10-2 スカーレット
アルフェイルで過ごして2日が経った。
逃げた皆は中々戻って来ず、俺達は誰も居ない集落でノンビリしていた。
誰かが戻って来てくれないと、離れる事が出来ないんだよなぁ…。戦闘のあった場所が無人になってたら、戻って来た皆も心配するだろうし。
書置きを残しておく事も考えたが、フィリスが「アーク様の顔を見れば皆安心しますから」と言うので、最初に戻って来るであろう誰かは残って出迎える事になった。
別に俺も暇人じゃねえんだが……まあ、直接ではないとは言え、亜人の皆に面倒をかけちまったみたいだしな。
少しでも恩返しになればと、壊れた家の片付けや、ピンク頭の呼びだしたキング級の暴れた森の後片付けに時間を費やしている。
その合間を使って―――
「パンドラ」
「はい」
いつも通りの無感情な返事と共に、トテトテとポニーテールのパンドラが駆けて来る。
「お呼びになりましたか?」
表情に全く変化がない……。2日前に見せたあの笑顔はなんだったのだろうか?
………まあ良いや、話を進めよう。
「ああ、ちょっと渡して置く物があってな?」
「プレゼント、と言う事でしょうか?」
「あー…まあ、そうかな?」
あ、ちょっと嬉しそうな顔してる。
サイボーグつっても、プレゼントを貰うのは女子的に嬉しいんか。
「白雪、アレ出してくれ」
「はい父様!」
俺の肩で楽をしていた白雪が、パタパタと蝶のような羽を羽ばたかせて俺の手の上まで飛翔する。
妖精のポケットから取り出されたバスケットボール程の大きさの白いキャベツ……もとい神器の卵であるコクーン。
例の、研究所を根城にしていた野盗のボスの持っていた神器が初期化された奴だ。
「これをお前にやる」
「宜しいのですか?」
「ああ」
神器のレア度は相当な物だ。
元々手に入れるのは困難極まる代物だったが、今は神器狩りなる阿呆が出たお陰で、そのレア度はウナギ登りだろう。
「フィリスの奴もこの先ずっと俺に着いて来るつもりらしいから、本当はお前とフィリスどっちに渡すか迷ってたんだが…」
フィリスに意見を求めたところ、「自分は新しい武器に心当たりがありますので」と言うので、このコクーンはパンドラに使わせる事にした。
にしても、フィリスの新しい武器ってなんだろう…? そう言えば最初に会った時はワンドを持ってたな? ………俺が速攻でへし折ったけど……。
「お前に渡す」
「はい」
無表情だけど、凄い嬉しそうな雰囲気を出している。フィリスよりも自分が優先されたと思ったからかな? ……だとしてらスマンな。パンドラを優先した訳じゃなくて、話の流れでこうなったってだけなんだ…。……まあ、喜んでるっぽいから敢えてそんな事言わんが。
差し出したコクーンを、パンドラが両手で大事そうに受け取る。
「これから先、多分今まで以上に危険な戦いが増えるから、少しでもお前の力になる神器が生まれてくれると良いんだが」
「開けても宜しいでしょうか?」
「ああ、その為に渡したんだ」
「はい」
正直、パンドラがどんな神器を取り出すのか興味津々である。
俺が首から提げている指輪…“月の涙”は俺がコクーンを開けた事で生み出された神器だ。しかし、何で形状が指輪なのかは正直意味不明である。コクーンから出てくる物は、開けた人間に合わせた物って訳でもねーのかな?
病的に白い指が、白いキャベツの葉を一枚ペリッと捲る。すると、連鎖反応のように他の葉もポロポロと地面に落ちて、ガラスのように砕け散る。
パンドラの手の上の残ったのは……
「コンバットナイフ?」
「そのようです」
刀身も柄も、素焼きの陶器のような濁った白さの、パンドラの美しい手には似合わない無骨な軍用ナイフ。
握って、俺に差し出すように見せて来るが……うーん、メイドにコンバットナイフ…ギャップ萌えって意味なら有り…かな?
っと、見てくれはともかく、神器にはまだやる事があるんだった。
「名前はどうする?」
「名前、ですか?」
「神器は名前付けないと力を発揮できねえんだよ」
「そうですか」
手の中の陶器のようなコンバットナイフを見つめる。
どうやら、頑張って名前を考えているらしい。俺も何か良い名前が浮かべば提案してみようかと思ったが、俺の乏しいボキャブラリーでは碌な名前が浮かばなかったので黙って置く。
そもそも、神器の名前を人に貰うと碌な目に遭わないのは、俺自身が経験済みだしね…。
暫く名無しの神器との睨めっこを続けていたパンドラがポツリと…
「“スカーレット”」
途端に、素焼きの陶器のような刀身が金属的な光沢を纏った深紅に塗り替えられ、柄の部分に炎を思わせる彫り込みが刻まれる。
「どうでしょうか?」
「うん、良んじゃね?」
名前の良し悪しは分からんが、少なくても俺の考えた“炎極丸”とかよりずっとまともだと思う…うん。
っつか、スカーレットってなんだっけ深紅っぽい色だっけか? あれ? ヴァーミリオンの朱と若干被る?
「もしかして、ヴァーミリオンのオマージュ?」
「はい。マスターとお揃いにしました」
お揃いか……。お揃いか?
まあ、本人満足そうだし良いか。
「そうか…。にしても、ナイフで大丈夫か? 基本戦術は距離取って魔弾撃つ事だろ? 近接でしか使えないナイフってパンドラには合わなくね?」
そうは言っても、出てしまった物を「別のと交換して下さい」と引っ込める訳には行かないのだが。
「マスターに止められているだけで、近接戦のデータもありますので問題はないかと」
「つってもなぁ…」
例えば…だが、ガゼルを相手にパンドラがナイフで戦おうとしたらどうなるか? まあ、間違いなく秒殺だろう。これは得物のリーチでの差云々ではなく、技量が違い過ぎるからだ。
パンドラも近接格闘のデータは持っている、と自分で言うだけあってそこそこ強い。それは認めるが、雑魚相手ならともかく、これから先相手にするのは最低でもキング級の魔物レベルの敵だ。“そこそこ強い”がどの程度通用するかは正直苦しいと言わざるを得ない。
「問題ありません。この神器には新しいスキルが付与されたようですので」
「え!? 嘘っ!?」
早くない? 俺の月の涙が初めてスキル手に入れたのって、相当追い込まれたギリギリの状況なんですけど…? しかも1回使ったら消えちゃう使い捨ての…効果ランダムのパルプン●だったんですけど…?
「マジなの?」
「はい」
何だろう…? この扱いの差は何なんだろうか?
相当不満そうな顔をしていたのだろう、そんな俺を見てパンドラが首を傾げていた。
「どうかしたのですか?」
「……いや…なんでも…」
まあ、アレですよ? きっと俺は≪赤≫からスキルを貰えるから、手持ちの神器がその分成長しづらいとか、そんな感じの話だよ、うんうん……きっと…多分。
「それで、どんなスキルが付与されたんだ?」
「はい。効果は――――」
パンドラが語ったスキルは……何と言うか、とっても…
「何それ? どんな反則技?」
「御言葉ですが、チート呼びは心外です」
いやだって…ずるくない? そんなスキル俺だって欲しいわ。
仲間が得たスキルだからまだ良いが、敵がそのスキルを振り回したら途轍もないクソゲーになる事請け合いだと思うの?
「つっても、いきなり強敵相手に使わせるのは恐ぇな…」
「はい。私としても、スキルを使用しての戦術を新しくデータとして入力する必要があるので、マスターの意見に賛同します」
新しいスキルの話だけじゃなく、今まで寝たきりだったパンドラのリハビリの意味でも、大きな戦いが起こらないうちに戦いの経験値を上げさせておきたい。
俺が相手をしても良いが、パンドラは俺の手の内知りつくしてるからなぁ…。対俺のデータばかり蓄積させても仕方ねえ。フィリスに頼むか…それとも、ギルドで魔物の討伐依頼をさせるか…ふむ。
誰か戻って来たら、その後はグラムシェルドのギルマスの所に行くから、まあその時に考えるか…。