9-25 冒険者達の歴史考察
亜人戦争の終結は、魔神の継承者が全滅する事がキッカケだった。
エルフの族長からそう聞いて、疑いもしなかったけど………え? 違うの?
「いや、でも、実際に先代の継承者は全員、戦争の終結時に死んじまったんだろ?」
「うむ。だが、冷静に情報を分析してみると…やはり先代の継承者達が戦ったとは思えんのだ。過去の文献や伝聞を集めてみて先代達の能力を測ってみたが、恐らく私やお前のような魔神になれた者は居なかったと思う。精々【魔人化】するのがやっと…と言ったところだ。その上で訊くぞ? お前は1対3の状況で勝てるか?」
答えは考えるまでもない。
無理だ。
1人を道連れにするとしても、あとの2人には手傷を負わせるくらいがやっとだろう。……でも、先代の≪赤≫はその状況で他の3人の継承者と相打った。
今までその偉業を、執念とか覚悟の成せる業とか思ってたけど……確かに言われてみれば、そんな戦力差を精神論で埋められる訳無い。
では…どうして先代の魔神を宿した人間達は死んだんだ?
俺の考えが纏まらないうちに、声を荒げるのが1人居た
「貴様! ≪赤≫の御方を侮辱するつもりかっ!!」
フィリスだった。
ベッドから立ち上がり、今にもルナに飛びかかりそうなぐらい殺気立っている。
まあ、先代の≪赤≫を神のように崇めている亜人の1人としては、その反応は当然の事だろう。
フィリスに殺気混じりの視線を叩き付けられても、ルナの方はシレッと流してるし…その態度が尚の事火をつけている。
アカン…コレ絶対喧嘩フラグや…。
フィリスはともかくルナが本気でボコる事はないので、どっちも怪我をする心配は始めからしていないが、そんな事で話しを中断するのは止めて頂きたい。
他に止めに入る人間も居ないっぽいので、俺が止めるしかねえか……。
「落ち付け、そいで座れって」
フィリスの手を握って、冷静になるように静かに声をかける。
これで素直に座ってくれればいいけど、このヒートアップ具合からして無理かなぁ…と思ったら。
「ぁ……」
小さな喘ぎ声のような物を口から漏らし、俺の握った手をジッと見ながら、エルフの特徴である長い耳を赤くしている。
「は……はい」
夢遊病にかかったように、フラフラと後退りしてベッドにポテンと座る。
赤くなったまま座り、気にしてない風を必死に装いながら、握ったままの手をチラチラと見ては更に顔を赤くしている。
なんだこの反応?
あっ、そうか! 最近は慣れてくれたと思ったけど、やっぱりフィリスにとって俺は≪赤≫の御方なんだろうな? まあ、フィリスにしてみれば俺は、憧れの芸能人みたいなもんだしなぁ…。
「マスター、いつまで手を握っているのですか?」
反対側からツッコミが入った。
……なんだろう? いつも通りの無感情な口調なのに、微妙に怒ってる気がするんだが…?
「あ、ああ」
俺が手を離そうとすると、万力のようにガッチリ握られていて離れなかった。
「マスターの手を離して下さい」
「手を繋いだままでも話は出来る。問題ないだろう?」
「否定。話をするマスターの気が散ります。ただちに手を離して下さい」
なんで御2人さん、むっちゃ睨み合ってんの……? フィリスとルナがヤバい雰囲気だった筈なのに…なんで俺を挟んだ2人が一触即発っぽい感じになってんの…? 何故に? ホワイ?
それを見兼ねた…いや、違う…ただ単に呆れたルナが嫌そうに口を挟む。
「おい、イチャついてないで話を続けるぞ」
イチャついてねえよ!?
どこをどう見たら、イチャついてるように見えんだよ!? 今にも喧嘩に発展しそうな2人に挟まれた俺を見ろコノヤロウ!
「そー言う訳だ。フィリス、手離してくれ」
さり気無く手を離そうとしたが、スッポンの如き離れ無さだった……。
いや、もう、マジで離してくれませんか? パンドラが無表情に、今にも人を殺せそうな殺気を放ち始めてるから…。
しかし、その殺気はすぐに引っ込み、この状況を打開する提案をする。
「解りました。では、マスターの反対の手を私が握りましょう」
「どんな解決策ッ!?」
「そうだな、それしかないな」
「それしかない事ねえよ!? お前が手を離せばそれで解決だよ!?」
あ…ヤバい…ガゼル達の視線が「いい加減しろよ」って言ってる!
早いところ話再開させよう…俺の心の平穏の為にも…。
「で、さっきのルナの質問の答えは無理だな」
超絶無理矢理な軌道修正をしつつ、俺の手を離さないフィリスの手をそっと外す。
「うむ、だろうな。だが、そうすると先代達はいったい何故死んだのか、と言う事になるのだが…」
それぞれが、自分の持ち得る知識と記憶を探って、何かしらの答えを導き出そうとしている。
そして俺も記憶の棚を引っ掻き回して、ふと思い出した事がある。
「そう言えば、エルフの族長さんから昔の話を聞いた時、先代の≪赤≫が妙な事を言ってたって…」
「ん? なんだ、言ってみろ」
「ああ。亜人戦争は、誰かが意図的に起こしたものだって」
「なんだと!?」「なんだって!?」「なんですって!?」
俺の発言に驚いたのはルナ、ガゼル、フィリス……あれ? なんでフィリスまで? お前んところの族長からの情報だぜ? もしかして、同族にも秘密の話だったのかな…あとで族長さんにそれとなく謝っておこう…。
パンドラと白雪は知ってるから無反応。そして、亜人戦争の話にいまいち興味の無い真希さんも続いて無反応。
「それは本当の事か!?」
「さあ? でも、ウチの先代は未来視のスキルを持ってたらしいから、信憑性は高いと思う」
「そいつは何者だ?」
「そこまでは…」
「そうか…」
あからさまにルナが落胆する。
オズオズと若干遠慮がちにガゼルが再び挙手して話し始めた。
「あー…ちょっと俺の話、聞いてくれるか?」
発言に遠慮するなんて珍しいな?
頭で考えた事をそのまま口に出すような奴なのに…。
「俺の故郷の島に、大昔……亜人戦争が終わって暫く経った頃に、変な人間が漂流して流れ着いたらしいんだ。そいつは島の連中に『あの戦争は、亜人を皆殺しにする為に仕組まれたものだ』って言ってたらしい」
「おい、それって……先代が言ってた事と同じ…?」
ウチの先代以外にも、戦争の裏に居る存在に気付いていた人間が居たのか?
それに…亜人を皆殺しにする為の戦争だった? いや、まあ、確かに先代の≪赤≫が手を出さなかったら、実際にそうなっていたかもしれないけど…。
「その話、どの程度信頼出来る?」
情報を貰う時は、出所を確認して信憑性を測るのが情報社会に生きる現代人のやり方だ。しかし、それが大昔の…とっくに死んでいる人間の言葉だと言うのなら、その情報を信頼して良いのかどうかは自分では測りかねる。
故に、その情報を出したガゼル本人にそれを測って貰う事にした。
俺の質問へのガゼルの答えは、
「うーん…」
顔をしかめて唸っていた…。
「おい…この情報、本当に大丈夫か…?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかって訊かれたら……まあ、大丈夫じゃないな」
信憑性の欠片も無かった。
「と言うのもな? この話、別にこんな事を言う人間が居たぞーって言う口伝じゃなくて、こんな変な事を言う人間が居たぞーって言う笑い話として島に伝わってるんだよ?」
「はぁ?」
情報の出所が笑い話って正気かお前は…?
「例えばそいつは、家より大きな鉄の鳥に乗った事があるだの…」
思わず真希さんと顔を見合わせる。
家より大きな鉄の鳥。そんな物を俺達異世界人は良く知っている。
飛行機だ。
「馬の要らない鉄の馬車で、どんな遠くにも行けるとか」
……多分、車の事だよな?
「剣よりも強力で、弓矢よりも遠くに飛ぶ武器があるとか」
銃だ。
「そんな夢みたいな事を話すってんで、そいつの事は笑い話として島に伝わってたんだ」
「おい…それ笑い話じゃねえぞ?」
「ぁん? どう言うこった?」
一瞬の間に真希さんとアイコンタクトで「どっちが喋る?」「じゃあお願いします」「了解、あと結婚して」「帰れ」とサッカー日本代表ばりの会話をする。
「多分、それは私達の世界の話。その人の言っていた物は、全部異世界に存在している」
「マジかよ……」
俺、真希さん、パンドラを除く皆が驚く。だが、更に驚いて貰わなければならない事実に気付いた。
「いや、待って。その人の話、600年前の話だよね? そんな時代に文明がそこまで発達してる訳ねーじゃんよ」
俺の言葉で、全員がその笑い話として伝わった人が何者なのか気付く。
異世界の事情にも未来の技術も知っている人間。
この2つの条件に当て嵌まる人間なんて、それしかないだろう?
大昔、ガゼルの故郷に流れ着いた漂流者は―――パンドラの製作者の1人だ。