9-2 神様もどき
「アンタ神様なの?」
率直に訊いてみた。
すると、薄く笑いながら鼻で笑われた。何その微妙に腹立つ反応…。
「だから、それに限りなく近い存在だってば。人の視点から見たら、本物とどれ程の違いがあるのかは知らないけどね?」
良く分かんないけど、やっぱ、神様なんじゃん?
「まあ、折角来たんだしユックリして行きなよ。言う程歓迎はしてないけど、暇潰しがてら、話し相手くらいにはなってあげるよ」
微妙に棘があんな…この神様もどき。いや、そうじゃなくて!
「悪いけど、あんまりノンビリしてらんないんだ。元居た場所に仲間残して来ちゃったし、パンドラ……えーと、ウチのメイドの容体も気になるし」
「それなら慌てなくても大丈夫。ここでは時間は経過しないから」
「はぃ?」
言われた意味が分からなかった。けっして理解出来なかったのは、俺の頭が悪いからじゃないからねーから。普通の人間が、こんな事を言われたら「意味分からん」ってなるでしょう!
「今、なんて…?」
「時間が経過しないから」
「え…? いやいやいやいやいや、そんな場所ねーだろ!?」
「あるよ? ここに」
トントンっと床を踏んで見せる。
え? マジで?
いや、でも…目の前のコレが、神様…に近い、類似する何かだとすれば、そう言う常識の通じない場所に居るのも頷ける。っつか、逆にそう言う場所に居るのが当たり前だろう。
「何なのここ? あの扉の向こうにクソ程の量の本があったから、てっきり図書館か何かだと思ってたんだけど…」
「今まで過ごした時間、今過ごしている時間、これから過ごす時間。その全てが同時に存在している……異次元かな?」
「異次元……」
異世界に放り出されたと思ったら、次は異次元かよ…。なんなのこの泣きっ面にハチな状況は? やっぱ、俺あの世界の神様に嫌われてるんじゃね?
目の前の金髪も神様の関係者なら、コイツに文句言ったら俺のクレーム、神様の所まで届かねえかな?
「時の集約点。時の果て、または墓場。まあ、呼び方はなんでもどうぞ」
過去と現在と未来が同時に存在しているって……もう意味が分かりませんよね。いや、でも、ちょっと待て…? さっき通路歩いている時に感じた、時間の経過があやふやになる感じ…あの感覚ってここの特異性の影響か?
「ここには、全ての世界の歴史が保存、集積されている。君が扉の先で見た本がそれだ」
「え? あの本って…世界の歴史が書かれてんの?」
読みたい様な読みたくない様な…。
でも、600年前の亜人戦争の話とかは、真面目に読んでみたい。
「書かれているのではなく、あの本が世界の歴史その物なのさ。ああ、それと興味本位で本を開けない方が良いよ? 過剰な情報が頭に流し込まれて、人の体では脳味噌が死ぬ」
うん、絶対に読みたくないな。
「まあ、立ち話もなんだ。とりあえず座って落ち着こうか」
トコトコと少し歩いた所で、“そこに有った椅子”に腰掛ける。
椅子。木で作られた、クッションも付いてないような簡素な椅子。
問題なのは椅子その物ではなく、“いつからそこに有ったか?”だ。
この神様もどきが現れた時と同じ。そこに当たり前のように存在していた物を、俺が認識、知覚する事が出来なかった…!?
「先程、私が“見えた”時にも驚いて居たね?」
「なんなの…それ? 手品?」
俺の問いに、少し困ったように笑い、言葉を選ぶようにユックリと話す。
「目に見えている物が全てとは限らない。同じように音も、匂いも、自分の感じる物が全てとは限らない」
「何の話?」
哲学的な話なら、頭が痛くなるから止めて頂きたい。ええ、本当に。
「目を瞑ってごらん?」
何そのキスの前に言いそうなセリフ。
男に言われても超絶嬉しくないよ。そんなBL展開誰も望んでない……っつうか、俺が嫌過ぎる。そしてロイド君も絶対嫌がってる。と言う訳で、嫌さを顔に全開にして問い返す。
「え? なんで?」
「良いから、早くしなよ」
コッチの嫌そうなに対して、更に露骨な嫌そうな顔で返された。
このまま行くと、結局どっちかが折れるまで終わりそうにない。仕方なく俺が折れる事にした。
本当にここでは時間が経過していないかどうかは分からないけど、無駄な問答で時間潰す理由にはならんからな。
目を瞑る。
「はい、それじゃあ頭の中に美しい庭園を思い浮かべて」
庭園ねえ…。
「暖かい太陽の日差し、美しい草花が生え、鳥達が歌う、そんな庭園だ」
雲1つない綺麗な青空に、輝く太陽。
色とりどりの綺麗な花が辺りに咲き誇り、その間を綺麗な水が静かに流れる。
……あれ? 心なしか、暖かくなったような? それに、なんか草と土の匂いがするような?
「もう目を開けて良いよ」
言われて目を開けると、そこには―――俺が今、頭の中で思い描いた美しい庭園が広がっていた。
体を照らす暖かな太陽に日差し。名も知らない、美しい草花。
さっきまで、確かに真っ白な、空虚な空間が広がっていたのに…。
足元の冷たくて硬い感触が、いつの間にか柔らかい土と草の感触に変わっている。
なんだこれ……? マジで、何がどうなってんだ!?
「どうなってんだ…!?」
本当に目の前で起こった事を理解出来ずに焦る。
「人間の知覚がどれだけいい加減なのか、理解出来たかな?」
若干ドヤ顔で言うのが、嘲笑っているようで腹立つ。
「これ、どんな仕掛けだよ…?」
「人間は見たい物を見たいように見る。まあ、そう言う事さ」
見たい物を見たいように見る? さっきから突然見える様になったのは、俺がそれを見たいと思ったから…?
「じゃあ、頭の中で思い描いた庭園が突然現れたのはどんな理屈だ?」
「それは簡単。この庭園は始めからここにあって、君が無意識にそれを“見て”いたからさ。頭の中の庭園が現れたんじゃなくて、君が見ていた庭園を頭の中で思い描いてたってだけさ」
………なるほど、全然分からん。
「……全然理解されてる気がしないけど、まあ良いや。とりあえず座りなよ」
テーブル挟んだ対面側の木の椅子に俺を促す。
座るのを待って話を再開。
「さて、腰を落ちつけたのは良いけど、何の話をしようか?」
「……じゃあ1つ気になった事があったから訊いて良いか?」
どうぞ、とでも言うように手の平を向けて来る。
「さっき、俺が≪赤≫の継承者だと分かった時に、明弘さんの名前出してただろ? あれは、どう言う意味だ?」
「どう、と言われても困る。別に意味なんて無いよ? ただ―――本当だったら≪赤≫を持っていたのは彼だったって、それだけの話」
「……え?」
「え?」
お互いの顔を、間抜け面で見合わせる。
「どゆ事?」
「そう言う事ですが?」
ちゃんと説明しろや!? 引っ叩くぞテメエ!
明弘さんが本来の≪赤≫の持ち主だったって、どう言う事だよ!? ビックリなんてレベルの話じゃねえぞオルァ!!?
俺の表情と雰囲気で説明が足りてない事を理解したのか、「やれやれ」と溜息混じりに説明を更に続ける。
「本来の歴史…正史では、≪赤≫の継承者になるのは渡部明弘だったんだよ」