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9-29 それぞれの道に立って

 どこからともなくフィリスが食材を調達して来て、パンドラがササっと煮たり焼いたり湯でたり、いつも通りのメイド力を遺憾なく見せ付けている。その隣では、真希さんも以外と慣れた手付きで魚を3枚に下ろしている。

 絶対真希さんは家事力ゼロだと思っていたが「アッチでは1人暮らしだったから」とドヤ顔された。

 そんな2人のお陰で、15分程でテーブルいっぱいの料理が並べられた。しかもお代り用に大きな鍋3つ分用意されている。

 量多くない? とか思ったけど、チラリと隣を見ると今にも料理に襲いかかりそうになっているフィリス。

 そうだった……うちには暴食(グラトニー)がいたんだった…。


「んじゃ、いただきます」

「「「「いただきます」」」」


 俺が手を合わせると、ガゼル以外の面々も手を合わせる。

 真希さんが当たり前のように手を合わせるのは日本人だから当たり前として、ウチの女性陣は、俺がいつもやるのでいつの間にか一緒にするようになった。

 ガゼルだけは「何度見てもその食前の祈りは慣れねえ…」とボヤいている。

 各々手を伸ばす中、パンドラが俺の分だけを取り分けて寄越す。


「どうぞ」

「おお、ありがとう」


 空きっ腹に、魚の旨味が沁み渡る。あーッ超美味い! 生きてて良かったー! そして白飯が欲しい。切実に。

 煮魚超美味い……あれ?


「煮魚って醤油使いますよね?」


 と魚料理を担当していた真希さんに訊く。


「使うね? アッチに居た頃は麺汁で作ったりしてたけど」

「ついでに砂糖とか使いますよね?」

「使うね? 入れない場合もあるけど」

「なんでそんな調味料持ってんの……?」

「ああ、そういう話か」


 俺が異世界の調味料を使っている事に疑問を感じているのだと理解して、ちょっと嬉しそうな顔をする。コッチの世界の人間には、珍しい味とか、不思議な匂いとかその程度の感想しか貰えないので、希少性を理解して貰えたのが嬉しかったらしい。

 実際、ガゼルやフィリスも食べた事のない煮魚の味に不思議そうな顔をしている。まあ、食べる手が止まって居ないところを見ると、異世界の料理の味はお気に召したようだが。

 っつうか、フィリスが開始2分で2皿目開けてるのはどう言う理屈なんですかねぇ…?


「コッチにも私達みたいな異世界人がいっぱい居るって話は知ってる?」

「ええ」


 月岡さんを始め、水野もそうだ。

 それに、妖精の森の件で色んな町で軽く10人以上出会った…まあ、その人達はあくまで黒髪黒目の特徴を持つ人に条件を絞って探した人達だから、条件外の異世界人はもっとたくさんいるだろう。


「その中には当然大昔に来た人も居て、コッチの世界の食文化に満足出来なかった人も居る訳よ? では、その人達はどうするか? 思考錯誤したり、そういう調味料を作れる知識や技術を持った人を探したりして、醤油もどきやら、なんちゃってみりんやら作って後世に残した訳さ」


 なるほど…それで、色んな調味料持ってんのか。

 後でそれとなく流通経路訊いておこう。少なくてもアステリア王国じゃお目にかかれない物だからな? 手に入りにくいってんなら、いっそ真希さんに融通して貰うって手も有りか。

 とか思ってる間に、フィリスの前に有った皿が3皿積み上がってるんだが…なんでアイツ1人で大食い世界大会みたいな事になっているんだろうか…?

 …ま、あれだけ美味しそうに食べてくれるなら、飯を作った2人も満足だろうし…良いか。


「そう言えば、真希さんはアッチの世界に帰りたいとは思わないんですか?」

「思わない訳じゃないけど…まあ、帰れないなら帰れないで、コッチの世界に骨を埋めるのも良いかなって?」


 以外とポジティブ。

 俺も、自分の体とカグの事情が無ければ、同じように考えれてたかも……。


「それに、今の私はクイーン級だからね? 自分の立場放り出して帰るって訳にもいかないし」


 ただのショタコンかと思ったけど、以外とこの人ちゃんとした考えの持ち主かも…。


「それに、コッチの世界ならショタと結婚出来るかも知れない」


 やっぱただのショタコンだこの人。

 ちょっと本気で、この…ある種の危険人物を野に放って良いのかと迷ってしまう。いや、だって、この人俺を見る目がちょっと恐ぇんだよ…なんちゅうか、獲物に襲いかかる前の肉食獣のような…。その度に左右に座るパンドラとフィリスが殺気を叩き返してるのが雰囲気で伝わって来て物凄い心労です。


「なあ、飯時の話じゃないが…少し良いか?」


 煮魚の骨をポリポリ齧りながら、ガゼルが俺に視線を向けて来る。いつもより、少しだけ真面目な顔。どうやら、面白おかしい話じゃなさそうだ。


「何?」

「今ギルドから出されてる依頼を片付けたら、俺は故郷の島に戻る」

「ああ、そりゃ分かってるけど…嫌になったとか?」

「そうじゃねえよ…。島に戻った後の事なんだが、暫く旅に出ようと思う」

「はぃ? 何の旅?」


 まさかナンパの旅とかってオチじゃねえだろうな? いや、この真面目な顔でそれは無いか…? え? ないよね? ないと思いたい。


「まあ…詳しくは話せないが、自分の力を磨く為の旅だ」


 武者修行って事か?

 でも、なんで? 言ったらアレだが、ガゼルは強い。世界中の人間を強い順に並べたら、恐らく上から10人の中に入るくらいに強い。だと言うのに、もっと上の強さを求めるのか?

 コイツってそんなに「俺より強い奴に会いに行く」的な人間でしたっけ?


「俺は竜人(ドラゴノイド)だ。生まれた瞬間から強くある事を求められて、実際それに答えられるだけの強さを身に付けて来たつもりだ。だが、魔神となったお前を見て思ったんだ…お前には勝てないってな?」

「それは………」


 多分…いや、絶対…そうだろうな…。

 魔神には、絶対に勝てない。人だろうと、亜人だろうと、竜だろうと何者も勝つ事は出来ない。

 どれだけ人としての力を研ぎ澄ませた達人だろうが、絶対強者として生まれた生物だろうが、魔神の力の前には赤子どころか蟻と同じだ

 

「それに…肝心な時に俺は敵にやられて動けなかった」

「そりゃ、お前…相手が悪かった―――」

「そんな物、戦いじゃ言い訳にならねえだろうが!」

「っ!?」


 ドンっと叩かれた机が軋む。


「俺は、無暗に力を求めるような真似をするつもりはない。けど、このままで良い訳がねえ!」


 ……本気の目だった。

 こりゃあ、何言ってもダメそうだな?

 ガゼルは、あくまで“守る側”の人間なんだろう。だから、守られる側に立ってしまった事が納得できない……いや、許せないんだろう。

 その気持ちは解る。だから、これ以上グダグダ言うのは野暮ってもんだ。


「それで、その話をなんで俺に?」

「ああ。暫く国を空ける事になるから、ウチの国の面倒事は多分隣国のクイーン級であるお前のところに行く事になると思う」


 ああ、そういう話な?

 ガゼルには俺自身も、俺がいない間はフィリス達も世話になったし、多少の面倒事は無条件で呑み込むさ。


「分かった。お前が居ない間にグレイス共和国から回って来た依頼は、最優先で俺の所に来るように言っとくよ」


 横でパンドラが「宜しいのですか?」と訊きたそうな顔をしているが、一瞬視線を送って黙らせる。

 ガゼルは良い友人であり、冒険者の先輩だと思うが、だからと言って貸しを作りっ放しでは気分が悪い。返す機会があるのならさっさと返済してしまいたい。


「悪いな?」

「構わねえよ。精々そっちの国で稼いで、顔を売って置くさ」

「ショタ君、困った時には呼んでね?」


 キリッとした顔を作りながら全力でサムズアップされた。

 下心が見え隠れしてんなぁ……。

 俺だって年頃の男だ。女体の神秘には興味津々だが、ロイド君の体で許可なく…そういう行為をする訳にはいかん。いや…許可があってもアウトだが…。

 とりあえず、この人と関わると色んな意味で危ない気がする…主にロイド君の貞操の意味で…。

 社交辞令でお礼を言いつつ、謹んでお断りしよう。と思ったら、それを制するようにパンドラがフォークを置いて、無感情なシステムメッセージのように喋る。


「貴女の言動は下心があります。マスターの安全の為、マスターへの接近は極力ご遠慮ください」

「そういうメイドちゃんは、恋路の邪魔をする小姑か」


 流れるような動作でパンドラが机の下に片手を下ろす。


――― ガチャ


「おい待てパンドラ。今の不穏な音なんだ?」

「なんでもありません」

「……正直に言いなさい」

「安全装置を外しました」


 どんだけ撃つ気満々!?


「俺が良いって言うまで銃に触るの禁止!」

「はい」


 いつの間にか、フィリスの前の皿が6枚になっていた。



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