
『やっぱり父様はそうでなくてはいけませんわ!』
何がよ…?
『望まれなくても首を突っ込んで人を助けてしまう父様が好きと言う話です』
なんじゃそら。
んな正義の味方っぽいもんじゃねえから!
「ではゴーストの能力だが、奴は即時再生の能力を持っている。先程手傷を負わせられなかったと言ったのはこの能力によってどんなダメージも一瞬で回復してしまうからだ」
即時再生能力ね。まあ、その手の能力持った奴と戦うのは初めてじゃないし、対策はやりながらでも立てられるか。
「それ以外の特筆すべき能力は確認されて居ない。ただ、奴は恐ろしく速く強い! その上、体も鋼鉄のように硬く、魔法に対しても高い耐性を持っている途轍もない強敵だ」
パワーとスピードは、まあどうとでもなる。肉体硬度は【魔炎】で魔素を剥ぎ落せば良いだけだから俺には関係ない。魔法の耐性は更に関係無い。まあ、属性耐性の方だったら関係有るけど、やっぱり【魔炎】での魔素燃焼攻撃が通用するなら関係無い。
話聞く限りは、全く問題にならないな。まあ、そんな事言い出したら、キング級以下の魔物は全部問題にならないレベルなんだが…。
ただ―――…
「どうかしたのか?」「父様?」
「いや……ちょっとね」
巨人型の魔物。再生能力。馬鹿高い身体能力。魔法耐性。
俺はこの全てに該当する存在と戦った事がある。しかも、ここ……ルディエで。
「ゴースト退治で、本物の幽霊に遭うなんてオチじゃないと良いんだが……」