9-23 事情の擦り合わせ
場所を変えて、アルフェイルの迎賓館。
本来なら、エルフ達の村に人間を入れるのはご法度(俺は良いらしいが)だが、今は皆逃げ出して居て無人なので、フィリスに許しを得て使わせて貰う事になった。逃げた亜人達には、「暫く離れているように」と助けた時に言ってあるので、どうせ今日は帰って来ないだろう。
真希さんの回復魔法を受けても、まだまだダメージの抜けていない人型に戻ったガゼルをベッドに寝かせ、その隣に椅子を引っ張って来た真希さんが、魔法による治癒を続行した。
俺が対面のベッドに腰掛け、その両隣にパンドラとフィリスが座る。
ルナだけは座る事無く、ドアの横に背を預けて話を聞く体勢に入っている。
話しを始めようとしたが、何の事情も知らない真希さんが居る事を思い出し、簡単に今までの経緯を説明する。
俺が≪赤≫の魔神を体に宿している事とか、それを狙っているらしい連中が居るとか、パンドラが機械仕掛けだとか、妖精の里を滅ぼしたのが≪青≫の魔神を宿した異世界人だとか。
ああ…あと、パンドラの体が戦いの中で壊れたので、それを直す為にパンドラの保管されて居た研究所に行き、ロボ(異世界の人には伝わらないので魔導器と誤魔化した)によって、この世界から排除されていた事。
詳しい事を省いたその説明で、どの程度事情を汲み取ってくれたのかは不明だが、感想は一言だった。
「……なんか、大変だったね」
真希さんへの説明が終わったところで、
「で、どっちから話すよ?」
とガゼルが横になったまま切り出したので、
「俺が居ない間の話からヨロシク」
と返す。
俺の方から話しても良いが、説明する事が色々多すぎるので、皆から話しを聞きながら頭の中を整理したい。
「では、説明は私が」
と買って出てくれたのはフィリスだった。
「今日でアーク様が居なくなってから6日目ですが―――」
あ…やっぱりちゃんと時間経過してる…。
俺にとっては、研究所の事はつい昨日の事なんだが。
「その間、パンドラはここで皆に治癒魔法をかけ続けて貰い、私と白雪はアーク様を探して、アステリア王国の色んな場所を探していました」
「そか…悪いな、迷惑掛けて」
「いえ、アーク様が謝る事ではありません。そして、今朝方に―――」
「ギルドを通して、俺のところに連絡して来たってわけ」
なるほど…。
フィリスには、何かあったらガゼルを頼れって言ってあったし、良い判断。
ガゼルが説明を引き継いで続ける。
「フィリスちゃんに案内されて、お前の居なくなったって言う遺跡の地下に行って…そこで何かしらの大規模な儀式魔法が発動された事は分かった」
大規模な儀式魔法?
……もしかして、もどきの言ってた“システムクロノス”とか言う、時流に干渉する奴の事かな?
「けど、具体的になんの魔法かは分からない……そこで、魔法の専門家に協力を仰いだ訳よ」
「専門家って言う程、専門でもないけどね?」
と真希さん。
え? この人、異世界人なのに、魔法の専門家なの? そう言えば、さっきの戦いでも普通に魔法使ってたような…。異世界人でも、魔法使えるのか…知らんかった。
「結局私にも、その魔法が何なのかは分からなかったし」
「で、手詰まりになったところで、ここ何日かで世界各地で亜人を狩って回ってる奴が居るって話しになってさ? そしたら、フィリスちゃんと白雪ちゃんが転移でこの森に帰ろうとしていたから、俺もそれに着いて来ちまったって訳よ」
亜人を狩って回ってる…ね?
さっきまで森で暴れていた奴の中で、それをやりそうな人間が1人居るな。
「亜人を狩ってたのは水野か?」
「大当たり」
正解しても全然嬉しくねえな…。
「しかも、ここに転移して来たら、待ち伏せしてたみたいでよ? 問答無用で戦闘になった」
「……嫌過ぎる展開だな…」
「だろ? だったらもっと俺に感謝しろよ後輩」
それはともかく…。
水野がここに居た理由は分かった。だが、他の奴等はなんだ?
その疑問に答えるように、聞く体勢で居たルナが口を開いた。
「それと並行して、お前が居なくなってから各地で神器の持ち主が狩られていた」
「神器? なんで神器?」
「さてな? しかし、1つだけでも超絶な能力を与える神器が、誰かの手に集められれば、どうなるかは想像に容易いだろう?」
「そうだな…確かに良い予感はしねえな…」
皆がうんうん、と頷く。まあ、そりゃあ全員の総意ですよねぇ…。
「私は、その神器狩りと思しき子供を見つけて、追いかけているうちにこの森に辿り着いた。その途中で≪青≫の気配を感じて、そいつ等の助けに入ったと言う訳だ」
「その節は……その…ありがとう…」
随分タイミングの良い話しだなぁ…。っつうか、それって―――
「お前…誘い込まれてない?」
「だろうな。あまりにもタイミングが良過ぎる。ここで奴等にとって邪魔な者をまとめて屠るつもりだったのかもな」
その可能性は大いに有りだな。
ピンク頭と巨人が、対ルナ用の用意をしてたって言ってたしねぇ…。アイツ等、その為にこの森に戦力を集めたって事か。
「その神器狩りのショタッ子は、私とフィリスちゃんで倒した」
と真希さんが親指をグッと立ててアピールして来た。
分かりましたよ、感謝してますって…。
「それで、お前の方は何があった?」
皆の視線が俺に集まる。
フードの中に引き籠っていた白雪まで、いつのまにやら出て来て俺の膝の上に座って、コチラを見上げていた。
さて…何から話せば良いかな?
「んー…まだ話してない奴も居るから、最初に俺の事を1つ…。俺は―――異世界人なんだ」
パンドラは無表情に「知っています」。
フィリスは凄い演技臭い棒読みで「え、えー! そ、そうだったのですかー!?」。
白雪は小首を傾げて「知っていますわ」。
ガゼルは呆れたように「だと思ってた」。
真希さんは驚いて「え? 皆知ってる情報じゃないのか?」。
ルナは無言で俺を睨んで居た。
あれ? なんか、皆知ってるっぽいリアクションなんですけど…?
「そんな事より―――」
そんな事って言われたッ!?
「話しを続けろ」
「あ…はい」
あれー…? まあ、異世界人なのをそこまで徹底して隠してた訳じゃないから、話してない連中には、どこかしらで情報が入って来てたって事かなー?
まあ、良いや…これ以上催促されないうちに話しを続けよう。
「えーと…んじゃ改めて、俺が消えたところから」
「それで後輩、今まで何処に居たんだ?」
「急くなって。俺が居たのは……あー、説明が難しいな…時間の果て? とか、まあ、そんな感じの場所」
異世界の人間にはちょっと意味不明だったかな? いや、科学技術が多少発達してる俺等の世界でも、多分意味不明だろうけど…それでもパンドラと真希さんは何となく納得した様な…してないような微妙な顔をしている。
「宇宙検閲官仮説的な話?」
「なんスかそれ…?」
「違うなら良い、気にしないで続けて」
何だろう、その説明を聞くと頭が痛くなりそうな奴は…? きっと、俺には一生縁の無い類の話だな、うん。
「マスター、宇宙検閲官仮説とは1969年にロジャー・ペンローズが提唱した―――」
「いい! 説明しなくて良いからっ!!」
「はい」
パンドラが横で口を閉じたのを確認してから、安堵の息を吐く。何々が提唱したって前置きを聞いただけで頭が痛くなってしまった…。