9-9 2人
前にも、こんな風に追い込まれた事があったっけ……。
あん時の相手は、ルディエを壊滅させようとした魔道皇帝。あの時には、相手との圧倒的な力の差に、余りの痛みに戦いを諦めて死を受け入れてしまった。
でも、今回は違う。ここで諦めたら、それこそ何も成長してねえ!
諦める気持ちはない。
どんなに絶望的でも、どんなに体が痛くても、苦しくても…心だけは折れない。
体はもうボロボロで起き上がる事も出来ない。
目もほとんど見えない。音は耳鳴りに消されて何も聞こえない。血を流し過ぎたせいか、体が寒くて仕方ない。
多分、普通の人間だったらもう死んでいるくらいのダメージを食らっている。…いや、ロイド君の体でも、刻印を出していなかったらアウトだっただろう。
今、生きているのさえ、奇跡と呼べるギリギリの状態だ。次の瞬間には事切れていてもおかしくない。
諦めないのは良い。だが、具体的にこれからどうすんだよ…?
「もう諦めたら?」
もどきの声だった。
耳鳴りで他の音は聞こえないのに、あの野郎の声だけが鼓膜を震わせて響いて来る。
諦める? 言われて諦めるくらいなら、さっさと諦めて死んでるっつうの!
「………ぁ?」
視界が狭くて暗くて、もどきが何処に居るのか分からない。とりあえず声が聞こえた(ような気がする)方向を睨む。
「君が居なくなれば、それで世界の終わりは回避出来るんだ。君は世界を存続を願うんだろう? だったらそのまま、目を閉じて楽になりなよ?」
1週目の世界に訪れた“おわり”が具体的にどんな物なのかは知らない。けど、世界が終わるって言うんだから、それは大層で途轍もない事なんだろう。俺がここで死を受け入れてしまえば、それが回避出来る…か。
超絶一般人の俺1人の犠牲で世界が救われるなら、それも悪くないかな? そう思った―――
「………っざけ…んな……!」
そう思っただろう。俺1人なら……。
けど、今の俺の命は、俺の物であって俺の物じゃない。
俺の使っている体は、俺の物じゃない。
俺の生きている時間は、本当は俺の物じゃない。
ロイド君の代わりに俺は生きているんだ。彼の許し無くして、俺が勝手に死を受け入れる訳にはいかない!
「理解出来ないな? 何故、そこまで頑張るんだ?」
何故?
ロイド君への義理と約束があるから? そりゃあそうだ。俺にとっては、1番重要で譲れない事だから。
でも、それだけか?
………いや、違うな。
ロイド君の事を抜きにしても、俺には心残りが山ほどある。
何者かに操られているカグ。腹に穴をあけられて目を覚まさないパンドラ。そして、俺の体を使う謎の誰か。
全部、俺の……“阿久津良太”が背負わなければならない問題だ。
それを全部投げ出すのか?
――― 出来る訳無い!
動かない指が動いて、無意識に拳を握る。
ここで諦めて、死を受け入れて、目を瞑って、楽になって、全部を…皆を無かった事になんか出来る訳ない!
ああ、そうだよ。俺は、戻らなきゃ! あそこに……皆が居るあの世界に!
「最後まで苦しむ事を望むと言うのなら、それも良いだろう」
周りで魔物達とコピーが動いたのが気配で分かる。
攻撃から逃れる術は無い。
もうすぐ、死は確実に訪れる。
それでも思ってしまう……。
――― 死にたくない!
このまま、何もかも中途半端で投げ出したくない!
誰かが助けてくれる事を願っても、そんな物が都合良く現れる訳無い。
……だって、ここは普通の人間が来る事の出来ない場所だから…。俺は、1人だから―――…
『本当に?』
ふと幻聴のように、耳の奥で優しい男の子の声が響く。
痛みを堪えて頭を動かすと…俺を護るように両手を広げて立つ小さな銀色の髪の少年を幻視した―――。
本当は、誰もいない。そんな事は分かってる。ああ、そうだよ……そこには誰も居ない。でも……
――― 俺は1人じゃないんだ
目に見えなくても、声が聞こえなくても、ずっと一緒に居るじゃないか。
見ず知らずの俺に体を無条件で貸してしまう、お人好しで、底抜けに優しい異世界の少年。
俺にとって、1番近くて、最も遠い人。
――― ロイド君
前はたまに声がかけてくれていたが、ここのところ声は聞こえなかったのに…。ロイド君の方に何かしら問題があったのか…それとも単にスルーされているだけなのか…?
…けど、今ロイド君を近くに感じる。
今までも1つの体を共有しているのだから、ロイド君の存在を感じるような機会はたくさんあった。でも、今のコレは今までの物とは全然違う。
まるで……ロイド君の想いや意識が、俺の中に流れ込んでくるみたいだ。
だから………分かる。
ロイド君が、俺を護ろうとしているのが―――。
俺が自分の体を使っているからじゃない。ロイド君は、ただ純粋に“阿久津良太”を護ろうとしている。
かつて、自身の事を臆病だと言った少年が、俺を護ろうと必死にもがいている。
………何してんだよ……。
君は恐がりで…戦いなんて出来るような人間じゃないだろうよ……! それなのに、なんで……立ち上がろうとしてんだよ……!
自分の為だってんなら納得出来る。けど、なんで俺の為にそんなに勇気振りしぼってんだよ!
そんなの……そんなの、臆病者のする事じゃない! そんな事が出来る人間が臆病者な訳無い!!
ロイド君の強さは心の強さだ。
見ず知らずの俺を受け入れる優しさと、いざという時に立ち上がる勇気。
ああ…眩しい位だ。俺も、そんな強さが欲しかったよ…。
『それは、違います』
え……?
『僕は、ずっと良太さんの姿を見て来ました。その目と耳でずっと』
知ってる。そもそも目も耳も、体全部君の物だし…。
『良太さんが苦しい時も、絶望しそうな時も、歯を食いしばって立ち向かう姿を見てきたんです』
………俺のは、そんな大層な物じゃねえよ…。いっつも、その場その場を切り抜ける事だけでいっぱいいっぱいなだけだし。
『それでも、僕はそんな風になりたいって思ったんです。貴方のような、心の強い人に』
俺の…ように?
『僕の心が強く見えたのなら、それは貴方のくれた強さです』
俺は……違う…違うんだよ。そんな強い人間じゃないだ…。ただの普通の一般人で、最後のギリギリまで頑張れたのは、この体に入っているお陰だ。君が、体を使う事を許してくれたから…それに答えなきゃって…ちゃんとこの体を返さなきゃって…そう思ってやってこれただけなんだよ…。
『それじゃあ、僕達はお互いを通して、自分を見ていたのかもしれませんね?』
そうか…そうなのかもしれないな。
『僕達は、きっと1人じゃダメなんです。僕達が2人な事は、多分大きな意味がある。だから、もう少しだけ頑張ってみませんか?』
頑張るって……君も大概諦め悪いな?
『はい、それはもう、諦め悪い人をずっと見てきましたから』
はは…そうだな。それじゃあ、2人でもう少し頑張ってみようか?
『はい!』
俺達の意識の壁が無くなり、お互いの意識が繋がって混ざり合う。
――― 【××××:×】と接続しました ―――