9-14 魔神の力
魔竜エグゼルド。
その狂暴な力を振るえば、国1つが一夜で滅ぶと言われた、竜種の中でも特に大きな力を持ったドラゴン。
だが、我にとってはそんな物関係無い。そこら辺をうろついているような有象無象の魔物と大差ない強さだ。
何と言うか…竜や魔物や人間が、コンマ1秒を競って凌ぎを削っているのを尻目に、我は100km先を走っているような…そんな感じだ。竜種が人や魔物よりも多少先を走っていようが、その遥か先に居る我には全て等しく遠過ぎて相手にならない。
「魔竜を一撃で…」
唖然とした顔でそう呟いたのはフィリスだ。まあ、アイツはエグゼルドと直接対決した経験が有るからな。
ガゼルも「マジかよ…」と驚いているが、それでもどこか冷静だ。多分、我がどれくらい強くなったのかは予想していたからだろう。
ルナは特に反応はなく、当然の光景を見るように腕を組んでいる。
「あらぁん…坊やってばぁ、強くなったのねぇん?」
振り返ると、2匹の魔素体が戦闘態勢で、いつでもコチラに突っ込んで来れるように構えている。
どうやら、エグゼルドとのやりとりから、我の能力を見定めたらしい。……もし、そうなのだとしたら、滑稽過ぎて笑いも浮かびやしない。
「我を前にしても逃げださない度胸だけは褒めておいてやる」
我の言葉を聞いて、ピンク頭がクスクスと笑い。巨人がはっはっはっとやたらと大きな声で笑う。
「あのねぇ坊やぁ、あんまり調子に乗らないでねぇ?」
「貴様が強くなった事は理解している。だが、我等は元より≪黒≫との戦いを想定しているのだ。貴様がどの程度強くなっていようとも問題ない」
対≪黒≫を想定…ね。
「お前等、ルナの事を気にしているようだが、アイツと戦った事があるのか?」
ピンク頭がソグラスで片手貫かれてたのは知っているが…巨人の方はどうだろう?
「遭遇戦だった故、まともな勝負にもならずに逃げる事しか出来なかったがな」
「ふふ…でもぉ、今回はぁ準備万端ってわけぇ」
「ふーん……。お前等がルナ相手にどんな用意をして来たのかは少し興味があるが…、残念ながらそれを見る事は叶わなそうだ」
「あらぁ? どう言う意味かしらぁ?」
「我は、悪足掻きさせて、最後の最後で絶望させるような趣味はないから先に言っておいてやる」
我を見下した目で見ている2人に、気負うことなく普通に告げる。
「お前等、我にかすり傷1つつける事無く死ぬぞ?」
これは予想ではない。戦えば確実に訪れる結果だ。そして、この未来は“絶対に”回避出来ない。
「あらあらぁ? 随分気が大きくなってるのねぇ?」
「過剰な自信は身を滅ぼすと知らぬらしい」
2人はまだ見下す姿勢を変えようとはしない。
そもそも、コイツ等は我への認識が浅すぎるのだ。戦う以前の話しとして、コイツ等は3流以下だ。話しにならない。
「それと、1つ気付いた事があるから言っておいてやる。お前等、やたらルナを警戒してるけど、多分アイツ、お前等に本気を見せてないぞ?」
「なに?」「どうしてぇ、そう思うのかしらぁ?」
どうして?
後ろでルナの奴がふてぶてしい顔で立ってるからだよ。……と言う冗談はさて置き。
「決まってるだろ? お前等が魔神たる我と向き合っても、戦うなんてほざける事がその証拠だ」
ルナは間違いなく、我と同じように原初と繋がった魔神の姿になる事が出来る。その本気のルナと戦って、今この瞬間生きていられる訳がない。
もし仮に、神がかった運の良さで逃げられたとしても、魔神の力を目にしていれば戦いを挑む事がどれ程無意味かは理解している筈だ。
「坊やぁ? あまり私達をあまくみないでねぇん? その気になれば、坊やの首を落とすなんてぇ、簡単なのよぉ?」
「そうか………」
口でどれだけ忠告しても、自分達が上だと言う意識が崩れる事はないらしい。
溜息を1つ吐いて、説得を諦める。まあ、説得と言っても、抵抗せずに首を差し出せって言う説得だが…。
戦えば我が勝つ事は分かり切っているが、無駄に抵抗されると鬱陶しいので、無抵抗にさっさと死んでほしい。
仕方ないので、直にどれだけの力量差があるのか分からせるか。
構えを崩さない2人に向かって歩く。
右手のヴァーミリオンはダランと下げ、左手はパーカーのポケットに突っ込んで、無防備、無警戒に近付く。
「父様!?」「アーク様っ!?」「ショタ君!!?」
どうぞ攻撃して下さいと言わんばかりの我の姿に、後ろから悲鳴のような声があがる。
対して、向かう先に居る魔素体の2人は、我が自棄になったとでも思ったのだろう、笑いながら攻撃を―――してこない。
確かに今、攻撃する直前の殺気があった。だが、実際にはその場からピクリとも動かずにジッとしている。
2人の間に漂う微かな困惑。
「どうした? 攻撃して良いんだぜ? ほら、撃ってこいよ。避けねえから」
スタスタと、地面に焦げた足跡を残しながら2人に近付く。
2人は煽られても動かない。だが、困惑が動揺に変わったのが分かった。
……フン、理解が遅いな? ようやく、自分達が今どんな状況なのか理解したらしい。
関係無いが、後ろの方でルナが「達の悪い事を言う…」と白い目を向けて来ている。やっぱり、アイツだけは我が何をしているのか分かってるか。
2人との距離が8mを切ったところで、突然クイズを投げかけた。別に意味が有る訳ではないが、まあ強いて言うなら……暇潰し、かな? コイツ等相手では、緊張感が保てない。さっきから欠伸が出そうになるのを何度か我慢しているくらいだ。
「クエスチョンだ」
「あぁ?」「なぁに? 遊んで欲しいのぉ?」
2人共余裕を見せようとしているが、声がさっきより1つ低くなっている。多分、内心はクソ程焦ってるな? ざまあみろ。
「究極の防御とは何ぞや?」
「「………」」
10mを超す巨人と、体の部位が異形の魔物の女が視線を交して、我の質問の意図を必死に読み解こうとしている。
言っておくが意味なんて無い。なんたって、ただの暇潰しのクイズだからな。
「鋼を砕く豪撃さえ弾く硬さか? 疾風の如き連撃をかわす速さか? 致命傷を受けても即座に治る回復力か?」
2人からの解答はない。だが、だからと言ってクイズを無視して襲って来る事もない。「待て」と言われた従順な犬のように、その場からジッと動かない。
そう…
首を落とされるまで動かなかったエグゼルドと同じように―――。
「速さですわ!」「いや、回復力だろう。死なないんだぞ?」「フィリスちゃん、妖精ちゃん待って。やっぱり防御能力の基本は硬度でしょ」
……なんか関係ない外野の女子達が後ろで盛り上がってんですけど…。と思ったら、その盛り上がりにルナが水を差す。
「バカか、全部ハズレだ。究極の防御とは―――」
おっと、やっぱりルナだけは正解が分かるか…。まあ、アイツは我同様に、継承者としての極致に至ってるからな。戦い方の行きつく先は一緒だ。
等と考えている間に2人の目の前まで辿り着く。
剣を振るえば首が落とせる距離。逆に言えば、敵が手を伸ばせば、我の心臓に手が届く距離。だが、2人は動かない。
「正解は―――」
我とルナの答えが重なる。
「「“敵に攻撃させない”だ」」