10-3 族長との再会
パンドラが神器を手にした日の夕刻。
ようやく待ちに待った亜人達が戻って来た。
凄まじい警戒力で、コソコソと森の中を影のように移動する亜人のパーティー。隠密能力に長けた亜人達が、里の様子を見る為に戻って来たようだ。
……まあ、言ってはなんだが感知スキルを2つも3つも持ってる俺のような奴には、どんなに頑張って隠密行動してもバレバレなんだけどな?
そんな訳で、アルフェイル近くの木陰に隠れていたのをアッサリと発見した。
途端に―――
「≪赤≫の御方!?」「ご無事でしたか!!」「今日は何と喜ばしい日なのでしょう!」「また御姿を目に出来るとは…」「我等亜人の守護者たる御方、無事を信じておりました!」
と口ぐちに俺の無事を喜んで、中には感極まって涙を流す者まで出ていた。……本当に亜人達は≪赤≫の継承者ってだけで好感度が振り切ってんな…。
まあともあれ、アルフェイルの無事を確認した亜人達は、避難した他の者達の元へと転移魔法で戻って行った。
そして間もなく、1番最初に戻って来たのはエルフの族長であるダークエルフの幼女だった(幼女なのは見かけだけだが…)。
パンドラ、フィリス、白雪を連れて出迎える。
相変わらず際どい服装をしていて視線が泳いでしまう。その様子をウチの女性陣に気付かれ…
「マスター」「父様!」「アーク様…私共の族長をそのような目で見るのは…」
はい、スイマセン。
でも大丈夫。俺は別にロリコンじゃねーから! 幼女に興味ないから! ……まあ、目の前に居るのは幼女じゃねーけど…。どっちかと言えば老婆に分類されるようだけど…。
「≪赤≫の御方。ご無事であった事を心よりお喜び申し上げます」
「いえいえ、族長さんこそ無事で良かった」
「族長様! 無事でしたか!?」
黒い肌の幼女に、今にも縋り着いて泣き出しそうだなフィリス…。
「フィリス、貴女も無事で何よりです。我等エルフの代表として、よく≪赤≫の御方に仕えてくれましたね」
「はい! アーク様への奉仕は亜人にとっての誉れです」
族長の視線が、俺の隣に居るパンドラと、肩で縮こまっている白雪に向く。
「御2人とは初めまして、ですね? ≪赤≫の御方と共に、何度もアルフェイルに訪れているのは知っていましたが、ようやく会えましたね」
「パンドラと申します。この里には大変お世話になったそうで、とても感謝しています」
「は、は、初めましてエルフの族長様!! し、白雪ですわ!」
白雪がガチガチに緊張してる…。他種族の族長って、人間世界で言う別の国の王様ぐらいの存在なのかな…?
まあ、俺に対しては族長さんも謙るから、あんまし俺には関係ないけど。
町の長が戻って来てくれのは都合が良いので、ここでの戦いを簡単に説明して置く。
「里を襲っていた連中は撃退しました。…ただ、≪青≫を始めとした何人かは逃げられて、実際に倒せたのは2人だけですから、もう暫くは警戒しといて下さい。それと蘇ったエグゼルドは始末しました」
「なんと…! かの魔竜が復活していたのですか!?」
あれ? …そもそもその事実を知らなかった感じなの?
「ええ。つっても、核から能力は抜き取ったので、2度と復活する事はありませんけど」
「そうですか…。強大なる魔竜も、ようやく眠りにつく事が出来たのですね」
かつて森と里を脅かされた相手だと言うのに、族長さんの言葉と表情には、あの忌むべき黒い龍の安らかな眠りを祈る気持ちが溢れていた。
フィリスも、そんな自分達の長の姿を見て誇らしく胸を張っている。
「≪赤≫の御方、再び里を護って頂き本当にありがとうございます。徒歩で森を逃げていた者達も助けて頂いたと窺っていますし、どれ程言葉を尽くせば我等の感謝のお伝えできるか…」
「……いえ、今回俺は完全に出遅れましたから…その間皆が頑張ってくれたお陰です」
と頑張ってくれていた1人であるフィリスを見る。視線が合うと、パッと視線を逸らされて俯かれた。
……あれ? 何その反応…何か嫌われるような事したかな…? 耳まで赤くしてるし…なんか怒ってんのかな? これから先も一緒に居る事を考えると、早いところ関係を修繕しとかないとだよなぁ…。後でそれとなく話してみるか?
「フィリスを始め、竜人のガゼル、異世界人の真希さん……それと≪黒≫の継承者のルナ、皆のお陰です」
フィリス以外の名前を聞いて、族長さんが少しだけ顔をしかめる。
懐の深いこの人でも、里に見知らぬ人間や…かつて自分達を苦しめた≪赤≫以外の継承者が居た事は不快に思うらしい。
まあ、それは仕方ない…。この問題は根っ子が深すぎて一朝一夕でどうにかなるレベルの話じゃないからな。
こう言う反応が来る事は予想出来ていたから、本当は皆が居た事は黙っておこうかと思ったんだが、後で知られるとそれはそれでフィリスが責められるんじゃないかと思ったんだよ。俺の口から話せば、流石に悪いようにはしないだろうし。
「そうでしたか…。本来ならば里に外の人間を入れるのはあまり歓迎出来ない事ですが…そういう事であれば、仕方ありませんね?」
よかった…年齢はともかく、見た目幼女の族長さんに怒られると精神的ダメージがでかいからな。
「ご理解いただけて良かったです」
俺の言葉にクスッと見た目に似合わない、全てを悟ったように笑い、
「≪赤≫の御方に言われたら、納得するしかありません」
少しだけ悪戯っ子のように言う。
はい、スイマセン…。≪赤≫の継承者が言えば無理な事でも納得してくれるって最初から思ってました…。
「それで、俺達すぐに移動しようと思うのですが?」
「もう行くのですか? 皆戻って来た時に≪赤≫の御方が居て下されば安心します、それまではここに留まれては?」
皆の無事な姿を見たいのは山々だが、絶対皆して騒ぐよなぁ? 一緒に騒ぐってんなら良いけど、俺の事を勝手に周りが騒ぐってのはどうにも慣れねえ。だから、皆と会う前にさっさと立ち去りたい。当初の、戻って来た最初の避難者を出迎えるって自分への約束事も果たしたしね?
「そうしたいですが、人の世界に戻ってやる事が山積みなので…」
これは嘘じゃない。
そろそろガゼルの奴が故郷の島に旅立つと思うし、そうなればグレイス共和国の方からクイーン級の指名依頼が来る。さっさと戻って準備しておきたいし、忙しくなる前に研究所の様子を1度視に行きたいし、パンドラのリハビリがてら魔物退治もさせたい。
やっておきたい事が色々ある。
いつまた奴等が……俺の体とカグが目の前に現れるかも分からない以上、先にやれる事は後回しにせずにちゃっちゃと片付けたい。
「そうですか……行ってしまわれるのはとても残念ですが、≪赤≫の御方の時間を亜人の世界だけに使わせる訳にはいきませんね…」
肩を落として、テンションダダ下がりだな……。そこまで俺が居なくなる事を残念に思ってくれるのは、素直に嬉しいんだけどねぇ。
お別れを行って里を離れようかと思ったら、それを遮ってフィリスが口を開いた。
「族長様! お願いがあるのですが!」
「なんですか? 言ってごらんなさい」
「はい、実は“神木の枝”を使わせては頂けないでしょうか?」
「!? なんて事を……! 自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」
族長さんが何かを恐れるような怒り方をした。
ただ事ではない、と言うのは理解出来たが、具体的に何がそんなに怒りに触れたのかが分からない。
ユグドラシルの枝ってのは、そんなヤバそうな物なのか? ユグドラシルってのはアレだよな? あの都庁みたいな大きさの巨大な木の事。その枝がなんだってんだ?
「自分が無茶を言っているのは分かっています。ですが、今の私の力ではアーク様に着いて行く為には……悔しいですが、力不足なのです…! 今回の戦いで竜人の戦士や、人の魔法使いの戦いを見ました。私の力は、彼等の足元にも及ばない……このままでは足手纏いになるだけなのです!」
フィリスの奴…そんな事考えてたのか……全然気付かなかった。
確かに単純な戦闘能力で言えば、フィリスは俺から相当かけ離れている。ガゼル相手でも同じ。話では真希さんは魔法のスペシャリストって言うし、同じ土俵のフィリスとの差は相当なものだろう。
パンドラが神器を持って、チート臭いスキルを手に入れたから、現在俺等の中で1番弱いのはフィリスだ。あっ、白雪は元々戦力の頭数に入れてないから除外した上でな?
フィリスもそう言った自分の戦力不足を感じていたからこその話だろう。……っつか、もしかして新しい武器の充てがあるって、その“枝”の事だったのかな?
その決意の固さを感じたのか、族長が諦めたような深い深い溜息を吐いた。
「分かりました。エルフの族長として許可しましょう…」
「ありがとうございます!!」
「ただし、くれぐれも注意をするように。アレは、安易に持ち出して良い物ではない事を努々忘れてはなりませんよ」
「はい!」
話が纏まったらしいが、外野の俺達は何が何やら…。