9-20 太陽を呼ぶ者
30mの巨大な黒い毬藻と空中で向き合う。
状況を改めて客観的に見てみると、自分はいったい何をしてるんだ? とバカバカしくなりそうだ…。
まあ…この巨大毬藻は見た目は完全におふざけだが、我に向けている殺気は、それだけで人を殺せそうなくらいの本物だ。
「「ぉォおお……コロ……たたカぅ……うぉア…」」
完全に理性を失ってる。
声は確かにピンク頭と巨人の物だが、2人の意識はすでに無い物と思った方が良さそうだ。
自分達の体も、自分達の人格も…全部投げ捨ててでも、我に一矢報いようってか?
根性見せるじゃねえの…。問答無用でぶった切ってやろうと思ったけど、気が変わった。
「相手してやる。少しだけ…な」
【事象改変】を解除。
「ほら、もう攻撃出来るぞ? かかって来―――」
言うまでもなく、かかって来た。
毬藻から無数の触手が伸びて来て、我に届くまでの数瞬の間に、その先っぽが剣となり、槍となり、斧となり、鈍器となる。
数が多いな? 600…いや、もう少しあるか?
まあ、良いや。片端から斬って行こう。
ヴァーミリオンをクルッと回して握り直す。
「行くぞ?」
空中で姿勢制御しながら、前に向かって歩く。
【レッドペイン】で射程拡張したヴァーミリオンのリーチは約10m。その範囲に侵入した武器触手を切り刻む。
常人では振った事さえ分からない、音速を超えた剣。
赤いラインが、目にも止まらぬ速度で空中を走り抜け、その先に居た触手が弾け飛ぶように斬れて落ちる。
ヴァーミリオンが振られるたびに、周囲には衝撃波が吹き荒れ、触手が吹き飛ぶ。
触手の動きは早い。その上数も多い。
だが―――そんな物問題にならない程、我の剣速は速い。
散歩するような軽い足取りで空を歩きながら、近付く触手を音より早く切り刻む。
攻撃が届かない事に焦れたのか、触手が下や後ろに回り込み、包囲する攻撃に切り替えて来た。
戦い方を考える程度の知能は残ってるのか? それとも、ただ単に本能的に攻撃を選んでるだけかな?
ボンヤリそんな事を考えながら、前後上下左右、全方向から向かって来る触手を【空間転移】でかわす。
転移先は、黒い毬藻の目の前。
「攻撃が単調過ぎないか?」
一応ダメ出しをしてから、攻撃の動作に入ろうとしたら…先手を取られた。
毬藻の体から真っ直ぐに槍の穂先を模した触手が伸びる。
「邪魔」
ヴァーミリオンの剣域に入った瞬間に斬り飛ばす。
頭上にもう1つの気配―――触手の先の太刀を我目掛けて振り被っていた。
剣の振り終わりを狙った、見事としか言いようがないタイミング。転移でなら容易に逃げられるが、先程転移でかわした大量の触手が戻って来ている。変に逃げても状況は変わらんか…。
逃げる選択肢を捨てる。
頭上に迫るビルでも両断出来そうな巨大な太刀。
我の身体能力の速度なら、振り終わりのヴァーミリオンを戻して受ける事は可能だ。だが、ここはあえて攻撃に徹してみようと思う。
剣の柄から左手を放し、我の3倍以上の大きさの太刀を迎える。
あの速度と質量を、真正面から何の防御も無しに受け止めれば無事では済まない。だが、わざわざそんな馬鹿正直に受けに回る必要もない。
頭に当たる直前に、左手を太刀の腹に当て、そっと横に押す。
「よ…っと」
太刀の軌道が人間1人分右に逸れて、凄まじい剣風を撒き散らしながら横を素通りする。
素手で攻撃を流した事で、ヴァーミリオンを持った右手に、カウンターを打てる余裕が出来た。
「剣の振り方は―――」
後ろから迫っている触手を無視してヴァーミリオンを全力で振り抜く。
「こうだ」
毬藻の体を横に一閃して斬る。
チッ…リーチ測り損ねた。一撃で真っ二つにするつもりだったのに、半分くらいまでしか剣が届いてないな。
口を開けたパック●ンみたいになった黒い毬藻。
とりあえず本体への攻撃は中断して、後ろから迫っている触手を処理しようとした瞬間―――空気が流れた。
「ん?」
その場で踏ん張りが利かない程の空気の流れ。
何だと思ったら―――パッ●マンが無茶苦茶空気を吸い込んで居た。
え? 何それ? そんなレトロゲーム的な、敵を食って殺すシステムなのお前?
適当に逃れようと思ったら、我の斬った傷口が、大きく口を開ける様に広がる。途端に吸引力がドンっとあがり、体が持って行かれる。人がストローで吸っていたのが、高性能掃除機になったような…そんな感じだ。
そのまま口の中に吸い込まれる―――。
逃げる事は出来たが、魔物の体の中がどうなっているのか興味があったので入ってみた。
我が体に入るや否や、口が閉じて完全な暗闇が周囲を満たす。視覚が使い物にならないが、【魔素感知】があるので特に不便は感じない。
魔物の体の中は……何と言うか…不気味と言うか…気持ち悪いと言うか…。
これは勝手な解釈だが、魔素は水のような物だと思っている。
普段は水蒸気のように空中を漂って、それが氷のように凝固する事で魔物になる。
てっきり魔物の体の中は、表面のように魔素がギュッと固まっている物だと思っていたが…これはどれかって言えば、水の状態だよな? 絶えず魔素がうねっていて、魔素の見える我はちょっと酔いそうだ…。
体内の確認は済んだし、さっさとどてっ腹ぶち抜いて外に出ようか……ん?
いつの間にか、動きを封じられていた。
手足を縛られたり拘束されたわけではない。我の周囲にある魔素が刃の形になり、ギッシリと敷き詰められた刃が動く事を許さない。
刃は体から1mmと離れていない。ピクリとでも動けば刺さる。
ご丁寧に転移まで封じてある。逃げ場無しとはこの事か? さしずめ、コイツの腹の中はアイアンメイデンってところかな?
「まあ、だからどうしたって話だが…」
独り言を呟いてから、【火炎装衣】を発動する。しかし、炎が出る事はない。…と言うのも、少しだけ自分でスキルを改良してみたからだ。本来ならば、体から炎を出して鎧代わりにするスキルだが、【レッドエレメント】と直結させる事で、熱だけを放出し、防御膜にするようにしてみた。
これなら、ヴァーミリオンの中の熱量を消費しないので、防御力はいくらでも上げられるし、貯蔵されている熱量の管理も大分楽になる。
我を取り囲んで居た魔素の刃が、一瞬にして全て焼け落ちる。…が、焼け方が甘いな? 腹の中の魔素を全て焼き潰してやるつもりだったんだが、周囲3m程度の魔素しか燃やせてない。
……ああ、そう言えば炎熱の完全耐性が有るとか言ってたっけ。【事象改変】解いてるから、耐性もスキルも有効になってるのか。
魔素を直接燃焼させる方法なら耐性を無視出来るが、熱を放出してるだけだから、流石に耐性に引っ掛かるか…。
魔素の波を掻き分けて歩く。出口……は、無いから、適当に穴開けよう。
「ほいさ、っと」
炎熱を指先で弾いて撃ち出す。
小指ほどの小さな火が、進みながら周りの魔素を燃やして巨大になり、5m程の炎の塊になったところで壁に激突して大穴を開ける。
丸く焼けた穴から、青い空に向かって飛び出す。
「脱出…」
体内の魔素を盛大に焼かれたからか、触手で襲って来る元気もない。
なんだか…弱り切ってるな…。
…………どうしよう。これだけ痛めつければ十分じゃないか? いっそ、このまま逃がして―――いやいや、それはない。コイツ等は、ここで潰すべきだろう。
甘さは捨てろ!
自分の心に言い聞かせる。
………だが、まあ、無駄にこれ以上痛みを与える必要はないだろう。
ヴァーミリオンを鞘に納める。
「「………ァあぁア……タタかぇ……たたカ…エ……」」
「戦え? 馬鹿か、始めから戦いなんかしてないだろう? ただ、少しだけお前の遊びに付き合っていただけだ」
手ぶらになった両手を、手を合わせるように近付ける。
「遊びの時間は、終わりだ」
手の平の間に生まれた赤い光を―――両手で包み込むように、握り潰す。
「【事象結界】」
今まで、我が魔神となった事でひび割れていた世界。
その、ひび割れた脆い世界が……砕け散る。
ガラスが砕けるように、ひび割れた部分からパキンッと風景が崩れて落下する。
青い空、緑の木々、広大な大地―――全てが崩れて、底無しの空間の果てへ落ちて行く。
そして、そこに在るべき世界が全て取り払われ、残ったのは―――赤。
上も下も、前も後ろも、右も左も、全てが赤く染まった世界。方向や、天地の概念さえ無くなった、果てしない赤だけが存在する世界。
「ようこそ≪赤≫の世界へ―――」
ここは、赤の魔神の作り出した我の世界。
何人の侵入も、干渉も許さない。我だけの、我の為の世界。
「―――そして、死ね」
赤い光が辺りを満たす。
途端に、黒い毬藻の全身が燃え出した。
「精々冥府で誇れ。己が身を滅びしたのは―――」
言っている間に、赤い光は更に強くなり、黒い毬藻を包み込んで燃やし尽くす。
「太陽だった…とな」
瞬間、空間全体がカッと光り輝き―――黒い毬藻を魔素の一片さえ残さず焼き尽くし、魔素の体を剥ぎ取られた魔晶石が、空間を満たす熱量に耐え切れずに砕け散り、破片が燃え出した次の瞬間には………そこには、何も無くなっていた。
≪赤≫の空間に作り出された太陽。
空間に迸る1万6000度の炎熱。
どれ程の耐性を持ってしても、絶対に打ち消す事の出来ない炎熱攻撃の極致…それが太陽。
この≪赤≫の世界に限ってならば、我は太陽を作り出す事が出来る。
≪赤≫の魔神となった我の、最強の攻撃と言って良い。
決まれば相手は確実に死ぬ。防御する事も避ける事も出来ない、無慈悲で究極の攻撃。
「太陽に焼かれて死ぬなんて…悪党の死に様にしては、華やか過ぎたかな?」