9-13 魔神
翼人の子のパーティーと別れてから、さほど苦労する事もなく3つのパーティーを見つけた。どこも魔物に追われているか、エンカウントして追い込まれているかしていた。
今さらだが、この森ってこんなに凶悪なクイーン級の魔物大量に居たかな? いや、居ねえだろ。どう考えても、ピンク頭が追っ手に差し向けた奴だろ。
亜人達を助け出す事はさほど苦労せず、ある程度近付いて【告死の魔眼】で瞬殺した。
一通り助けたら、アルフェイルに移動したのだが………コッチはコッチで色々酷い有様だった。
ガゼルは巨人型の魔物に踏みつけられ、浴衣姿の眼鏡の女性が自分の影から湧き出した魔物の手に捕まり、ルナは“阿久津良太”と睨み合い、フィリスは一回り小さいエルフとカグに睨まれて固まっている。ついでに何故かエグゼルドが居る。更についでに、木の上に水野も居る。
全員身動き取れなさそうな雰囲気なので、とりあえず助けに入った。
ガゼルを踏んでいる魔物は、何やら魔物の癖に生意気な事を仰りやがったので、片足を蹴り飛ばして、上半身を吹き飛ばしてやった。
それでトドメさせたかと思ったが、巻き戻し再生のように体が再生した。周囲の魔素を吸っていたところを見ると、皇帝の使っていた【自己再生】と同じ奴か。まあ、別に今の俺達には全く脅威とも呼べない能力なのでコイツは一先ず放置。
次に影から伸びている魔物の手で囚われている浴衣の女性。
黒い髪に黒い瞳…それに浴衣姿って、間違いなく異世界人だよな? …いや、一旦それは横に置いておこう。助けるのが先決だ。なんたって、身動き取れない女性の口を、ピンク頭が押さえて窒息させようとしてるし。
女性の影から伸びている手は魔物の手だ。影の中に魔素の塊が見えるから間違いない。だが、それなら対応は簡単だ。
【告死の魔眼】で瞬殺です。
まあ、その後…カグを正気に戻しかけたところを、俺の体を使うクソ野郎に邪魔されたり、ガゼル達と再開を喜んだり、ショタ呼ばわりされたり、パンドラと白雪を取り戻したり、ピンク頭が日焼けしたり、水野の手を引き千切ったり、俺の体にまんまと逃げられたり…。
結局この場に残った敵は、元ピンク頭の魔素体と、ガゼルを踏んで居た巨人(多分コイツの正体はパンドラの腹を抜いた奴と思われる)と、俺達へのヘイト全開のエグゼルド。
他は逃がしたが、コイツ等はここで確実に―――殺す。
ピンク頭には、ソグラスとダロス…それにルディエ、行った事はないが他にも港町を襲われた貸しがある。巨人の方はパンドラをやられた恨みがあるので、確実に、念入りに転がす。
パキンッと頭の中で何かと繋がる感覚。
今の俺達は、世界基準で言っても、最強にかなり近いところまで行っていると思う。
けど…まだ俺達にはもう1つ上の段階が有るらしい事を、その“何か”と繋がった事で気付いた。
大丈夫か? と一瞬迷う。
だが、それもすぐに消える。きっと、精神の分かれて“2人”だった時には無理だった。けど、今の俺達なら行ける。
「“烈火の如く―――”」
分かる。
「“灼熱の如く―――”」
如何すれば良いのかが分かる。
「“世界の全てを赤く染め上げる”」
この言葉の終わった先に待っている物は、世界を一変させる。
刻印が体に広がる。
「“我に力を”」
魔神覚醒
――― 【オリジン:赤】と再接続します ―――
エグゼルドが我に訊く。
『貴様、何者だ…?』
決まっている。
「“我”は≪赤≫」
世界の全てが体の中に入って来る。
海が…大地が…空が…命が…。全てが今、我の中に在って、世界が1つの小さな体の中で生まれている。
「原初にして究極―――」
人が到達出来ない……いや、到達してはいけない領域に至ってしまった。
「≪赤≫の原初。魔神アーク」
我は今、神の領域を侵す存在となった。
人にして人に非ず。神にして神に非ず。
我は、魔神になった―――。
『魔神…だと?』
エグゼルドの問い返しを無視する。
辺りを見渡せば、世界がひび割れて、隙間から赤い光が漏れだしている。どうしてこんな光景になっているのかは考えるまでも無い。
我がここに居るからだ。
我の中に生まれた、人間1人分の小さな世界が、この世界の殻を食い破って外に出ようとしている。
今は殻を破り切れずに、こうしてひびを入れるだけに留まっているが、もし出て来たらどうなるか……まあ、自身では結果は知っているのだが…。ともかく、今のところは我の内に存在する小さな世界が、この現実の世界を浸食しないように気を付けよう。
「父様…? 父様ですよね!?」
不安そうに白雪が声をあげるので、軽く手を上げて答える。
すると、白雪だけでなくフィリスやガゼルも安心した様な息を吐いていた。
……そんなにいつもと違うだろうか? 確かに違う事は違うだろうが、自分ではそれ程の大きな変化は感じていない。
ただ、気持ち的な変化はある。
良太とロイドが1つになっている今の状態は、多分無敵だ。その上、肉体が神の領域に踏み込んだのだから、今の我なら―――神の心臓にだって手が届く。
「余裕見せてないで、さっさと終わらせろ!」
ルナにむっちゃ怒られた。
別に余裕見せてた訳じゃないんだが……確かにさっさと終わらせよう。
魔神になったこの姿は、文字通りの“最強”で“無敵”だが、下位互換の【魔人化】ですら肉体に相当の負担を強いるのだ。神の領域に足を突っ込んで居るこの姿が、どれだけのリスクを支払う事になるのか分からない。
手早く魔素体2人と爬虫類1匹を始末にかかる。
元ピンク頭と他1人は、まだ我の状態を把握する為に動かないし、先にエグゼルドを潰してしまおう。
『くっはっはあっ!! なるほどな、それが魔神の真なる姿か!? 良いだろう、どれ程の力か見せてみるが良い!!』
そして大きく口を開き、襲って―――来ない。
エグゼルドは、自分の身に何が起きているのかを理解出来ず、視線を彷徨わせてジッとしている。
『……なんだ? 何をした?』
答えずにスタスタと近付く。
エグゼルドは動かない。
『貴様ああッ!! 何をしたあああああっ!!!』
我が目の前に辿り着くと、唾の代わりに黒い魔素を吹き散らしながら喚く。
だが…それでもエグゼルドは、その場からピクリとも動かない。
「じゃあな」
普段ならやらないような大振りで、ヴァーミリオンを黒い竜の鱗に包まれた首を刎ね落とす。
まな板の上の大根を切る様に、余りにも呆気なく、魔竜と呼ばれた凶悪なドラゴンの首が地面を転がった。
タンクローリーみたいな大きさの体が、魔素になって森の中に飛び散る。
視界が黒い霧で奪われる。だが【空間認識】を一時的に手にしている我には関係ない。魔素の中に手を突っ込み、エグゼルドの核である黒い光を内包したビー玉を捕まえる。
ビー玉の中で黒い光が揺らめく。まるで「次こそは殺す」と叫んでいるようだった。
だが、残念だったな? テメエに次はない。
「【異能力吸奪】」
エグゼルドの核から、力を奪う。
――― 【魔素吸奪】【魔素操作】【魔素形成】のスキルを奪いしました ―――
奪ったスキルはどうしようか? 我の中は……ダメだな。【オリジン:赤】と繋がってる時に、不要なスキルを体に入れたくない。
仕方ない、裏技を使おう。
首から下げている指輪…月の涙に触れる。
――― 神器“月の涙”にドレインしたスキルを付与します ―――
月の涙が全然成長していなくて助かった…。キャパシティがスッカスカだったから、後付けのスキルを無理矢理突っ込む事が出来た。
まあ、これで―――
「お前の力は全て奪った」
手の中に残ったのは、何の力も無いただの石。内包していた黒い光も消えて、黒ずんだビー玉にしか見えない。
もう魔素を掻き集める事も、魔素で体を作る事も、竜として復活する事も出来ない。
「我は、お前を殺さない」
適当に地面に捨てる。
草と小石に紛れて、すぐに行方を見失う。
生物として絶対強者である竜から、体とスキルを奪った。
奴は死ぬ事も無く、何も出来ず、ただの石として森の中で朽ちる瞬間を待ち続ける。最大級の屈辱と拷問を兼ねた処罰だ。
さて―――
「まず、1匹」