9-24 アークの話
「まあ、ともかく、そこには時間の流れが存在しなくて、色んな世界の歴史が集積されてたんだ」
「どうしてそのような場所に? あの遺跡の地下にあった魔法陣がやはり関係しているのですか?」
「んー多分な? 地下に居たロボは、元々魔神の継承者をこの世界から排除するように設定されていたらしいから、フィリス達が見つけた魔法陣ってのは、俺を時流に放り込んだ奴だと思う」
その説明に、大きな反応をみせたのが2人。
1人はパンドラ。自分の眠っていた研究所のロボが、俺を排除する為の物だった知って、無表情の中にどこか困惑が見て取れる。
もう1人はルナ。魔神の継承者を排除する為の物が存在していると聞いて、警戒心が無意識に漏れ出ている。
「マスターを害したのは、私と同じ製作者の機械兵だったのですか?」
そうハッキリ訊かれると、コッチも答えに迷うな…。
いや……でも、答えを濁したってしょうがねえだろ…。
「ああ」
「そうですか」
いつも通りの淡々とした返し…けど、いつもより声のトーンが少し低い。やっぱり、コイツなりにショックは受けてるっぽいな…。
製作者が同じって事は、パンドラもそれに関わってるって事も気付いただろうし…。うーん…パンドラ相手でも、もう少し気を使うべきだったかな?
俺が少しだけ心の中で後悔していると、それを遮ってルナが話の腰を折る。
「それで? 何故、そいつは継承者をこの世界から排除しようとしていたのだ?」
「うーん…それこそ込み入った話でな? えー…なんだ…んー…少しぶっ飛んだ話をするけど、とりあえず最後まで聞いてくれ」
全員が頷いたのを確認してから話を再開。
「この世界は、1度終わっているらしい」
「「「はぁ?」」」
最後まで聞けつったろうが! まだ終わってねえよ!! と言うツッコミを呑み込んで、そのまま続ける。
「でも、世界が終わる直前に過去に人を送って、歴史を変える事でその終わりを回避しようとしたらしい」
「マスター、それは…」
お、パンドラは勘付いたか。
「ああ。過去に送られたのが、お前を作った奴等だ。つまり、お前の製作者達は異世界人であり未来人ってわけ」
「なるほど。そのメイドの…パンドラちゃん? が、私達の世界の技術で作られてるって聞いてもピンとこないけど…それは当たり前だな。私達の知っている技術とは、レベルが違う」
真希さんの話に頷く。
真希さんが何年前にコッチの世界に来たのかは知らないが、つい最近コッチに来た俺から見ても、パンドラと言う存在はオーバーテクノロジー過ぎる。だから、パンドラが居る事が、未来人が居た事の証明に他なら無い。
「そのメイドを作った者達が、遠い明日から来たと言うのは理解した。その者達が継承者を排除する仕掛けを用意していたと言う事は…世界を終わらせたのは……」
ルナが口籠る。
まあ…気持ちは分かる。俺もその辺りの話を皆に聞かせるのは、どんな反応をされるかと考えてしまって……正直恐い…。
だが、そんな誤魔化しは許されない。この場の情報共有は、もしかしたらこの先の世界の命運がかかっているかもしれないのだから。
「ああ、魔神の継承者が関わっているって話だ」
皆の視線が刺さって痛い…。
ルナも同じような状況の癖に、気付かないふりでサラッと流して続ける。
「関わっている? 直接滅ぼしたわけではないのか?」
「その辺りの詳しい話は聞けなかった。でも、魔神の力で物理的に滅ぼしたって事は無いと思う……多分」
確信があるわけじゃない。でも、1度魔神になったから分かる。あの力を全力で振り回せば、世界を滅ぼすなんて1週間もかからない。
でも―――チラッと隣に座るパンドラを見る。
そう、パンドラだ。コイツを作れるような技術が、俺達側の世界に出来上がるのは最低でも2、30年…下手すりゃ半世紀か、もっと……それくらい先の話だ。って事は、この世界はその未来までは存続していた事になる。
この計算の合わなさが、俺にそう発言させた。
「でも、俺達魔神の継承者が、その“世界の終わり”に関係しているのは間違いない」
「ふむ…」
どこか安心したようにルナが息を吐く。
ルナは、魔神の力が人や世界に牙を剥く事を極端に恐れているように見える。俺がラーナエイトを暴走の末に消し去ってしまった時の怒り方も、相手が自分と同じ魔神を宿している俺だったからこそ、あんなに容赦なかったのかもな…と今になって思う。
そんな思考をぶった切って、ガゼルがベッドで横になったまま軽く手を上げて「発言して良いか?」と聞いて来る。特に拒む理由はなかったので「どうぞ」と返した。
「さっきから、人に聞いた事を話してるような口ぶりだが、そりゃどうしてだ?」
ああ…そっか。もどきの事話してなかったな?
「俺が行ってた時間の果てには、自称神様に近い存在の変なのが居たんだよ。今までの話は、全部そいつが教えてくれたんだ」
「神様に近い存在……? まさか、虹の女神か!?」
「俺に聞かれても…。結局正体は不明のままオサラバだったよ。それと、女神じゃなくて普通の金髪の兄ちゃんだった」
まあ、でも、少なくてもアレが人間ではない事は確かだな? それどころか、生物かどうかも怪しいところだが……その話は良いや。
「で、その神様もどきによれば、俺が居ればその“世界の終わり”を回避出来るかもしれないらしい。俺がちょっと強くなって帰って来たのは、アイツが鍛えて……いや、鍛えたつうか、殺しかけてくれたお陰だな」
殺されかけた事をお陰とか言うのもかなり変だが…。
隣に居る2人が「流石ですマスター」「流石ですアーク様!」とステレオで言っているが、他の連中は冷静に、この後の展開を考えているようだった。
そして、それを代表してルナが俺に訊く。
「で? 具体的に、お前が何をすれば“世界の終わり”は回避出来るのだ?」
「分からん」
「「「は?」」」
「だから、分かんねえ。聞いても教えてくれなかったし」
「バカか貴様は!」
イライラしたオーラと雰囲気を纏ったルナが、床をダンっと1度鳴らして怒る。
「何故、その重要な事を聞いて来ない!?」
「だーかーら! 教えてくれなかったって言っただろうが!! 大体、コッチの世界に戻ってくる事が最優先だったから、ノンビリ話聞いてる余裕なんて無かったわ!!」
「しかしマスター。マスターの居た時の果てと言う場所は、時間の流れが存在しないと先程言いましたが?」
あ…はい、そうですね。
あの場所で何年分の時間を過ごそうが、この時間軸に復帰する事は出来たんですよね。だったら、腰を据えてもっと情報収集すれば良かったですよね、はい…。
「まあまあ、ここでアークを責めたって仕方ねえだろうよ?」
ナイスフォロー先輩!
ガゼルの言葉を受けて、「フン」とプリプリ怒ったまま壁に寄りかかり聞く姿勢に戻るルナ。
「ショタ君の話を全部信じるとして、これから具体的にどうする?」
真希さんの問い掛けに、皆黙る。
「どうするって言っても…世界の終わりとやらが、どんな事なのか分からないんじゃ対策しようにもなくないか?」
ですよねぇ…。
「アークよぉ、もう少し何か情報ねえのかよ?」
「情報つってもなぁ……。パンドラの製作者達が過去に飛んだのが、今から約600年前…亜人戦争の時代らしいんだけど……」
「……亜人戦争…」
ふと単語の1つが引っ掛かったようで、ルナが少し考えるような素振りを見せた後に、怒りんぼモードを引っ込めながら口を開く。
「その話と関連するかは分からないが、亜人戦争の事で私も1つ良いか?」
聞かない理由はないので視線で先を促す。
「…と、その前に…ここに居る人間は、亜人戦争の真実を知っているな?」
俺はエルフの族長に聞いたから知ってる。
パンドラと白雪は俺から話してあるから知ってる。
エルフのフィリスは当然知ってる。
ガゼルも知ってるっぽい顔してんな…まあ、アイツも亜人だしな?
そして真希さんは―――
「知らん!」
元気一杯に即答だった。
あ…ルナが溜息吐いてる。
しかし、気持ちが折れる事はなく、頭を振って切り替えてから亜人戦争の真実を語る。
「600年前の亜人戦争は、人が亜人を隷属させようとした結果起きた戦争だ。そして、先代の魔神の継承者3人は人の側で亜人を襲って滅ぼす寸前まで追い詰めた。唯一≪赤≫の継承者だけが亜人の味方をし、最後は継承者同士の殺し合いの果て、全員が倒れて戦争が終わった。これが真実だ」
うん、族長の話してた事と一致する。
話を聞いた真希さんは、少し驚いた顔をしたが冷静さを失う程じゃない。驚いていないのではなく、多分元々歴史に興味が無い人なんじゃねえかな…?
「それで、それがどうかしたんか?」
「ふむ……。私は、冒険者として依頼をする合間を縫って色んな場所に行っている。勿論、戦争の最後…継承者達が殺し合ったとされる北の大地にもな」
言葉を区切り、その後の言葉を本当に言って良いのか迷っているのが傍目にも分かった。
「言いたくない話しなら、無理に言わなくても良いんだぜ?」
「いや……」
一応助け舟のつもりで言ったのだが、無用だったな。
「北の大地は、今も草木生えない不毛の地になっている。人も動物も近付かない、本当に何も無い大地だった。そう…無かったんだ何も、な」
「継承者4人が全員でドンパチやったんだろ? まあ、そうなっても不思議じゃ……」
「いや、違う。無かったんだ、戦いの形跡が」
「「「え?」」」
「それで、思ったのだが―――」
「継承者達は、本当に殺し合いなんてしたのか?」