9-5 神の試練
「時の川に放流って……つまり…え? あれ? 過去か未来に飛ばすって事?」
「いや、行き先を決めずに時流に放り込んだって事は、どうやら永遠に時間の流れを彷徨わせるつもりだったみたいだね」
何それ!? 超怖い!!?
「君の壊したコレ」
神様もどきが指揮者のように指を軽やかに振ると、庭園の草花の上に、無残に拉げた大きな鉄の塊が現れた。
「こいつ…地下にいたロボ…?」
「そう。この中には時空転移の魔法を発動する為の“システムクロノス”とか言う、俺にとってははた迷惑な物が組み込まれていた」
あ…じゃあ、地下で俺が気を失う寸前に、コイツは自爆しようとしたんじゃなくて、その…システムクロノス? とか言うのを発動して俺を時間の流れに落としたのか。
もどきが指をパチンっと鳴らすと、地面に転がっていた鉄屑となったロボが消えて景色が庭園に戻る。下敷きになった草花は、潰れていないどころか折れてすらいない。
「歴史を改竄してしまうような物を残されると、監視しているコッチが困るんだよねぇ…」
少し愚痴りながら、机の上の本を本棚に飛ばして戻す。
1度俺も頭の中を整理する。
突然色んな情報を頭に入れ過ぎた。一旦落ち着こう。
まず第一に俺自身の事。あの偽物が俺の体だってんなら、さっさと取り返さないとならない。一緒に居るカグに関しても同じだ。いや、カグに関してはもっと状況が悪い。俺の体に入ってる“誰か”は、カグを大事にしているようには見えなかった。取り返しがつかない事になる前に取り戻す必要がある。
勿論ロイド君に体を返す事も忘れちゃいけない。けど、俺の体が生きているなら、どちらにせよ体取り戻すまで待って貰った方が良いかな…。いや、そこら辺を考えるのは後にしよう…どうせまだ、俺の精神をこの体から引き剥がす方法もみつかってねえし、今考えても、取らぬ狸のなんとやらだ。
1週目の世界…魔神の力で終わったって言ってたけど……詳しく聞いといた方が良いのかな? 歴史が変わったって言っても、その終わりが今の世界に降りかからない保証はないし。
「なあ、1週目の世界って、具体的にはどんな終わりだったんだ?」
「黙秘」
え? 何で?
ちょくちょく話を濁して来たけど、黙秘ってお前……。
「何で喋んねえの?」
「話せば、君の“この先”が変わるから」
この先が変わるって……。
まあでも、例えば「カグが≪白≫の力で世界を滅ぼした」とか言われたら、色々考えて変な行動をとってしまうかもしれない。あくまで、例えば…だが。
もしかして、今まで話濁した部分も同じ理由だろうか?
「それはつまり、知らないまま行動すれば、世界の終わりは回避できるって事か?」
「………君自身はどう思うんだい? その問いに対してYESなのかNOなのか」
「そんなん分かんねえよ。俺は、その場その場で正しい行動するだけだし」
「ふーん」
話しをしながら、何度か俺に向けて来た何かを見定めるような視線。
この視線を向けられると、妙に居心地が悪い。
何と言うか……背中に冷たい物が滑り落ちるような…心臓に刃を向けられているような…危険を感じる視線と言うか…。
「君は、あの世界の存続を願うかい?」
「は? 当たり前だろ?」
「君にとっては本来関係の無い世界だ。例え見捨てても誰も君を責めないよ?」
「人がどう思うかは知らんよ。でも、俺はあの世界で色んな人に世話になった。見捨てるなんて選択肢、俺には始めからねえよ」
思いあがりかも知れない。でも、俺があの世界の終わりを回避する為に、何か出来る事はあると思う。魔神の力が世界を終わりに導くのだとしても、それを世界を生かす為に使う。
だって―――俺が…俺“達”が振るう≪赤≫は、その為の力だから!
「ふむ、なるほど」
納得したように頷くとスクッと立ち上がる。
「では―――」
音も無く、庭園の風景が砕け散った。
何が起きたのか理解出来ずに、椅子が消えて地面に転がる。
「っつ…」
顔を上げれば、そこは最初にここに足を踏み入れた時と同じ、どこまでも白の続く無限の空間が広がっていた。
俺の認識していた庭園の風景を、無理矢理引き剥がされた!?
「いきなり何を…!?」
神様もどきの顔から表情が消えていた。
いや、違う、そこはどうでも良い!! 問題なのは……
――― なんだ、この気配…!?
今まで出会った何者とも違う、荒々しさが欠片もなく、穏やかな波のような、雲1つない青空のような……それはまるで……本物の神のような―――!!
「では―――君はここで消えたまえ」
「は…?」
コイツと戦う。
そう思っただけで、恐ろしさで足が震えた。
言葉では表現できない程の恐怖心を体が感じている。今まで散々ヤバい敵と戦って来たが、こんなに逃げ出したいのは初めてだ…。
目の前の存在は、強さがヤバいとか、そう言うレベルの相手じゃない。人が…生物が逆らう事を許されないと感じてしまうような神聖な存在……つまりは、コイツがガチの神様に等しい存在って事かよ…!?
何にしても、戦うのはマズイ…だって、勝てる気がしねえ…。
俺の不安を察したように、一冊の本を手元に呼び寄せながら神様もどきが口を開く。
「心配しなくても良いよ。戦うのは俺じゃない」
無表情にページを捲ると、本から赤い光が滴のように地面に零れ落ちる。
「君に最後を与えるのは―――」
地面に落ちた赤い光が、人の形になる。
その姿は…とても良く見慣れた―――
「君自身だ」
――― ロイド君の姿だった
銀色の髪の小さな体。
でも、その手には深紅の剣…ヴァーミリオンが握られ、着ているのは赤いパーカー。って事は、これはロイド君ではなく、“アーク”だ。
「……何コレ? コピー人間?」
「歴史の中から引っ張り出した君自身だよ。ここに来る直前の過去の姿だから、能力値は君と全く同じだ」
「俺の過去の姿って事は…攻撃すると今の俺が傷付くとか、そんなオチじゃねえよな…?」
「そんな事が出来たら面白いけどね? この過去の君は、歴史の記録から作り出した幻影さ。倒しても問題ないよ、倒せるならね?」
カチンときた。
どの道、ここは時間の果てだか墓場だかだ。逃げ道はどこにもない。
だったら、やってやろうじゃねえか! 俺自身だろうが、勝って切り抜けるしかねえよ!
「では、存分に自分自身と殺し合いたまえ―――」