9-12 舞い戻る
頭が痛くなるような時間が2秒程続き、気付いた時には柔らかな土の上に立っていた。
目の前には、樹木が命の続く限り成長し続けている巨大な森。
振り返れば、平原がどこまでも広がって……あ…ちょっとユグリ村の光景に似てるかも…。
懐かしい故郷の姿が、記憶の棚から転がり出て来て、少しだけ目頭が熱くなる。
いやいや、泣いてる場合じゃない…。
1度頭を振って気持ちを切り替える。もどきの話が本当なら、森の中で戦闘が起こってる筈だ。早いところ助けに行かないとな。
森の中に足を踏み入れて気付く。
――― 感知能力が阻害されてる…?
500m先くらいまでしか、知覚を送る事が出来ない。誰か、もしくは何かが、森の中での感知スキルの発動を制限しているのか?
前にドラゴンゾンビと戦った時にはこんな制限感じた事はないし、あの後誰かがわざわざ張った物だろう。パンドラを回収しにアルフェイルへ寄った時には、エルフも他の亜人達も、こんなトラップの話はしてなかったし、十中八九敵が用意した物と見て間違いない。
この制限を解除する事自体は、今の俺達なら一瞬で出来る。出来るが…あえてここはのまま行こう。下手に解除して、相手に俺達の存在を気取られると、敵がどんな行動に出るか分からないしな。
そっと近づいて、気付かれる前に倒してしまうのが1番確実で安全なんだが…。
感知出来る範囲が狭いので、仕方なく歩いて進む。
……って言うか、歩いた後に足跡が焦げて残るのは何なんだろうか? 別にそんな熱を放出するような能力は使っていないんだが…。無意識に力が漏れてしまっているのか?
…まあ良いか、別にこれくらいなら…。焦げ跡が燃え上がって、森が火事になるってんなら大問題だが、足が地面から離れた瞬間に熱が抜けてるからその心配はなさそうだ。
あっ、足跡見て気付いた……靴忘れて来た…。
* * *
暫く進むと、感知能力に何かが引っ掛かった。
人?
【生命感知】で捉えられるって事は生き物なのは間違いない。だが、【魔素感知】で見ると重なる様に魔物の影が見える。
これは…アレだな? 喰われてるっぽいな。
いや、余裕こいてる場合じゃない!
少し足を早めて反応の有った方向に進むと、泥水みたいな色をした丸っこい……何だアレ? 液状? 粘体? スライム…で良いのか?
スライムかぁ。異世界のゲームの知識では、青くて顔の付いた人懐っこそうなのが有名だが、本物はグロテスクだなぁ…。
っと…呑気に感想言ってる場合じゃねえな。なんたって、そのスライムに下半身を食われている翼人の女の子が居る。
…って、あの翼人の子、エグゼルドの戦いの時にも助けた事あったな? 何か、妙に縁がある。
近付くと、亜人の子供達が俺達に気付いて指をさし、口をあんぐりと開けている。
その反応は歓迎されているのか微妙だな………一応ポジティブな方向の物だと勝手に思っておこう。
子供達の反応を見て、翼人の子と、それを助け出そうと頑張っていた亜人達も俺達の存在に気付く。
「ぉ、おお…」「そんな…まさか」「御戻りになられた…!」
……戻って来た事を喜んでくれているっぽいが、その反応はその反応で大袈裟過ぎじゃないだろうか?
などと、どうでも良い感想を心の中で呟いていると、亜人達の攻撃の手が止まったのを良い事に、スライムが翼人の子を自分の体内に引っ張り込もうとする。
「きゃぁっ!!?」
させねえよ!
生物として持つ事の許された、身体能力の限界を超えた踏み込みでスライムの頭上に飛ぶ。
動きが速過ぎて、普通の人間が見たら転移と変わらないんじゃないだろうか?
まあ、それはともかく、スライムの体の中に腕を突っ込む。
【レッドエレメント】で手の平に熱量を集束させ、内側からスライムを構成する魔素を焼く。
1秒と耐える事が出来ず、スライムは風船のように膨れて魔素が爆ぜる。
別に、遠距離から炎を撒いて殺しても良かったんだが、個人的な知的好奇心として、スライムの中はどんな物なのか確かめてみたかった。まあ、結果としては、ヌルっとして冷たくて、ナメクジを触った様な気分だった。
正直やらなきゃ良かったと後悔してしまった。
「ひゃぁ!」
スライムが消えて、空中に投げだされた翼人の子を後ろから抱いて支える。
うぉ…背中の羽がパタパタ揺れて、凄ぇくすぐったい。
「ぁ…≪赤≫…の御方……!?」
俺達の顔を確認するなり、顔から血が吹き出すんじゃないかと心配になる程真っ赤になった。
「大丈夫か?」
色々と心配だ。
スライムに喰われかけていた事もだが、それ以上にこの子は、赤面症を患って死んでしまうんじゃなかろうか?
「は、は、ひゃいっ!!」
物凄い噛みッぷりだった。
そして、更に顔の赤みが増す。
ダメだこの子…。俺達が近くに居ると、ますます赤面症が酷くなりそうだ…。さっさと離れよう。
抱いていた手を離して、コチラに向かって来ていた魔物に目を向ける。
数は13……いや、巧妙に隠れているのが2匹。全部で15か。
どいつもこいつも魔素量で測るとクイーン級下位ってところかな? さっきまでコイツ等以上の魔物を500近く相手にしてたんだから、恐さや焦りはまったくない。それどころか、「え? お前等、その程度で俺達と戦うつもりなの?」くらいの気分だった。
そんな俺達の余裕が伝わったのか…それとも野生の勘で力量差を感じたのか、魔物達は足を止めて震えていた。
察しが良いのは良い事だ。お前等長生きするぞ。
「森から出て、出来るだけ離れていろ」
これからどれだけの規模の戦いになるか分からない以上、森の中に亜人達を留めて置くのは危険過ぎる。
出来る事なら、転移魔法か何かで、別の大陸にでも逃げていて欲しいくらいだ。だが、走ってこんな場所を逃げていたって事は、この中に転移出来る奴はいないって事だろうしなぁ。
っと、待てよ? もしかして亜人達は皆アルフェイルから逃げたのか? だとすると、他にも魔物に襲われてる奴等が居るかもしれねえな。
ヤベェなこりゃ…。呑気に構えてる場合じゃねえ!
感知能力が全開に出来れば、策敵も殲滅ももっと楽なんだが…まあ、それは言ってもしょうがない。足で探しに行こう。
「ど、どこに行かれるのですか!?」
翼人の子に訊かれた。
どこ…と言われても。とりあえず、他の逃げているだろう亜人達を探して、襲われているなら助けて、そんで……阿久津良太の体を使っている奴をぶち殺しに行く。
まあ、そんなプランを話してもしょうがないので、失礼ながらスルーさせて貰う事にした。
さてと…とりあえず奥に向かえば、感知能力に引っ掛かるかな?
おっ、魔物達が道を開けた。よしよし、強者に逆らわんお前達はきっとこの先も長生き出来るだろう―――
「危ない―――!!」
魔物達が襲って来た。
あ、やっぱ前言撤回。
「【告死の魔眼】」
魔物の中で、魔晶石が塵になり、体を構成していた魔素が爆散して辺りに飛び散る。
長生き出来ただろうに……人を襲わなければ。ま、そんな事魔物には無理か。
さて、ちゃっちゃと次行こう。