10-8 墓参り
炭になった巨大蛸を持ち帰ると、歓声と悲鳴に出迎えられた。
一応討伐した証明として持ち帰ったけど、この後の処理をどうするのかとか考えると、海の藻屑にして来た方が良かったかもしれない…。まあともかく、蛸の丸焼き(黒い)の処理は皆に任せて(押し付けて)俺はギルドで報告して報酬を受け取る。
ヘヴェルスと同じように、支払われた報酬は町長に渡して復興費用にあてて貰う。
町長さんから何度も何度もお礼を言われて、コッチが恐縮してしまった。
まあ、何はともあれジェレストでのお仕事はこれで終わり。
で、3つ目のお仕事の場所は―――…
「ルディエかあ……」
目の前には、門の前まで辿り着いた人間を威圧する巨大な城壁。
……初めてユグリ村から出た時の事を、ちょっと思い出してしまった。森の中ではアルトさんとレイアさんに守られ、城門の衛兵にビビって怪しまれたり……なんか思い出すとこっ恥ずかしいな…。
今じゃ、ここらの魔物なんて指1本動かさなくても殺せるクイーン級の冒険者だ。思えば遠くに来たもんだな………他人様の体で…。
いかんいかん! 感傷に浸るのは後にしよう。
「それで―――」
ルディエでの仕事の詳細を訊こうと横を見ると、転移係のお兄さんがゼエゼエと肩で息をしていた。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい。ハァハァ…大丈夫です」
全然大丈夫じゃねえな? 少し待っても息が整わないし、顔色も若干悪くなっている。
転移魔法3回でこんなに疲れるもんなの? フィリスも連続で転移した時は少し疲れた感じを出すけど、転移魔法だけでここまで疲れる姿は見た事がない。いや、まあ、魔法能力が特出しているエルフのフィリスと比べるのは間違ってるけどさ……。
人のこう言う姿を見ると、戦闘で好き勝手に転移出来る自分がどれだけ怪物なのかと思い知ってしまう。
「ギルド行ったら休んでて下さい」
「え? あ…えーと…ゼェ、ゼェ…そうさせて貰います」
はい、そうして下さい。
『父様、優しいんです』
別に…。どうせ仕事する時は1人だし、疲れてる人間連れ歩くと邪魔なだけだよ。
『ふふ、そういう事にしておきますわ』
楽しそうな白雪に、微妙にやられた感を覚えながら門に向かう。
相変わらず無駄にデカイ門だなー、本当。
門の前に並んでいる、検問待ちの一番後ろにつく。
「アークさん、貴方は……はぁ……はぁ…並ぶ必要ないですよ?」
「え? そうなの?」
「クイーン級の権限で、検問は最優先で通して貰える筈です」
「そうだっけ……?」
そう言えば、クイーン級になった時に渡された羊皮紙の中にそんな感じの項目があった様な気がしないでもない。
まあ、お兄さんがそう言うならそうなんだろう。
列に並んでいる人達を追い越して門に向かう。
「おいお前達! 列に並びなさい!」
威圧的な声と共に、列を抜けて前に出た俺達に槍の穂先を向ける。
あー…本当に初めて来た時のデジャヴだわぁ…。
まあ、今の俺はちゃんと身分証明出来る物があるから焦ったりしませんけどね?
服の中から、首に提げているクラスシンボルを出して見せる。
「な!? そ、そのクラスシンボルは……!!?」
「く、クイーン級!!!?」
門番の2人が驚き過ぎて後ろに倒れて尻もちをつく。
そこまで驚くの!?
心の中でツッコミを入れていると、列に並んでいた人達も…
「クイーン級!?」「あの小さい子が?」「隣のお兄さんの方でしょ?」「いやいや、銀色の髪の剣士って事は、あの子供の方だろう!?」「あれが、我が国の護り手…<全てを焼き尽くす者>か?」「世界最強の炎術師って聞いてたから、どんな男かと思ったら……」
普通に驚く声と、俺の姿に残念がる声が混ざって聞こえる。
もういい加減慣れたっちゃ慣れたけどさぁ…。
言わせて貰えるなら言ってしまいたい。クイーン級の冒険者にどんな姿を期待しているのかは知らないが、結構なレベルで変人だぞ?
少なくても3分の1はガチのイロモノだ。子供、ナンパ師、ショタコン……他の6人には会った事ないけど、この調子で行くと他も似たり寄ったりの変人揃いな気がする。
「通って良いですか?」
「え? ああ! ええっと、お待ち下さい、クラスシンボルを確認いたしますので!!」
驚愕から立ち直った若い方の門番が、慌てて立ち上がって恐る恐る俺の差し出したクイーンのクラスシンボルを受けとる。認証の魔法が発動し、シンボルが赤く染まる。
「は、はい、ありがとうございました! 通って頂いて結構です!」
「どうも」
クラスシンボルを返して貰い、転移係のお兄さんを連れて歩き出す。
門を潜ると、懐かしい街並みが広がっていた。
最後に見たのは、魔道皇帝襲撃直後だったから街並みも酷い有様で、道行く人も絶望したような死色に染まっている者が多く、痛々しく見ているコッチも引っ張られて死んだ目になりそうだった。
そして今のルディエは―――
「活気ねえなぁ…」
街の復興はそれなりに進んでいるようだが、露天商が1人も居らず、外を歩く人達は何かに怯える様に挙動不審に早足で通り過ぎて行く。
復興の進み具合で負けてるソグラスの方が、よっぽど賑やかだったんですけど…。
心なしか、ルディエ全体の空気がドンヨリしている気がする。仮にもこの国の王都がこんな感じで良いのか?
「あの…ギルドに行きましょうか?」
立っているだけでも辛いのか、顔を真っ青にしながら転移係のお兄さんが言う。さっさとギルドで休みたい…と顔に書いてある。相当お疲れモードらしい。
「うん。でも、先に寄る場所あるから、先に行ってて」
何か言おうとしたが、それを手を振って遮り歩き出す。
「父様、どこに行くんですの?」
「墓参り」
機会が有ればルディエには来たいと思っていた。
勿論それは明弘さんの墓参りの為だ。
神もどきから俺がコッチに来た時の記録を見せられた時から、ずっと謝らなければと思っていた。
明弘さんに俺が死んだ責任を叫んだ事が、ずっと鋭い棘となって心に刺さっている。
あの時は確かにそう思っていたけど、蓋を開ければ明弘さんのせいではなく、それどころか俺の体は死んですら居なかった。今も元気に(敵としてだが…)生きている。
俺が明弘さんを責めなければ、もっと別の結末があったんじゃないか……とは流石に思わないが、明弘さんが息を引き取る間際に見せていた…あんな悲しそうな顔はしなかったかもしれない。
それに―――…
「誰のお墓ですの?」
「ルディエを魔道皇帝から救った勇者様の墓」
俺の沈んだ気持ちを察したのか、それ以上何も訊く事はなく、フードの中で小さくなっている白雪にちょっとだけ感謝した。
黙々と歩く事10分。
街のはずれにある墓地の奥。
他の物よりも大きく立派な墓石。刻まれている名前はルディエを護る為に散った勇者の物だ。
大量の花が供えられ、今でも色んな人が墓参りに訪れているのが分かる。
「明弘さん……」
――― ごめんなさい
日本式に手を合わせて心の中で想いを言葉にする。
神もどきから色々聞いてから、ずっと思っていた事がある。
本来の≪赤≫の継承者が明弘さんだったって事は、正史での明弘さんは多分魔道皇帝に勝って生き残ったんだと思う。
けど、この世界線では死んだ……俺と言うイレギュラーが生まれて、横から≪赤≫を持って行ってしまったからだ。
今の俺は、本来明弘さんが生きる筈だった時間を生きてるって事になる。
……明弘さんが≪赤≫を継承した場合は世界が終わる訳だが、それでも明弘さんがその“終わり”まで生きていたのだと思うと、やはり俺の罪悪感は消えない。
でも、だからと言って後ろ向きな考えに足を取られているような暇は俺には無い。色々考えなきゃならない事とやらなきゃいけない事がてんこ盛りなのだ。
だから、明弘さんに約束する。
――― 貴方が守れなかったこの世界は、俺が貴方に代わって守りますから
俺に世界の終わりを回避する力があるのかどうかは、正直自分でも半信半疑だが、とにかくやってみるしかない!
………具体的に何をどうすれば良いのかは分かんないけど…。