9-3 歴史の話
「明弘さんが…本当の≪赤≫の持ち主?」
渡部明弘さん。
俺にとって、忘れる事なんて出来ない人……そんな事絶対に許されない人。
あっちの世界で、俺を轢いたトラックの運転手だった人。でも、まあそれは明弘さんのせいじゃない。実際には、トラックは無人になっていた訳だし。その件の何が悪かったかと言えば、明弘さんがコッチに呼び出されたタイミングが悪い…と、一応俺も納得して呑み込んでいる。
明弘さんの最後は、今でもたまに夢で見て起きる事があるくらい俺にとっては衝撃的で、トラウマな出来事だった。
「そう」
俺の疑問を、軽く頷いて返す。
そんな軽く返されても、コッチが困惑するんだが…。俺にとっては、かなり重要で…そして…悲しくて、苦しい事実だから。
「じゃあ……じゃあ! 俺は…俺“達”はなんなんだよっ!? なんで、俺達が≪赤≫の継承者になってんだよ!?」
無意識の語気が荒くなってしまった。でも仕方ないだろ…? だって、明弘さんが≪赤≫を持っていたら、あの人があの戦いで死ぬ事はなかったんだ。もし、俺が≪赤≫を横から取ったせいであの結末が訪れたのだとしたら、俺はあのひとの墓前にどれだけ土下座しても足りない。
「うーん…。そりゃあ、君が今経験してるのは、言い方は悪いが“間違った歴史”だからね?」
「間違った歴史……?」
なんだろう。良く分かんねえけど、物凄いダメージを受けている自分が居る。今まで俺がやって来た事が全否定されているような気がするからか?
そんな思いが顔に出ていたのか、溜息混じりに訂正を入れられた。
「すまない、流石に間違った歴史は言葉が悪かった。ん~……そうだな」
顎に手を当てて2秒程悩み、なんとか適当な言葉が見つかったようで、頭の上に電球のエモーションマークを出しそうな笑顔になった。
「2周目」
「2周目?」
「そう、君の経験している歴史は2周目なのさ」
意味不明過ぎて、ちょっとだけ泣きそうだった。そして、神様もどきを一発引っ叩きたかった。もういっそ一回叩いてやろうかしら?
「詳しく説明してくれ…」
「君の世界のゲームにあるだろ? 2周目ってのがさ」
2周目って言えば、あれか? 1度ゲームをクリアしたら、その強さを引き継いで始めからやり直せるって奴。
「強くてニューゲーム的な話?」
「そう、それ。でも、今の歴史の2周目って言うのは、ちょっと意味が違う。バッドエンドで2周目って事さ」
「バッドエンド……?」
悲劇的な終わり。
主人公の死を始めとした、救いの無い話の終わり方を指す言葉。
……そんな言葉を使われると、嫌でも不安になるんだが…。
「1週目は完全に手詰まってしまったから、一旦戻ってやり直し。2周目は手詰まりになるミスをしないように、少しだけ歴史を修正しましょう。って言うのが、君にとっての異世界の話さ」
「一旦戻ってやり直し…?」
意味が分からず聞き返すと、また楽しそうに笑う。コッチが意味分からんって顔する度にするその笑い、いい加減止めて欲しいんだが…。
「君はすでに、“それ”に触れているんだが。気付かないかな?」
そう言われてもなぁ、そんな大層なもんに関わった覚えは……いや、待てよ? 歴史のやり直しって事は、未来から過去に何か…もしくは誰かがタイムスリップしたって事だ。それなら1つ心当たりがある。
「パンドラを作った人間達と、あの研究所…」
「大正解!」
俺が自力で答えに辿り着いた事が嬉しかったのか、満足したようにうんうん、と頷く。
「君がパンドラと呼んでいる機械人形を作った人間達こそが、歴史の修正者でありイレギュラーだ。彼等が過去に行った事により、その後の歴史が変わってしまった」
「いや、でも、あの研究所もその人達も、全部異世界……あ~、この異世界ってのは、俺にとっての元の世界な。…ともかく異世界のものだろ?」
「ああ、そうだね」
緩やかな舞のような綺麗な動作で片手をあげると、ど●でもドアが勝手に開き、本棚の廊下から本が一冊飛んでくる。
神様もどきの手元まで来ると、本の速度が落ちて手の中に収まる。
パラパラとページを捲りながら、言葉を続ける。
「あの世界は1度終わった。これは、比喩的な意味ではなく本当の意味で、だ。だが、その直前に残った力を使って悪足掻きをしたのさ」
「異世界からの召喚…」
「そう言う事。だが、異世界から人を呼んだのは、世界の終わりを回避する為ではない。何故なら、どう足掻いても終わりを回避する事が出来ないところまで行ってしまっていたから」
「だから、過去に?」
「そのようだね? 歴史が集積されていると言っても、あくまで残されているのは起こった事実だけで、その時に誰が何を思っていたかは分からん」
……少し考える。
パンドラを作った人間達が歴史を変える為に過去に行ったのが確定だとすると、彼等…ないし彼女達の行動は全て、世界の終わりを回避する為の物と言う事になる。
パンドラを作った事も、地下のロボを作った事も全てがだ。ではそれらは、何をする為の物だったか?
――― 俺を世界から排除する為だ
より正確に言えば、魔神の継承者の異世界人を、だな。
それに、実際に地雷踏んずけたのは俺だけど、歴史通りだったらそれを踏むのは明弘さんだった。
そこから導き出される答えは……。
「世界を……“1週目”の世界を終わらせたのは、魔神の継承者か…?」
「聡いな」
……マジかよ…。
衝撃と驚きが襲って来た……精神的なダメージがでか過ぎて頭痛がしてきたよ。
「まあ、でも、それは君“達”が気にする事じゃないよ」
「いや、気にするだろ」
「いやいや、本当に君が気にする事じゃないんだよ。だって、1週目の世界には君は居なかったからね?」
「え?」
何度目か分からない聞き返し。
「阿久津良太は異世界に関わらず、ロイドに至っては存在すらしていない。それが1周目の君達さ」
…1週目に俺達は、居なかった?
って事は…今の俺達の状態全てが、歴史を改変した影響の産物って事か?
………それに、阿久津良太は異世界に関わらなかった…か。ずっと心の奥で引っ掛かっていた事もついでにこの神様もどきに訊いてしまおう。
「なあ、変な事訊くけど、俺は阿久津良太…なのか?」
「は?」
今度はアッチが「話を理解出来ない」顔をした。なるほど、確かに自分の話にあんな顔をされると、おかしくなくてもちょっと笑ってしまうかもしれないな。
「どう言う意味かな?」
「いや、そのままの意味だよ」
妖精の森跡地で“阿久津良太”に出会ってからずっと、今こうして思考している自分が阿久津良太であると言う確信が持てなかった。
もしかしたら、自分を阿久津良太と思いこんでいるだけの幻のような存在なんじゃないか? とか、本当はロイド君の想像から生み出された別人格なんじゃないか? とか、色々考えてしまっていた。
問題の解答を先送りにしても、心の奥でずっと「俺は誰だ?」と自分への問い掛けが止む事はなかった。
「何の意図があっての質問かは分からないけど、君は間違いなく阿久津良太だよ?」
「……本当に?」
「君に嘘を吐く理由がない」
そりゃそうだ。
つまり、本当に、俺は阿久津良太…なんだ!
「………良かったぁ……!!」
思わずガッツポーズ!
いや、自分が記憶通りの人間だったって、そんな事普通の人には当たり前なんだろうけどさ。他人様の体を借りていて、“自分の証明”が出来ない俺にとっては、これ程嬉しい事実はない!
いや、ちょっと待った。俺が本当の阿久津良太だとすると、カグと一緒に居るあの俺の姿をしたのはなんだ?
「なあ? 俺の姿をした人間が異世界に居るんだけど、アレは何なのか分かるか?」
「分かるよ。って言うか、アレは“君”だよ」
「俺…?」
「そう、君の体だよ」
「いやいや、俺の体はトラックに轢かれて死んでるぜ?」
俺の言葉を受けて、捲っていた本を閉じて、ジッと俺の何かを見定めるように見つめる。
「何?」
「それじゃあ―――」
もどきの手から本が離れ、フヨフヨと浮き上がって木々の間を抜けて本棚の廊下に戻って行く。それに擦れ違うように、別の本が飛んで来て机の上に落ちる。
「見てみるかい? 君の―――阿久津良太の歴史を」
机の上の本を開くと、光が溢れだし、視界が白く―――…。