10-5 クイーン級のお仕事
フィリスと白雪が起きるのを待って、早速ギルドの本部に向かう。
朝っぱらから、結構な人数が待機して居るのは流石本部。緊急の依頼が来た時の夜勤みたいなもんらしいけど、給料が発生する訳でもないのに本当ご苦労様です。……まあ、中には宿代わりにギルドの隅で寝泊まりしているようなのも居るが…。
俺達が中に入ると、出入りの少ない朝方と言う事もあり全員の目が瞬時に集まる。
視線が集まると、それだけで妙な圧力があると言うのをこの世界に来てからたまに実感する。
俺の後ろに居るのが見目麗しい女性2人と言うのがその圧力を増大させ、若干興奮気味の視線が最終的に俺の首にぶら下がっているクイーンの駒を見て慌てて視線を逸らす。
やっぱ、クイーン級は味方と言ってもビビられるか…? まあ、人外の強さを持ってる人間だけが辿り着く等級だからねえ。
「おはよーさん」
軽く手を上げて皆に挨拶すると、座っていた全員が立ち上がって
「「「「おはようございます!!」」」」
全力で頭を下げて挨拶された……。いや、そんな社長の出社みたいな対応を期待したんじゃないんだけど……もっと、こう「やあ」とか「よお」とか、そんな軽い感じで流してくれればよかったのに…。
後ろの2人はその対応を「当たり前です」みたいな顔してるし…。クイーン級つっても、別に俺は偉ぶりたい訳じゃねーんだが…。
若干ドンヨリした気分になりながら受付に到着。
「おはようございますアーク様。今日はどのような御用でしょうか?」
「ギルマスに会いたいんですけど、今居ますか?」
……っと、アポイントとか取ってからの方が良いのかな? 急に来て会わせろってのも失礼だったな。
「はい昨夜からずっと執務室にいらっしゃいます。お取り次ぎしますので、少々お待ち下さい」
あれ? でも普通に行けた。ギルドマスターがこんな簡単に会ってくれるのは、やっぱクイーン級だからかねぇ。特権階級様々ですな。
「お願いします」
階段を上って行く受付のお姉さんを見送って、待つ時間を使って様々な依頼の張り出されているボードを眺める。
「パンドラのリハビリに丁度良い魔物の討伐依頼とかねえかな?」
「マスター、コチラはどうでしょうか?」
パンドラの指差した羊皮紙に書かれて居たのは、ここ数日グラムシェルドの近隣で目撃されているルーク級の魔物の討伐依頼だった。
「この国でルーク級か…珍しいな?」
アステリア王国は、他の国に比べて魔素の濃度が全体的に薄いらしく、それに伴って出現する魔物のランクもそれ程高くない。まあ、たまにクイーン級が何かの拍子にポロっと生まれる事があるけど…。
実際、俺もユグリ村からここに至るまでの道で出会った魔物は、クイーン級を除けばナイト級の黒が最高だし。
そんな俺の疑問に、フィリスが答えをくれた。
「飛行型とありますし、他の大陸から渡って来たのではないでしょうか?」
「ああ…そういう事もあるか」
他国から来たって仮定するなら、隣のグレイス共和国から来た可能性も十分に有り得るな? ここは国境に近いし、アッチは同じ大陸と言っても若干魔素が濃いからな。
「しかしルーク級か…」
羊皮紙に書かれている戦力評価はルーク級の白となっているから、そこまで極端な強さではないだろうけど…、神器を持たせたとは言え、病み上がりのパンドラに相手させるにはちょっと心配だな。
「大丈夫か?」
一応本人に訊いてみる。
「問題ありません」
即答でした。
まあ、いざとなったら俺が手を出せば良いし、大丈夫か。
「アーク様、宜しければ私も戦いに参加させて頂きたいのですが」
「そりゃ構わんけど…もしかして、その背中の包みを試したい的な話か?」
俺の問い掛けに、少しだけ顔を寄せて声を潜める。
「はい正しくそれです。この包みの中身は、ユグドラシルの折れた枝で作られたワンドなのですが、余りにも強力過ぎるのでずっと使う事を禁じ、他種族にも存在を秘匿し続けた物なのです」
何その凄そうな設定…? RPGで言ったら“伝説の○○”な武器じゃない?
「私自身もその力を目にした事はないので、1度実戦でその力を知っておきたいのです」
「そういう事なら是非参加してくれ」
パンドラの神器のスキルと合わせて、そっちも戦いの中でどう機能するのか俺も知りたい。
他にもいくつか、普通の冒険者が相手をするには厳しそうな、近場の討伐依頼の魔物の情報を仕入れて置く。
ボードの3分の1に目を通したところで受付のお姉さんが戻って来て呼ばれた。
「アーク様、ギルドマスターが直ぐにお会いになるそうなのでどうぞ」
「はーい」
俺が階段に向かおうとすると、自然な流れでパンドラとフィリスが続こうとする。
いや、でもちょっと待て? 朝っぱらからアポイントも取らずに来て、ぞろぞろ部屋に行ったら俺等すんごい無礼者じゃない?
クイーン級が色々優遇されているって言っても、最低限の礼儀は持っているべきだろう。
「言って来るから待っててくれ」
「一緒に行きます」
即答したパンドラにフィリスが頷く。ついでにフードから顔を出した白雪も頷く。
「良いから待っててくれ…。ガゼルが居ない間の事をちょっと話して来るだけだから」
自分達が受ける依頼を見繕っておくように言って、フードから引っ張り出した白雪をパンドラに預けて階段を上る。後ろの方で抗議の声が上がっていた気がしたが、ギルマスを待たせているのでスルーした。
* * *
強面のギルマスとの話は10分で終わった。
暫く隣国のクイーン級であるガゼルが居なくなるので、その間はグレイス共和国のギルドに来たクイーン級指定の依頼は俺が受けますって感じの話。それと―――…
「はぁ……」
溜息を吐きながら階段を下る。
……どうしたもんかなぁ。予定が狂ってしまった……。
エントランスに戻って来ても、狂った予定を修正するアイディアが思い浮かばない。仕方ないのでウチの女性陣に相談してみる事にした。
「マスター」「アーク様」「父様!」
俺を見つけるや否や、パタパタと飛んで来て肩に腰を下ろす白雪を撫でながら2人と合流する。
「お話は終わったのですか?」
「ああ……けど、ちょっと問題があってな?」
「なんでしょうか?」
「あー………その…なんつーか…」
言い淀んだ俺が、先を言うのを黙って待つ3人。
3人とも妙に真剣な顔して聞こうとしてる……。覚悟を決めて話した。
「死ぬほど怒られました」
「何故ですか?」「何故アーク様が怒られるのですか?」「父様は何か怒られる事をしたんですの?」
「えーっとな…何かしたから怒られたんじゃなくて、何もしなかったから怒られたんだわ」
ギルマスが怒ったのは、俺がクイーン級としての仕事をしないからだ。
言われて思い返してみると、確かにクイーン級に昇級してから国内での魔物退治も依頼もまともにやった覚えがない。強いて言えばソグラスで野盗退治をしたけど、その報告はアルトさん達に任せてしまったし、報酬も受け取って居ないのでギルド的には俺は関わって居ない事になっている。
俺が国外に出てドンパチやっている間に、クイーン級を指名した依頼は来ている訳で…その全てがほったらかしになっているのが現状。
そして、「他国の依頼の話をする前に、自国の仕事をしろ!」と強面のギルマスに雷を落とされた。
言われてみりゃあ、そりゃそーですよねぇ…。
で、結局今からクイーン級を指名している依頼を片付ける事を約束させられてしまった…と言う訳です、はい。
「っつー訳でさ、今日はそっちの依頼を片付けに色々回らないと行けなくなった」
「そうですか。では、私達も一緒に―――」
「いや、行くのは俺1人で良い」
3人が驚く。
クイーン級指定の依頼は、基本的に脅威度がクソ高い魔物の討伐やら、危険度がバカ高い依頼しかない。
危険があると分かっている場所に、皆を連れて行く訳には行かない。パンドラとフィリスは2人共新しい力を持って、戦闘で不安定になるだろうしな。
俺1人なら、何があってもどうとでも出来るから立ち回りやすいってのもある。
「お前達は、予定通りこのままグラムシェルドで依頼受けてくれ」
「しかし……」
「心配そうな顔すんな、コッチは大丈夫だから。そもそも、俺がフォローに居ないからそっちの方が心配なんだが…」
まあ、2人共状況を見ないで無茶するするようなタイプではないから大丈夫だとは信じているが、一応ゴールド辺りを護衛につけて置くか? 何かあっても神獣の姿になればキング級相手だって瞬殺だし。……まあ、引き換えに俺が死ぬほど疲労するけど…。
「無理をするつもりはないので問題ないかと」
その言葉を信じよう…ちょっと不安だけど。
「白雪、お前は―――」
「嫌です!」
「まだ何も言ってない……」
俺が何を言おうとしたのか理解して、ヒシっと俺の頬に縋り着く。
「こう言う時は、いつも私は父様と離れ離れではないですか!!」
「仕方ねえだろ? 俺といつでも連絡とれるのお前しか居ないし」
「嫌です!」
縋りついたまま首を振ってイヤイヤする。
……ダメだこりゃ、説得するの無理だわ…。駄々っ子には勝てません…。
「悪い…こう言う訳で、白雪は俺の方に連れてくわ」
「了解しました」
「陽が落ちる前には1度グラムシェルドに戻って来るから、ここで合流しよう」
「はい」「畏まりました」
「それと、俺に急ぎで伝えたい事があったらギルドの方に伝言残して置いてくれ。今日は色んな所のギルドに出入りしてるから、多分それで連絡取れる」
「はい」「畏まりました」