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9-8 死はすぐそこに

 血が流れ落ちて、白い床が赤く染まる。

 逃れられない死が、すぐそこまで迫っているのが分かる……。


「ったく……本当に嫌になるね……」


 右手を地面について体を持ち上げる。

 異世界に来てから、死ぬような目にあってばっかりじゃねえか…。もうちょっとマシな展開ねえの…?

 大体、コッチは借り物の体だっつうのに。

 出来る事なら、このまま眠って安静にしてたいんだが……


――― 敵迫ってるからねえ!


 傷口から血が溢れるのも構わず立ち上がる。

 5m先には魔物8体。その背後に第2波約40匹。更に後ろには後衛に徹しているのやら、でかい攻撃の“溜め”をしているのが多数。コピーの俺は後衛の魔物の中に紛れている。攻撃は魔物に任せて、自分は支援役に回るつもりか? コッチとしては、魔物よりも先に潰してしまいたいのに…。まあ、実際にそう簡単に首取れる相手じゃねえけど…。


 とにかく、目先の敵を倒す事に集中…!

 向かって来る魔物達に視線を向けるが…視界がさっきよりも狭く感じる。

 耳に入って来る音もどこか遠い。

 やべぇな…ダメージのせいか、それとも血を流し過ぎたせいか、五感が利かなくなってきてる…。

 踏ん張れ俺…! ここで意識が切れたら本当にジ・エンドだ。ここには逃げ場も無いし、助けが来る事もない。俺1人でなんとかする以外に道はないんだ…!

 死にたくないなら―――死に物狂いで戦うしかねえっ!!

 首と左手の傷から、突き上げる様に上って来る痛みを気合いで押さえて、魔物に向かって走る。

 こんなダメージ受けた状態で、大量の敵との殴り合いなんて、本来だったら愚策もいいところだが、こればっかりは仕方無いんだ。

 魔物を【魔炎】で発火させる。が、次の瞬間には炎が剥がれ落とされる。ヴァーミリオンの【炎熱吸収】が有る限り、コッチの炎熱は使い物にならないどころか、コピーに力を与えてしまう。

 

「ああああああぁぁぁあっ!!!」


 右手で力任せに、鹿のような魔物の顔を殴り飛ばす。

 一瞬クリティカルヒットのような感触かと思ったが、違う…!?

 ダメージを受けて歪んだ鹿の顔がウニョンっとうねって元の形に戻る。


「なんだそりゃあ!?」


 打撃ダメージ無効? 形状記憶体形? いや、何でも良いだろ! この鹿を殴り倒すのは無理だ!

 次の瞬間、脇腹に衝撃―――

 視線を落とすと、後ろから別の魔物の角が深々と腹部を貫通していた。


「―――ぃっっっつッ!!!!?」


 叫びながら転げ回りたい程いてええええっ!!!? いや、痛いっつうか、熱い…!? 何コレ…マジで洒落にならんて……!!

 内臓が傷を負ったからか、喉を上って来た血を吐きだす。


「げぅ、っふ……くっそがあああっ!!」


 もう自分でも訳が分からない。

 自分の置かれた現状を認識する事が出来ない。

 近付く者は全て敵だと言う事しか判らない。だからとにかく殴る。とにかく蹴る。

 痛みが判断力を奪う。

 流れ出る血が冷静さを奪う。

 近付いて来る死が心を焦らせる。


――― 早く、早く敵を倒さなきゃ!!


 グシャグシャになってまともに考える事が出来ない思考が唯一導き出す答えがそれだ。

 死にたくないから、死ぬ前に自分に死を近付ける存在を全部排除しなければ。話としては、それだけの単純な思考。

 だが、それを実行するには、俺に冷静さが、判断力が、体力が、何もかもが足りなかった…。


 子供の癇癪のように滅茶苦茶に手足を振り回して、手当たりしだい魔物を蹴って殴る。しかし、実際にそれで倒せたのは数匹だけ。残りの大多数は、冷静に俺の動きを観察して、俺の大振りな攻撃を避けて即座に反撃を食らわせて来る。

 結果として、敵を倒そうと焦れば焦るほど攻撃が雑になり、傷が増えて追い込まれて行く―――。

 【魔人化(デモナイズ)】して戦っていれば、もう少しマシな結果になったかもしれないが、状況と自身の状態への焦りと、追い立てられるような恐怖感でその選択肢を考える余裕さえ無い。

 攻撃を食らうたびに視界が狭まり色が無くなって行く。耳の奥ではずっと甲高い防犯ブザーに良く似た耳鳴りが鳴り響いて、周囲の音が全く聞こえない。

 ダメージで意識が飛びかけると、何故か今まで出会った人達が…見て来た光景が頭を過ぎる。

 それが走馬灯だと言う認識はない。

 ……ただ、記憶が1つ脳裏を通り過ぎると、自分が欠け落ちて少しずつ消えていくような…そんな恐怖を伴う錯覚。


 全身が軋むような、巨大なアメンボのような魔物のタックルを食らう。


――― 出会った頃の、泣き虫だったカグの姿が……


 遠くから砲弾のように射出された魔物の外殻の一部が、腹に直撃して爆発する。


――― 異世界で初めて見たイリスの顔が……


 鹿の魔物の角が、軽々と右足を貫く。


――― ルディエで出会った明弘さんの後姿が……


 甲冑を纏った熊のような魔物の拳を受けて、細い腕が拉げて折れ曲がる。


――― 月岡さんの悪巧みしてそうな笑顔が…

 

 どこからか伸びて来たメイスの如き硬質な触手が、鞭のようにしなって背中で炸裂する。


――― カプセルから出て来たパンドラの姿が…


 針のような何かが雨のように降り注ぎ、体中に突き刺さる。

 

――― 光る球だった白雪が……


 細長いネズミ尻尾が足を絡め取り、思いっきり振り上げられて床に叩き付けられる。


――― 初対面は敵意剥き出しだったフィリスが……


 巨人型の巨大な足が容赦なく踏み潰す。


――― やたら先輩ぶるガゼルの姿が……


 コピーが上段から、迷いの無い動きでヴァーミリオンを―――


――― 見慣れた銀色の髪の男の子の姿が……


 振り下ろす。


 体が両断されたかのような衝撃。

 右肩から左腰に抜けるように、抉るような斬られた傷痕。噴き出した血が、コピーの体を赤く染める。

 辛うじて生きていた触覚が消える。余りの痛みに、ショック死しないように痛覚ごと遮断されたのか、脳がそれを認識できないところまで行ってしまったのかは分からない。

 だが、この一撃で分かった。


 あ……これ、死んだな。


 もう痛みも感じないので、他人事のように思った。

 いつもなら、このまま意識を失っても【回帰】によって、起きたら万全の状態になっているのだが、多分これは……無理だろう。今意識を手放したら、間違いなくあの世に直行する。


――― 俺の記憶の中の皆が…景色が…体から流れ出る血と一緒に(こぼ)れて落ちる


 サラサラと流れ落ちる砂時計のように、“俺”が死に向かって落ちて行く。

 ああ……もう良いんだ…? 全部、手放してしまっても……。

 俺の記憶も、想いも、約束も、覚悟も、全部…全部ここで手放して良いんだ…。死に落ちるのなら、生きている間に抱えていた物は全部意味は無い。

 だから……全部、手放して―――




「良いわけ……ねーだろうが…ッ!!!」




 途切れそうになる意識を無理矢理体に結びつける。

 なんとか体を動かそうとした途端に、痛みが蘇って襲いかかって来る。

 脳の回路が焼き切れるかと思う程の痛みが全身から昇って来る。両手足の感覚は完全に無く、千切られたのかと錯覚してしまう。そのくせ、吐き気さえ伴う痛みだけは容赦なく伝えて来る。体中は色んな攻撃を受けて穴だらけで…骨は何本形を保っているのかも分からない。

 正直、痛い…痛くて苦しくて、涙が流れる。


 でも……それでも…手放せない…! 手放せる訳無い! 記憶の中の皆の姿を…色んな人達が俺にくれた想いを……手放して良い筈がない!!


 それに……この体を返すロイド君との約束を、俺はまだ果たしてねえんだから……!

 


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