9-10 アーク
雛が自分を包む殻を破って、大きな世界に生まれ落ちるように、俺“達”は今、お互いの自身と言う殻を破ってこの世界に生まれた―――。
――― 【××××:×】より、一時的に【自己治癒】【治癒力超強化】【リジェネレーション】を取得 ―――
壊れた肉体が、死の淵から復活する。
砕かれた骨が元通り以上に強化再生され、傷口が塞がって、潰れた内臓が修復される。足りなかった血が全身に供給され、失いかけていた体温が急速に戻り、全身に火が灯ったように熱い。
視界が一瞬でクリアになり、耳鳴りが止まって、途端に周囲で動く魔物達の足音が五月蠅く感じる。
体から剥がれかかっていた意識が事態を認識。
今は、魔物とコピーに囲まれたピンチな状況。
大本のもどきはどこだ? 今の魔物の数は? コピーはどこから攻めてくる?
この場の把握し切れない疑問はある。だが、そんな物は俺達には有っても無いような物だ。
――― 【××××:×】より、一時的に【空間認識】【生命感知】【探知・感知能力超強化】を取得 ―――
床に寝ているのに、場を俯瞰したように空間全体を見渡す事が出来る。魔物の数は458匹。あ、今、本から2匹出たから460か。魔物1匹1匹の体の動きどころか、毛の1本、指1本、全て見えている。
もどきの位置は、30mくらい離れた空中。周囲に飛行型の魔物が飛び回っていて、視覚では捉えづらいな…。
コピーは右後方、距離は10m。警戒している様子はないけど、いつでも飛び出せるように足には力がこもってる。
なるほど…理解した。
「よ…っと」
特に周りに警戒する事も無く立ち上がる。
魔物達の動きが止まる。
今まで打たれるまま、されるがままにボロボロになっていた俺達が全快して立ち上がったのだから、警戒するのは当たり前だろう。
さて…周りの事は大体把握した。
問題なのは俺達の事だ……。
根本的な話として、今現在こうして思考しているのは良太なのかロイドなのか、自分でも分からない。
一人称を俺と言っているって事は、一応阿久津良太の意識が前面に出ているとは思うのだが…あまり自信はない。
1つの体に2つの意識。だが、今は……1つの体に1つの意識。
俺達の意識は境界線が無くなり、記憶と人格が混ざり合って自己認識が出来ない。自分が誰なのかが分からない。
だが……まあ、深く考える必要はない。
今の俺達は、良太でもロイドでもなく―――ただのアークだ。
意識が開く。
「待たせて悪いな。それじゃ再開しようか?」
魔物達が一斉に動く。
近くの魔物は飛びかかり、あるいは俺達の逃げ道を塞ぐように走る。遠距離からは、炎や氷や、羽や爪や角…多彩な遠距離攻撃のオンパレード。
コピーは魔物の突進に紛れて突っ込んで来ているが、もどきに動きはなし。
よし、行くか?
――― 【××××:×】より、一時的に【身体能力限界突破】【パワーペネトレイト】を取得 ―――
最初に突っ込んで来た打撃無効の鹿の頭にトンっと拳を当てる。
「邪魔」
殴ったのではない。ただ、ユックリと押し当てただけだ。
瞬間―――ドンッと鹿の頭を中心に、空間が波打って見える程の衝撃が走り抜けて、鹿の体が四肢を辺りに飛び散らせて爆散した。
打撃無効を【パワーペネトレイト】による威力の貫通力で、無理矢理潰した。
鹿の無残な死に様を見ても、魔物達に動揺はない。そのまま構わず突っ込んでくるので、適当に2、3匹を飛んでくる遠距離攻撃の群れに向かって投げる。
「盾役ご苦労さん」
飛んで来た炎やら氷やの直撃を受けて、投げた魔物が即座に魔素になって辺りに飛び散る。
…予想より脆いな? 遠距離攻撃、全部潰し切れなかったし…まあ良いや。
――― 【××××:×】より、一時的に【遠隔攻撃無効】【全属性究極耐性】を取得 ―――
飛来する攻撃が当たる。
巨大な氷の槍……無効。
ロケット弾のように、触れれば爆発する羽……無効。
オリハルコンさえ貫通する毛針……無効。
雷の砲弾……無効。
遠距離から放たれた攻撃を全部受けたが、かすり傷1つ無かった。
防御のターンは終わりだ。いい加減、この鬱陶しい数の魔物を減らしていこう。
――― 【××××:×】より、一時的に【属性超強化】を取得 ―――
「燃えろ」
視界を埋め尽くす魔物を発火させる。
炎で燃やそうとしても、魔物を燃やし切る前に、コピーの握っているヴァーミリオンの餌にされる。
そんな事は分かっている。
だから―――【炎熱吸収】に持って行かれるより早く、燃やし尽くす!
一瞬、チカッと赤い光が見えたと思った次の瞬間には、40匹の魔物が、魔晶石だけをその場に残して消える。
瞬間的な燃焼力だけで、クイーン級以上の魔物を焼き殺した。
ヴァーミリオンがスキルを発動した時には、すでに燃やした後の熱しか残っていない。その分は吸われるが、そのくらいならどうぞどうぞご自由に。
コピーも俺達の変化を危険と感じたのか、転移して向かって来る。
左側、約2m手前。一歩の踏み込みで剣が振れる絶好の距離への転移。そして、俺達の利き腕と逆側に出る辺り、流石コピー抜け目がない。
コチラの反応を待つような余裕をみせる事はなく、無反応な俺達に向かって全力の踏み込みと全開の振り。
完全に首を落としに来ている剣の軌道。
さっきまでの俺達なら、避けるにしてもギリギリだったかもしれないな? でも、今は……。
――― 【××××:×】より、一時的に【超速反応】を取得 ―――
俺達の首目掛けて、横薙ぎに振り切られた深紅の刃を―――受け止める。
白刃取りの要領で、左手の人差し指と中指の間で挟んで止めた。即座にコピーが反応し、攻撃を諦めて距離を取る為の行動を起こそうとするが―――遅すぎる。
「じゃあな」
コピーが踏み出した足を引こうとした時には、俺達は止めたヴァーミリオンの下を潜るようにして拳の届く間合いに入り込んで居る。
どてっ腹に、右ストレートを叩き込む。
【パワーペネトレイト】によって威力が増強、拡大、貫通され、コピーの内臓と骨を粉々にし、腹部に大穴を開けて背後に血の花火をぶち撒ける。
……自分を殴り殺すとか、気分悪いにも程が有る…。まあ、でも、邪魔だから殺すけど。
本当の人間相手だったら、ここまで思い切り良く殴れないけど、相手が過去の姿から作られたコピーだと言うなら遠慮はない。
左手に残ったヴァーミリオンをクルッと回して握る。
問題なく使えるな? まあ、当たり前か。≪赤≫用のオーバーエンドなんだから。
軽く踏み込んで、手近な所に居た蝉の幼虫の頭を割る。煮込んだ後の大根みたいに、簡単斬れた。そして魔素になって飛び散る。
あ、見た目に反して柔らかいなコイツ…。いや、俺達の方が異常になってんのか。
まあ良いか。とりあえず手当たり次第敵を斬って行こう。
カバみたいな魔物の首を落とす。刃のような羽を広げて襲って来る蝙蝠も両断する。両手がハンマーの巨人の攻撃を避け、強化された炎を撒いて周囲の魔物を一掃。
斬る。斬る。斬る。避ける。投げる。斬る。斬る。斬る。焼く。斬る。避ける。斬る。斬る。焼く。踏み込む。斬る。斬る。斬る。焼く―――。
何分くらいそうして戦い続けたか分からない。
10分か…1時間か…1日か……ここだと時間間隔狂ってて分からねえなあ?
やってもやっても、減ってる感じがしね…。つうか、本当に減ってねえな。
現在の魔物の数は488匹。むしろ増えてんじゃねえか。舐めとんのかこんちくしょう。
もどきがせっせと魔物を出し続けているせいか…。
コッチも相当な速度で殲滅してるって言うのに、それ以上の速度で魔物を吐きだし続けてるのかよ…。
ダメだ。チマチマ白兵戦やっても数が減らない。
一気に潰す!
――― 眼球に【告死の魔眼】を付与します ―――