決戦4
震えるな…怯えるな…逃げ道が有ろうが無かろうが、コイツを何とかしなきゃならないのは変わらないんだ。
くっそが…体中が痛くて重い。立ち上がろうと力を入れてみるが、明らかに体の反応が悪い。2発喰らっただけでこの様かよ、笑い話にしたって笑えねえ。
「立ち上がる力も出ないか? フハハはははッ!!!! このまま踏み潰しても良いが、それではツマラン。お前が回復するまで少し話でもして待つとしようか」
どんだけ余裕だ、こんなろう…有り難いから文句言わないけど…。
「古き時代、亜人戦争よりも更に昔に存在した海洋国ディブレアを知っているか?」
コッチの世界の歴史の話をされても困る。正直、自分の世界の歴史の話だって怪しいくらいの人間なのに…。
「その沈黙は否か。まあ、知らんだろうな、ディブレアは歴史から消された国。だが、この国こそが今の世界の形を創ったのだよ!」
「どういう…意味だ?」
「魔法国家」
「はあ?」
「もう1つのディブレアの呼び名だよ。その名が示す意味を教えようか? 魔法の祖、この世界に魔法と言う力を生み落したのがこの国なのだよ」
なるほど…魔法が生活に根付いているこの世界だ。その魔法を生みだしたってんなら、その国は相当凄いんだろう。それは分かる、と言うか分かったが…。
「んで? そのデブ何たらが何だ?」
「ある日、国の在る島ごと海中に沈んだ。いや、正確には沈められた、だな。周辺国家が結託してディブレアの力を恐れて滅ぼした。哀れ魔法国は海中に没しましたとさ、めでたしめでたし……とは、ならなかった。当時、ディブレアはすでに転移魔法を未完成ながら開発に成功し、それを持って王族だけは何とか島外へ逃がした」
「………おい、まさかとは思うけど…その王族の末裔がお前とか言い出さないよな…?」
「察しが良いな? そう言う事だ」
……バカなのこの人…? それとも本格的に痛い人なの…?
「…で? 目的は国を滅ぼされた復讐か? それとも国の再興? その為の皇帝の肩書なんだろ?」
なんか、真面目に聞いてるのがバカらしくなってきたので適当に返す。
「フン、どちらも興味がないな。そもそも皇帝の名とて手足となる連中を集めるのに都合が良いから名乗っているだけで、私個人としては国なんて物に全く興味が無い」
「……じゃあ、何のためにこんな騒ぎ起こしてんだよ…」
「ククク、さてな? 私も何故と訊かれると困るのだが……そうだな、強いて言葉にすれば“衝動”だな」
「……なんだそりゃ?」
皇帝の手が導かれるように天に向く。
「心の奥から湧きだすのさ! 力をっ!! もっともっと強い力をッ!!! もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっとッ!!!!!!! 誰にも届かぬ、誰にも辿り着けぬ圧倒的な力を求めろと!!」
ああ、知ってた…知ってたけど改めて思う。
コイツは狂人だ。
自分の目的の為だったら、国にだって喧嘩を売る。魔法だって、近接能力だって極める。その過程で人の姿を捨てる事さえも厭わない。人の日常を踏みにじろうが、泥投げようがコイツに取っては全て些事。
この男は、絶対に俺には理解できない存在だ。いや、したくない。絶対にコイツの思考を理解できるようになりたくない!
絶対にコイツに―――これ以上この国を蹂躙させるわけにはいかねえっ!!
歯を食いしばって全身に力を込める。
動けっ、ここで動けなきゃ意味がねえ! 立て! 立って戦うんだっ!! 俺は、今、ここに、戦う為に居るんだからっ!!!
「ふむ、ようやく立ったか」
「……長々とお話どうも。全く興味無かったわ」
トントンと足を慣らす。ヨシ、大丈夫。
まだ体中がビキビキするし、折れたっぽいあばらが泣きたくなるぐらい痛いけど、ちゃんと動く。まだ、戦える。
「では、再開といこうか?」
視界から皇帝の巨体が消える。いや、消えたと錯覚してしまう程の圧倒的で、馬鹿馬鹿しくなるくらいの速さ!
攻撃を見てからじゃ、あのスピードとパワーを受けるのは無理だ。相手の攻撃を予測しろ、先手を取って斬って返せ!
右横から突き出された皇帝の拳を下から斬り上げる。
「ほう、この速さが見えるのか?」
見えねえよ! 悔しいけど初動を確認してからじゃ俺には対応できない。
一瞬の隙を逃さず斬り返す!
空振った…!? すでに、そこに皇帝の姿はない。
くっそ、冗談じゃねえ、早過ぎるだろ!
次の攻撃が来る! 左、下段に蹴り。あのリーチとスピードじゃ横にも後ろにも逃げ場はない、だったら前に出ろ!
前に足を踏み出し、ブレイブソードを突き出す。浅く腹に刺さった瞬間、横からの強い衝撃で吹っ飛ばされる。
グッ…ダメだ、刺し合いになったらもう勝ち目がねえ。
肩から地面に落ちて、2度バウンドして地面を転がる。
「…ェホッ…ゲホッ……!」
口から赤い液体が出た。
……やべ……本格的に体が動かねえ……。
「ふふふ、ここが限界か? ならば、トドメを刺させて貰うが?」
重苦しい足音が小さな振動と共にユックリ近付いて来る。
これは、もしかして、あれか…? 死神の足音か? 1度は見逃されたけど、やっぱり俺の首が欲しいってか。
…チクショウ…負けたくねえ、負けたくねえけど…勝てねえ…。どう足掻いても届かない。
ブレイブソードを持つ腕を掴まれ、空中に持ち上げられる。
視線の高さが同じになった。
「お前は良くやったよ、冥府で誇るがいい」
パッと手を離され、一瞬の浮遊感。
振り被った皇帝の拳が、俺の腹にめり込む――――。
口から今までの比じゃない血が噴き出し、赤い飛沫を撒き散らしながら吹っ飛ぶ。
「――――ッ!?」
剥き出しの岩壁にぶち当たってようやく止まる。
痛みで声が出ない。視界が霞むうえにチカチカする。
全身に力が入らず、ズルズルと壁に寄りかかったまま崩れ落ちる。
手……さっきまで手の中にあった感触が無い。
ブレイブソード…どこにやったっけ……?
「これを探しているのかな?」
ブレイブソードを手に黒い巨体が近付いて来る。
真っ黒なモヤを纏い、魔物であり人間でもある狂人。絶対的強者であり、蹂躙者。
魔道皇帝アデス=ジンエグリース。
「……か…えせ……!」
それは、お前の手に有って良い物じゃない!
その剣は、この街の希望で、あの人がこの世界で戦った証で―――…。
「下らんな。死ぬ前に絶望を味わえ」
黒いモヤを纏う腕がブレイブソードの柄と刀身を掴む。
何をするのかすぐに分かった…!
「や…めろ…!」
ギリギリと皇帝の腕に力が入る。
そしてブレイブソードにピシッと一筋のヒビが入り―――。
「ハッハッハッハハハハハハハッ!!!!!!」
高らかな笑い声と共に、勇者の剣は黒き魔物の手の中で、甲高い悲鳴のような音と共に2つに割られたのだった。
「ふっフハハはっははは! 良い顔だぞ? 絶望した者の顔だ」
手に持っていた、かつて勇者の剣だった鉄屑を俺に投げて寄越す。
虚しいほどの軽い音をたてて俺の手元に柄の方が転がり、刀身の方は靴の底に当たった。
力任せに折られた、あまりにも無残な剣としての死。
――― 終わった……。
ブレイブソードと一緒に、俺の気持ちがポッキリと折れてしまった。
「では、最後だ。サラバだ小さな勇者よ!」
目の前で、皇帝が拳を振りかぶる。
あまりにも早くて、あまりにも無慈悲な一撃。コレを食らったら、今度こそ本当の死が待っている。
2度も運良く……いや、悪くかな? …死から逃れて来たけど、多分3度目はない。俺の人生はここで、終わりだ。
明弘さん、スイマセン。勇者の代わりは、やっぱり俺には無理でした。
ゴメンなイリス。約束、果たせそうにない。
そして……巻き込んじまってゴメンねロイド君。君にこの体を返してあげる事ができそうにないや…。