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9-4 もう一度あの時へ

 本の光に閉じていた目を開くと、そこには俺にとっての日常の風景が広がっていた。

 アスファルトの道路。

 高層ビル。

 コンビニ。

 ファミレス。

 忙しなく行き交う車。

 紛れも無く、元の世界―――。

 さっきまでの綺麗な庭園はいったい何処に行ったのやら……いや、それよりも…!


「戻って来た…?」

「まさか」


 と、隣には不自然に体の浮いている神様もどき。


「いや、でも、ここ俺の居た世界だよな?」

「正確には、君の居た世界の記録の中の一部」

「……うん?」

「……まあ、歴史の書かれてる本の中に入ったと思って貰えれば間違いじゃないと思う」


 本の中ねえ。

 なんかもう何でもありだなコイツは…。まあ、そりゃ魔法だのなんだのでアッチの世界でもあんま変わらんかったか。


「で、その本の中で何すんの?」

「言ったでしょ? 君の歴史を見せるって」

「俺の歴史と言われても……」

「この時間、この場所は君の原点だ」


 俺の原点?

 生まれた時…じゃねえよな? 風景が完全につい最近の物だし。

 ………あれ? ……いや、ここって…!?


「俺が事故った場所!?」

「正解。“アーク”の原点はその事故だ」


 そんな話をしている間に、歩道の先に良く知った2人が歩いて来た。

 カグと俺…。

 ああ、懐かしい……って言うのも変か? 俺等2人が一緒に居る姿を客観的に見るなんて、妖精の森で初めて経験したし…。

 でも…この風景の中に……日常の中に俺の姿がある事が、ただそれだけの事がひどく安心する。

 歩道を歩く俺とカグは、他愛ない話をしながら、いつも通りに学校からの帰り道を進む。あそこのラーメンが美味いだの、ウチのクラス委員長が隣のクラスの佐藤をフッただの、特に意味も無いいつも通りの会話。

 でも、もうすぐ………その日常が終わる。


 俺達から視線を外し、その更に向こう側の車道に目を向ける。

 走って来る青いトラック。

 運転席には―――もうすぐこの世界から居なくなる明弘さん。ルディエで見た時のような勇者としてのオーラはなく、作業服姿のどこにでもいる若者の1人。

 当たり前だ。トラックに乗っているのは勇者アキヒロではなく、ただの渡部明弘なのだから。


「そろそろだよ」

「……知ってる」


 ラーメン屋の電光掲示板に表示されていた時計が、15:36に変わる。

 歩道の俺がスマフォで時間を確認すると同時に、その背後に迫っていたトラックの運転席で、転移の光に包まれて明弘さんが頭を押さえてよろめく。ハンドルから力が抜け、トラックが大きく横に逸れてガードレールに当たる。慌てて軌道修正をしようと明弘さんがハンドルを切った次の瞬間、運転席から姿が消える。


――― 異世界に勇者が召喚された。


 その場に残ったのは、スピードの緩まっていない運転手の居ないトラック。

 自分でも無意識に強く胸の辺りを握り締める。

 ………あの瞬間が来る。

 あの時感じた事故の恐ろしさが蘇って来て吐きそうな気分になる。


 無人のトラックの接近に気付いた歩道の俺が、カグを突き飛ばす。

 トラックの進路上に残された俺をトラックが轢き―――


「……ぇ?」


 ガシャンッと爆発に近い音を立てて、トラックがガラス張りのビルに突き刺さる。

 すぐさま悲鳴と怒号が辺りに満ちて、周りに居た人達が騒ぎだす。

 しかし…そんな人達の行動も、凄惨な状態になったトラックも、人々の声も何もかも俺は気にならなかった。だって、今俺はそれどころじゃない物を見たから…。


「なあ…?」

「何かな?」

「今、俺とカグ……消えた?」


 目の前の事故現場には、俺の死体もカグの姿もなかった。

 何故なら、消えたから。

 俺の体がトラックに接触する寸前、棒立ちになった俺と、俺に向かって手を伸ばそうとしていたカグの体が光に呑まれて、その場から文字通り消えた。そう、明弘さんと同じように…。


「そうだね。まあ、消えたんじゃなくて召喚されたんだけど」


 神様もどきが手を上げると景色が暗転し、元通りの自然豊かな庭園に戻る。

 テーブルの上に置かれた本が勝手にパタンと閉じられて、どうやら事故シーンの再生は終わったらしい。


「って事は………俺は……」


 確認するまでもない事を訊かずにはいられなかった。


「…死んでないのか?」

「当たり前でしょ?」


 ……マジかよ…。

 嬉しさはある。死んだと思っていた自分が生きていたら、そりゃあ嬉しい。

 …だけど………。


「実際、君の体と会ったんでしょ?」


 ですよねぇ…。

 やっぱり、カグと一緒に居たアレが俺の体ですよねぇ…。あの魔神を狙ってるはた迷惑な集団の1人っぽいのがそうですよねぇ…。


「いや、待て! 普通に召喚されたんなら、なんで俺だけ精神と体が別々になってんの!?」

「あの事故現場では、2つの召喚術が使用されていた」

「2つ?」


 1つは分かる。明弘さんを呼び出した【勇者召喚】だ。でも、もう1つが分からない…なんだ?


「1つは渡部明弘を対象にした、勇者を召喚する魔法。もう1つが、秋峰かぐやを対象にした“魔神の器”を召喚する魔法」

「なっ!? じゃ、じゃあカグが召喚されたのは巻き込まれたからじゃねえのかっ!?」

「そうだよ。彼女は、1週目でも≪白≫の継承者だったからね」


 ショックを通り越して文句の言葉も出て来ない。


「2つの召喚術が実行され、それぞれが対象にした相手を異世界に呼び込んだ。で、その両方の召喚術に巻き込まれたのが君だ」

「両方……」

「勇者の素質は心に依存し、魔神の素質は肉体に依存する。本来肉体と精神は紐付けされている物だから、どちらかが引っ張られればもう片方もそれに付いて行く。けど、君の場合は2つの召喚術にそれぞれが引っ張られて、結果として体と心が離れてしまった」


 だから、俺の精神はルディエ近くのユグリ村でロイド君に入って、肉体はカグと一緒に飛ばされたのか…。


「いや、ちょっと待って…!? アレが俺の体だとしても、中身の俺がここに居るのに、何で自律行動してんの…?」

「……君、聡い人間かと思ったけど、やっぱり鈍いね? 今の自分の姿を見れば予想付くでしょ?」


 俺の姿?

 改めて自分の姿を見る。元の体より一回り小さいロイド君の体……あっ!?


「別人が入ってんのかっ!?」

「せーかい」


 人の体を勝手に使うなんてふざけてんのかその野郎は!!? ……え? 俺自身はどうなんだって? 俺はロイド君に許し得て借りてますから。

 それに、中身の野郎…人の幼馴染に何してくれてやがったんだ。マジで次エンカウントしたらシバキ殺す。


 それともう1つ、俺が生きていたって事実で心に引っ掛かっている物がある。俺が、明弘さんをその件で責めてしまった事だ……。あの時は本当にいっぱいいっぱいだったから…なんて言い訳にもならない。そんなもんは明弘さんだって同じだ。

 一段落ついたら、明弘さんのお墓に謝りに行かないとだな…。


「誰だよ勝手に人の体に入ってやがるのは!?」

「さあね」


 とぼけた口調。知ってるけど言わないって事か…? 今まで素直に喋ってたのに、何でここで口を噤んだ?

 ……まあ良いや。正直、俺の体を使ってるのが何処の誰かはどうでも良い。

 何故なら、誰であろうと殴り倒すから。

 相手が俺の体で良かった事が1つだけある。他人を殴ったら暴行罪だが、自分を殴るなら何の躊躇いも要らない。


「……」

「………なんだよジッと見て?」


 気持ち悪い。とは流石に言えないが…。


「いや、待ってても一向に訊いて来ないなあと思って…」

「何を?」

「何で自分がここに居るのか、ってさ」


 ……ああ。そう言えば肝心な事訊いてなかった。だって、それ以上に気になる話ばっかりするから…。


「じゃあ、何で俺ここに居るの?」

「じゃあって……そんな催促されたから仕方なく訊くような態度で訊かれても…。まあ、良いや…。君がここに居るのは、歴史の干渉者達が残した遺産のせいさ」


 歴史の干渉者―――パンドラを作った人間達のせいか…。とすると、やっぱりあの研究所の地下に居たロボの自爆が関係してるのかしら?


「そう聞いて、何か思い当たる物は?」

「未来の研究所の地下で戦ったロボ」

「正解。その君の戦ったロボは、彼等の計画の最後の手段だったんだろうね?」

「最後の?」

「そっ、彼等が過去に行ったのは君の時間軸で言う600年前。本来なら、そこで世界の終わりに繋がる“芽”を摘み取る予定だったみたいだけど…」


 あえて言葉を濁した。

 でも、言わなくても分かる。結果は失敗だ。だって、世界を終わらせる原因となる魔神の力は1つも欠けずに世界に残っている。


「そして、後に残ったのは、彼等の遺した研究所とそこに眠る物達。ところで君は、彼等の計画にどこまで気付いているのかな?」


 どこまで、と言われても…。色々情報が集まったから、ぼんやりと全体像は見えて来ているような気はするけど…。


「えーっと…その彼等が異世界人の魔神の継承者を世界から排除しようとしていて、パンドラが、俺の戦闘情報を取得する為…そして、俺に情を移させる為の存在だったって事くらいかな…?」

「まあ、大体はあってる。では、その排除の方法は?」

「はぁ?」


 そんなの訊くまでもなく決まってんじゃん?


「そりゃ、殺す事だろ」

「ブー、不正解」


 え? 間違いなの? いや、間違いじゃねえだろ!


「いや、だって実際殺されかけたぜ?」

「まあ、殺そうとした事は事実だろうね? でも、そこが着地点じゃない。何故なら、魔神の継承者が死んでも、魔神の力自体は残って次の継承者を探してしまうから」


 ああ、そっか…。そういや、≪赤≫の先代もとっくに死んでる人だもんな。


「だから彼等は考えた。魔神を完全に世界から排除するにはどうしたら良いのかを…。そして、その答えが―――ここ」


 トントンと指で机を叩く。


「ここ?」

「そう、つまり―――時の川へ魔神を放流してしまえば良い。それが彼等の答えだったのさ」



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