9-6 対自分
コピーの俺が走り出す。
さて、戦うつってもどう攻めるか? 今までの情報のない戦いと違って、今回の相手は俺だ。しかも直近の。
能力も戦い方も、全部分かり過ぎる。
…そう、例えば…目の前に迫っているコピーは、このまま走って来ての攻撃はしない。
音も無く走っていたコピーの姿が消える。
ほらね?
【空間転移】で出現する場所は、利き腕からの反応の遠い左斜め後ろ。
体勢を低くすると、髪をかすめる様にしてヴァーミリオンが通り過ぎる。
………なるほど、見た目だけじゃなく戦い方もまるっきり俺だなコイツ。
牽制に炎を放とうとして気付く。
――― 炎が使えない
あれ…ここ魔素がねえな? 【魔素感知】を使っても何も見えないし…魔素依存の【魔炎】はダメだなこりゃ。まあ、どの道、相手が俺ならヴァーミリオンの【炎熱吸収】と俺自身の【炎熱無効】で炎じゃダメージ絶対に通せないんだけどさ。
一旦【空間転移】で距離を取ろうとして、コピーがヴァーミリオンの熱量を解放した事に気付く。
え? まさか…?
コピーの振りと共に襲いかかる膨大で、容赦のない熱量の放射。
いきなり決め技かよ!?
いや、待て! 熱量効果は俺には通用しない。コピーがそれを認識した上で放ったのだとしたら、この攻撃は囮だ!
転移を中断して、その場に留まる。
見えない熱の壁が俺を襲う。とは言っても、【炎熱無効】が肉体への熱ダメージを勝手に無効にしてくれるので関係ない。そう言えば、肉体だけじゃなく着ている服も熱ダメージの対象にならなくなってんだよなぁ…と、どうでも良い事を頭の片隅で思いながらコピーの動きに注意を払う。
コピーとの距離は5m。
この距離での俺の選択肢は、炎熱が通用しないなら、直接突っ込むか、転移か、【レッドペイン】で距離を保ったまま攻撃するか。まあ、そんなところか?
ヒートブラストがダメージを考えない目くらましだとすれば、作れる隙は一瞬だ。炎のように視覚を覆える訳ではない熱量の放射だからな。
その一瞬で有効打を通すなら、足使って突っ込んでも間に合わない。転移はした瞬間に俺の方もそれに合わせて転移で逃げる可能性がある。だとすれば―――
視界を横切る様に赤いラインが空中を走る。
予想通り、【レッドペイン】だ!
ヴァーミリオンの振りに合わせて、空間を走るラインを潜って距離を詰める。
ダッシュからの拳打。
「っらぁっ!!!」
まともな奴なら間違いなくクリティカルヒット出来た。けど、相手は俺だ。俺がコピーの攻撃を読めるように、アッチも俺の動きを読んでいる。
緩やかなバックステップで難なく避けられ、突き出した拳に向かってヴァーミリオンを振り下ろす―――くっそ、容赦ねえなあ!?
足でブレーキをかけながら、腰と肩を無理矢理捻って拳をヴァーミリオンの軌道から逃がす。が、コピーの動きはそこで止まらない。
俺の横のステップに合わせて距離を測りながら、巧みにヴァーミリオンを振るって追って来る。
ちょっ…!? 俺って、こんな追い詰める感じのえげつない戦い方してましたっけ!?
ガードした腕を浅く斬られる。
「―――ッ痛…!」
ああ、クソ痛ぇ…ヴァーミリオンの切れ味を自分で体験する日が来るとは思っても見ませんでしたっ!!
分かってた、分かってたよ…! 俺とコピーの能力が同じだって言うのなら、ヴァーミリオンを持ってるコピーが圧倒的に有利なのは…!
近接戦は俺に不利過ぎる。だが、俺の遠距離攻撃は炎熱しかない以上、倒そうと思うなら相手の剣の間合いに踏み込んで立ち合うしかない。……とは言っても、それは俺の方だけで、ヴァーミリオンを持っているコピーは距離を取っても【レッドペイン】でダメージを通す事が出来る。
近付いても離れても、結局俺の方がシンドイな…。
それに、剣の振りが速くて鋭いんですけどこの人…!? 本当にコイツ俺のコピーかよ!? ちょっと脚色されてねえかっ!?
ギリギリで避けては居るけど、体と服に小さな傷が増えて行く。
「チッ…」
受けに回ったら攻めが止まらねえ。
反撃しろ! 攻撃は最大の防御だ!
上段から振り下ろされた深紅の刀身を半身で避け、バックステップで逃げるフェイントを入れて足を前に出す。
懐に入った―――!
ヴァーミリオンの間合いの内側に入っちまえば…!
間を置かずに拳を出す。
コピーの反応は無い。これは入る―――筈だった…。
だが、届いていない!? コピーの体を包む物理的な硬度を持った炎…【火炎装衣】か!?
……やっべぇ、別に触れても熱くはないけど、拳や蹴りであの防御力を貫通出来る自信がねえぞ…!
一瞬にも満たない意識の空白。それを狙うように、コピーが片手を剣から離し、俺に向かって何かを放つ。
――― 真っ赤な炎
【魔炎】で生み出した炎ではなく、ヴァーミリオンの中に溜めこまれた熱量で作り出した炎。
俺に炎熱は通じない。それはコピーだって理解している筈だ。だと言うのに、炎を放ったのは何故だ?
思考が纏まらないうちに炎が襲いかかる。
頭ではダメージは喰らわないと判断しているのに、体が勝手に炎を避けようと動く。そしてそれは正解だった。
炎が首筋を抉って後ろに抜ける。
「ギッ……いってぇ―――!!!」
洒落にならないくらいに血が噴き出した。
そこまで深い傷じゃねえのに…!? 首の傷でここまで血が出るってヤバくねえか!?
大体何だよ今の炎…!? あんな攻撃俺は知ら………いや、有るか。【炎熱特性付与】で“貫通”を付与した炎なら、炎熱のダメージは通らなくても、物理的な貫通力が発生する。
一気に血が外に出たせいで頭がクラクラする。
慌てて首の傷を押さえると、暖かい血が手を濡らす。
敵になってみて分かる。自画自賛を言うようだが、俺強くね? 今まで敵だった連中は、こんな奴を相手にしていたのかよ…。一炎使いとしてしては、絶対にエンカウントしたくない相手だ。
いや、愚痴ってる場合じゃねえよ…。マジでどうすんだコイツ。
ヴァーミリオンの有る無しがこの場での優位性その物だ。いっその事奪いに行くか? でも、簡単に手放してくれないだろうなぁ。俺がアッチの立場だったら、死んでも手放さない……って事はコピーも死んでも手放さないって事だ。
ああ、クソ…首の傷が痛ぇ…。視界がふら付くし、マジ最悪だよ…。
どうする? いっそ【魔人化】するか? いや、でもコピーも【魔人化】してきたら意味無いよな…。
チキショウ…自分自身の崩し方が分からねぇ…!