10-7 依頼②
ヘヴェルスの滞在時間は約30分。
それに対して支払われた金額が魔晶石2つ分くらい…。一般人がこの額を稼ぐのに年単位の時間を必要とする事を考えると、冒険者って本当にぼろい商売だよなぁ。そら一攫千金を夢見て冒険者になる奴が後を絶たん訳だ…。
まあ、俺が受け取った金は「復興費用にあててくれ」と全額置いて来たけどな。
俺達は別に金に困るような生活はしてないし、金にガツガツするような事もねえ。対してヘヴェルスはモグラとドリル腕で穴だらけにされて、壊れた家屋も1つや2つじゃない。元々落盤の危険性をはらんだ場所だし、早いところ下の安全だけでも確保しておくべきでしょう。
で、町の冒険者や住民達に羨望と尊敬の眼差しを向けられながら、逃げる様に次の依頼場所に転移で移動。
――― 海だった。
見渡す限りの青い海。
すげぇ、綺麗だなコッチの世界の海は。心が洗われると言うが、本当に海は見るだけで妙に落ち付く。
海は生物の原点だから、遺伝子的にそういう風に出来ているのかね? いや、もっと単純に、海は俺達の世界と同じだからか。
海なんて、ラーナエイトに向かう途中で小さな港町に立ち寄った時に見たくらいの記憶しかねえからな? あん時だって、海沿いの道を避けて山道に入ったから、すぐに海は見えなくなったしねえ…。あー、そう言えばあの港町で子供達をラーナエイトに運ぶ依頼受けたんだった……嫌な事思い出したな…。とか落ち込んでる暇ねえな。1度頬を叩いて気持ちを切り替える。
目の前には大きな港町。
……ただ、物凄くボロボロだ…。倉庫らしき大きな建物は何かに押し潰されたようにペシャンコになり、片付けられた家屋の残骸が町の外で山のように積み上がっている。
何より、町の中心部に突き刺さっている逆さになった巨大な帆船はなんだろうか?
どんな災害に遭えばこんな状態になるんだか…。いや、でもソグラスもこんな感じだったな? やっぱここもクイーン級の魔物に襲われたのかな…?
「で、ここは?」
「国で1番大きな港、ジェレストです」
ジェレスト? どっかで聞いた名前だな?
あっ、思い出した。ソグラスの南にあるって言ってた港町だ!
……ダロスとソグラス、それにルディエと一緒に、ピンク頭の標的にされてクイーン級の魔物を差し向けられた場所か……。俺の意思とは無関係とは言え、責任の一端が自分にもあると思うと、目の前の町の風景に罪悪感がなぁ…。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも……ギルドに行こう」
…………
………
……
ギルドに行って依頼を確認。
この町の俺への依頼は…っと。
「海中生物の討伐?」
「はい」
俺の問い返しに、受付のお兄さんが頷く。
最初は俺の姿を訝しげに見ていたが、クラスシンボルを見せると一瞬驚いてから通常の接客モードになった。驚きはしたが、変に畏まらない辺りこの人には好感が持てる。
「魔物ですか?」
「いえ、魔獣のようです」
魔獣って事は、突然変異で凶暴化した生物か。
あれ? そう言えば水中に魔物って居んのか? 水辺で戦った経験が無さ過ぎて判らんな。
「魔獣の詳細な情報は?」
「申し訳ありません。帆船を海に引き摺りこむ巨体…と言う程度の情報しかコチラにも…」
更に話を訊くと、復興を進めていたジェレストで、ようやく桟橋周りが直って外部から船がこれるようになったのだが、辿り着く直前で船が巨大な何かに海に引き摺りこまれたそうだ。それも1度や2度ではなく何度も…。
どうやら、巨大な魔獣が沖合を縄張りにしてしまったらしく、船が近寄れない状況にあるらしい。ジェレストはルディエやソグラスの復興物資を海から運び込む為の受け皿でもあるし、いつまでも船が辿り着かないのはとてもマズイ……と言う訳で俺の出番だ。
船が近付けるように、早いところ魔獣を始末して下さい、って事らしい。
相手が海中生物とすると、海上戦か海中戦になるのか…。【浮遊】があるから海上戦は余裕だけど、炎熱との相性で海中戦は回避したいな。
「分かりました。まあ、とりあえず見てみます」
「み、見てみますって…そんな簡単に…」
流石に冷静な受付の兄ちゃんにも呆れられた。
でもそれしかなくない? 何度も船が襲われてるのに、襲った魔獣の情報が全く無いって事は、船に乗っていた人間が全員死んだが、助かっても何が起こったのか理解出来ていないかのどちらかだ。
どちらにしたって、下手に近付くのは危険なのは分かっているが、俺が直接行って確かめるのが1番安全かつ確実なのだから仕方ない。
ギルドを後にして、外に出る。
「んじゃ、ちょっと行って来るんで」
と俺専属の転移係のお兄さんに言う。
「クイーン級の方には要らぬ心配とは思いますが、一応気を付けて下さい。何かあると僕が怒られるので」
そこまで責任取れねーよ。
「白雪、お前は危ないから―――」
「一緒に行きます!」
フードの中から声だけを投げて来た。今日は1日、意地でも俺に引っ付いているつもりらしい。
まあ、良いか…? 白雪が危なくなるような展開になるなら、1度退けば良いし。
「んじゃ、行ってきまーす」
【浮遊】で体を浮かせて海面スレスレを高速で飛ぶ。
背後で、俺の姿に驚いた声がいくつも聞こえた気がしたが、もう面倒臭いので全部スルーした。
下を見れば透き通った綺麗な青に輝く海。
あー、ちょっとしたバカンス気分かも。
綺麗な海の上を優雅に飛ぶとか……こういうアクティビティどっかの海にありそうだよなぁ。
あー心が和むわー。
海面に手を浸して空を翔る。
港から大分離れたな? 沖合5kmってところかね?
「父様、気持ち良いんですの?」
興味を持った白雪が顔を出して肩にしがみ付く。
「ああ、冷たくて良い感じだぞ」
「私もやってみたいです!」
止める間もなく肩から飛び立ち、俺の飛行速度に必死に合わせながら羽を羽ばたかせて小さな両手を海面につけようとする。
「待て待て、危ないから」
両手で白雪を包みながら減速する。
この飛行速度で海面に両手突っ込むのは、俺ならともかく白雪の小骨のような腕では間違いなくポッキリいってしまう。
完全に停止してから、手の中で体を小さくしていた白雪を海面に近付けてやる。
「ほら、もう良いぞ」
「えへへ」
嬉しそうに俺の手に体を乗せたまま、両手を海面に突っ込む。
「キャッ、冷たい!」
「だから、冷たいつったじゃんよ?」
俺のツッコミを聞いた後も、嬉しそうにパシャパシャと水を跳ねさせて楽しそうにしている。そして何を思ったのか、おもむろに濡れた手を舐めてみる。
「ぴゃっ…!? 父様! この水しょっぱいですわ!?」
「そら海ってしょっぱい物だし…」
コッチの世界でも、“海水がしょっぱい”って最低限の常識は通じるようで、なんか変な安心をしてしまった。この海も、元々は塩酸の含まれた水だったのが、ナトリウムで中和されて塩化ナトリウムの海になったのかな…? まあ、どうでも良いか。今がしょっぱい海ってのが解れば十分だ。
「もしかして、海初めてなのか?」
「はい!」
そう言えば、ラーナエイトの道中の海も、白雪はずっと隠れていたから見てないのか…。
何処までも広がる視界一杯の青い海…そして、白い雲が気持ち良さそうに泳ぐ青い空を、輝く宝石を見つめるように白雪はその目に焼き付けていた。
……俺が初めて海水浴に行った時の事を思い出したら、俺もこんな感じの反応をしていたような気がする…。変に似た者同士だな俺等…。
俺の手の平で嬉々として水遊びに興じる妖精が妙に愛らしく、指先で頭を撫でる。
「えへへ、父様~」
白雪とじゃれていると、海底から何かが上がって来るのが感知能力で見えた。
サイズがやたらでかい。
クジラ? じゃねえな。体温が低過ぎる。クジラって確か体温が人間とあんまり変わらなかった筈だし。
水温とほぼ熱量が変わらないって事は変温動物。それに、このすげえうねってる軟体な動き…。船を沈めたって聞いた時から「もしかしたら“アレ”か?」程度には考えていたけど、こりゃ大当たりかな?
「白雪、お客さんが来たから隠れてな?」
「ええー…はーい」
渋々とフードの中に戻る。
白雪がフードの中で大人しくなったのを確認してから、左手を海の中に入れる。軽く腕を動かして波を起こして相手にアピール。
ほーれ、コッチに来い来い。
途端に―――何かが左手に巻き付いて、海中に俺を引っ張り込もうとする。
――― かかった!
「フィッシュ、オーンッ!!」
右手で左手に巻き付いている“触手”を掴み―――なんじゃこりゃ!? ヌルヌルしてツルツルしてグニグニして気持ち悪い!
【浮遊】で一気に上空に飛び上がり、左手を掴む“それ”を海の中から吊り上げる。
「出て来いッ、おらああッ!!」
無駄に重いなクッソ!!
俺の左手にぶら下がるそれは―――家屋を丸呑みしてしまいそうな大きさの巨大な蛸。
あれ? てっきりクラーケン的なイカが釣れると思ったんだけど…まあ良いか。
「父様大きい……なんですの? この生物は?」
「恐らく蛸じゃないかと思うんだが…」
触手多くない? 15本くらいウゴウゴしてんだけど…。まあ、魔獣って突然変異した生物だし、触手が多少増えててもおかしくないか。
とりあえず焼いておこう。
【魔炎】で巨大蛸の体を覆い尽くす。
痛みで暴れ出すより早く焼き殺す! 火力を最大限まで引き上げて炭にする。
あら? ちょっと良い香り……塩でもかけて炙れば食べれたかもね? まあ、もう炭にしちゃいましたけど…。
「父様、あんな怪物を食べるのは…どうかと思うんですの……」
「え? そう? 結構食べてみたら美味いかもよ?」
「………別に良いですけど…私が居る所では食べないで下さいまし」
むっさ文句言われた……。
食文化の違いかねえ。