9-16 抗えないモノ
魔神と戦えるのは魔神だけ。
あえて下のレベルに合わせて戦う、なんて限定的な状況でない限りは、このルールは絶対であり覆す事は出来ない。それは、相手が人だろうが、魔物だろうが、竜だろうが変わらない。
戦闘能力のピラミッドで言えば、覚醒した魔神の力は間違いなく天辺だ。その上にあるのは本物の全知全能の神様くらいか? そんなもんが居るのかどうかは知らないが。
「諦めろ。お前等に勝ち目はない。膝をつき首を置け。せめてもの慈悲だ、苦しまないように一瞬で殺してやる」
勝ち目も無ければ、逃げ道も無い。我がコイツ等の立場だったら、どんな無理ゲーだ!? って泣くか喚くかしていたかもしれない。
さっさと終わらせたいので一応言ってみたが、どうやら心折れて、素直に首を差し出すような気は無いらしい。
「見縊るな≪赤≫の“魔神”よ! 我等は頭首に忠誠を誓う者!! 戦わずして死を受け入れるような愚か者は居らぬ!!」
巨人が吼えた。
正直内容はどうでも良い。とりあえずあの巨体で騒がれると五月蠅いな…。
「ふふっ、その通りねぇ。こんな様では頭首様に顔向けできないわぁ!」
巨人の手に握られて居たピンク頭が、巨大な手の中で何かをしたのが分かった。
だが、無効にされていないと言う事は、我への攻撃ではないのは確実だ。
この期に及んで何か悪足掻きしようと言う胆力は買うが………さて、何をする気やら?
自身への危険が皆無なので、興味本位で何をするのか少し待ってみる。
転移系の効果は無条件で無効にするようにしてあるので、この場から逃がす心配もないしな。
少し離れた場所で観察していると、巨人の―――いや、その巨大な影の中に紛れているピンク頭の影が四方に向かって伸びる。
伸びるって言うか……走る? 時速80kmくらいの速度で木々の影を飛び渡って、外に外に広がって行く。
なんだありゃ? いや、影なのは知ってるけども…。それで何したいんだって話し。
「ん?」
「あらぁ? ようやく気付いたかしらぁ?」
伸びた影が、大分離れた場所で立ち上がる。
いや、立ち上がったのではなく、影の中から出て来たのか?
魔物…だよな? でも、今まで出会ったどんな奴よりも魔素量が圧倒的に多い。もしかして、未だ我がエンカウントした事の無いキング級の魔物だろうか?
しかも1匹ではない。
北、西、東とバラバラの方向に各1匹ずつ。
キング級3匹か……随分大盤振る舞いだな? もしかして、コレが対ルナ用に用意してたピンク頭の“取って置き”か? 言っちゃ悪いが、魔神相手じゃキング級を千匹連れて来ても足りねえぞ。
……あれ? でも、コッチに向かって来てないな? むしろ森の外に向かってる?
「まさかとは思うが、アイツ等をこのまま森の外に解き放って、人里を襲わせるとかじゃないよな?」
「あ・た・り」
おい、うっそだろ? 我をどうする事も出来ないからって、やる事を嫌がらせに切り替えやがったぞコイツ…。
まあ、確かに? 自分を狙われるより、関係無い人間を狙われる方が精神的なダメージが段違いに大きいが…。
それに、攻撃を無効にしているとは言っても、それは我を対象にした攻撃に限られるので、他人を護るならやり方を変えなければならない。
だが、まあ、現在森の中の亜人は皆外に逃げているし、魔物が森を出る前に始末してしまえば関係無い。
多分ピンク頭としては、我が対処に一時でもこの場を離れるのを期待したんだろうが…残念ながら、魔神の力を持ってすれば、一々この場から動く必要も無く、散っている3匹のキング級を殺す事が出来る。
……でも、まあ、折角切り札を切ってきたんだ。少しは相手に合わせた対処法をしてやろう。
「我が眷族よ」
炎が3つ吹き上がり、それぞれが狼、蜥蜴、仮面の姿となって魔獣として世界に顕現する。
「主様―――」
「挨拶は良い。森の外に出ようとしている魔物を始末して来い」
「畏まりました」
エメラルドの言葉と同時に、いつも通りに3匹が我の命令を速やかに遂行する為に頭を下げて、即座に行動を開始しようとする。が、それを遮るようにピンク頭の笑い声が辺りに響いた。
「あっはっはははぁ!! 坊やぁ? まさかぁ、その魔獣達にあの子達の相手をぉさせるつもりなのかしらぁ? 残念だけどぉ、そんなレベルの魔獣じゃぁ足止めにもならないわよぉ?」
ゴールドが歯を剥き出して唸ってる。相当カチンと来たらしい…。サファイアも、蝙蝠のような羽が今すぐにでもピンク頭に突っ込めるように揺れているし…エメラルドに至っては怒りのゲージが振り切れ過ぎて無言になったし…。
だが、コイツ等が怒っているのは自分達が下に見られた事ではない。我を馬鹿にされたのに怒っているのだ。
「落ち付け」の意味を込めて、近くに居たゴールドの首辺りを撫でてやる。すると、先程までの怒りをどこかに放り投げて、「クゥーン」と我の手に甘えてくる。
「お前の言う通りだよ」
我の肯定の言葉に、見下した本人のピンク頭は勿論、隣の巨人も、後ろで見ているウチの連中が「え?」と言う顔をする。
「だから―――」
視線を3匹の魔獣達に向ける。
「お前達、本当の姿になって良いぞ」
3匹が少しだけ嬉しそうに静かに頷く。
フィリスと白雪が驚く。あの2人は、この3匹と面識あるし、今の状態での能力の高さも知っているから、それですら本当の姿ではないのが相当驚きだったようだ。
まあ、確かにエメラルド達は今の状態でも強い。3匹揃えば、そこらの並みのクイーン級なら狩れるくらい強い。
だが―――コイツ等は我の……≪赤≫の魔神の眷族なのだ。3匹でようやくクイーン級を狩れる程度では弱過ぎる。
しかし、今の姿でそのスペックなのは仕方ない。今のコイツ等の姿は、言ってみれば通常時の我に負担をかけない為の省エネモードなのだから…。
どうやら本当の姿になると、今の姿に比べて爆発的にエネルギー消費が高くなるらしい。そして、その分の支払いの請求は、コイツ等自身ではなく我に来る。
通常時の我では、とてもじゃないが払えないようなエネルギー量なので、コイツ等は呼び出される時に負担をかけないように、自動でこの姿に切り替えられた……と言う裏事情が、魔神になって理解出来た。
「宜しいのですか?」
「構わん。好きにやれ」
エメラルドの言葉に力強く頷く。
魔神となった我には、色んなエネルギーが満ちている。
周囲のひび割れた空間の隙間から漏れ出した、“小さな世界”から力が無限に供給されているので、枯渇する心配はない。エメラルド達が大暴れして、どれだけの請求が来てもこれなら恐くない。
「それならば、存分に戦わさせて頂きます」
「敵を倒すまでは好きにして良いが、くれぐれもやり過ぎるなよ? 特にエメラルド」
「心得ております。では―――」
3匹が我に今まで以上に深々と頭を下げた後、一瞬にして赤い閃光となって3方向に散る。
少し不安が心の中にあったからか、無意識に閃光が森の中を駆けて行くその姿をボンヤリと見送ってしまう。
「あの魔獣達がどの程度の力秘めているか知らぬが、エスぺリアが放った魔物はキング級だ。さぞや心配なのだろうな?」
巨人が気遣っているのか、馬鹿にしているのか分からない口調で訊いて来た。
「そうだな。正直心配してるよ」
「あらあらぁ? だったらぁ、坊やもぉ後を追ったらぁ?」
また安い挑発を…。
「そこまでの心配じゃねえよ。ただ―――」
魔素体2人から視線を切って、森の奥にチラリと見えた赤い残光を目で追う。
「ただ?」
「……いや…地形が変わらないと良いなって」
あの3匹の本当の姿は強大で凶悪だ。
特にエメラルドの真の姿の能力はヤバい。下手すれば大陸一つを一瞬で沈めかねない力を持っているのだから―――…。