9-1 目覚めれば図書館
―――…ぅん……?
目を覚ますと、冷たい床の上だった。
「エホッ、ゲホっ…ぁ~苦しかった」
自分が生きている事を確認して安堵する。
ちゃんと生きてる…よな? まさか、空気抜かれて窒息死させようとしてくるとは思わなかった…。
危ねえ危ねえ…。危うくロイド君の体を、研究所の地下で真空パックされちまうところだったわ。
まあ、とりあえず、生きていたのは良かった。………良かったんだが、
「どこだここ?」
俺が倒れているのは、どこかの施設の通路。いや…施設っつうか、多分図書館か何かだ。だって、通路を挟むように並んだ、数え切れない程の本棚なんて図書館でもなければ有り得ないでしょう?
しかも、この通路……くっそ長っ…。
本棚の通路の奥に扉が見えるのだが、目測で500mくらいねえか? しかも、後ろを振り返ると……通路の終わりが見えなかった。
1本道で分かりやすいのは良いけど……何ここ? どんな構造の建物だよ? 縦長なの?
ともかく、ここに寝ててもしょうがない。
立ち上がって体の調子を確かめる。
腕良し、足良し、痛い場所無し。良し異常な―――
「あれ? ヴァーミリオンがねえっ!?」
腰には鞘だけしか残っておらず、肝心の中身が無い!? あれ? どこ? 床に落ちてたりもしねえよな!?
研究所の地下で気を失った時には確かに手に持ってた筈なのに……どっかで落としたのか……?
いやいやいや、そもそもの話、俺はなんでこんな図書館の中で寝てたんだよ!?
えーっと…落ち付け。冷静に記憶を辿ってみよう。
傷付いたパンドラを直す為に、アイツが元々眠っていた遺跡…っつか研究施設の地下に行った。んで、そこで巨大ロボと戦闘になった。
うん、ヨシ大丈夫。……大丈夫か? ロボとの戦闘は、空気薄くてずっと苦しかったから、内容は良く憶えてねえんだよなあ…。パンドラを助け出して、白雪達の所に転移させたのは憶えてんだけど。
最後どうなったっけ?
何か自爆しそうな雰囲気を出してたような気がするんだけど……こうして俺が無事って事は、自爆じゃなかったのか…それとも自爆プログラムの流れで何かしら不具合が出たのか…。
うん、分かんねぇ。
色々考えるにしても、まずはここがどこか確かめて、俺がここに居る理由を突き止めてからだな。
果ての見えない後ろに向かう気にはなれず、500m先にある扉に向かって歩く。
同じ本棚が延々並んでいるからか、距離感がおかしくなりそう…。
ただ歩くのも何だと思い、本棚に収められた本の背表紙に目を向ける。
“1380”“1381”“1382”。
数字だけが書かれているが、何の数字かは意味不明。一冊手に取って、中身を見てみようかとも思ったが、頭が痛くなるだけな予感がしたので止めて置いた。それに、もし高価な本とかだったら、破いたり汚したりしたら責任とれん。
………
…………
……………
歩きだして、どれだけ時間が経っただろうか?
まだ、3分も経ってないような気もするし、1週間以上も歩き続けているような気もする。
時間の経過を測る感覚が完全に狂ってる。
俺の方がおかしくなっているのか…それとも、この図書館が変なのか…?
迷いながらも足を動かし続けて、ようやく扉に辿り着く。
礼儀として、ノックをするべきかどうか一瞬考えたが、面倒臭いのでそのまま開ける事にした。
扉には、何の装飾もない簡素なドアノブ。
軽く捻ると、何の抵抗もなく開いた。
その扉の先は…
「……白い…」
見渡す限り白かった。
目が痛くなるような混じり気のない白さが、視界を埋め尽くす。……いや、それにしたって白過ぎません? 洗剤のCMで言う「驚きの白さ」って、ここの白さの事じゃね?
それに加えて―――
「……ひっろ…」
白い空間の果てが見えない。
右も左も上も後ろも、どこまでもどこまでも白い床と空間が続いている。
真っ白なキャンバスに黒い絵の具を一滴垂らすように、無駄にだだっ広い白い空間に、俺が通って来た扉だけがポツンと存在している。
え? 何コレ? 普通の場所じゃないとは思ってたけど、ちょっと有り得ないくらい普通から逸脱し過ぎじゃね? 何なのこのドア? どこで●ドアなの?
「なんなんだ、ここは?」
白い床に踏み出そうとして、靴のまま入ったら泥つけちゃんじゃね? と思いなおして靴を脱ぎ、改めて白い床に足を下ろす。
ツルリとしたガラスでも踏んでいるような、硬くて冷たい床の感触。トントンと踏んでみても、床が抜けるような感じはしない。
ペタペタと歩いてみるが、向かう方向が分からない。
何か目標物がある訳でもなく、目印になるような物もない。下手にこのどこ●もドアから離れたら、迷子になりそうだ。
とは言っても、扉の中に戻っても本棚の通路が延々続くだけだし…。本当に何なんだ、ここは?
「おーい! 誰か居ませんかー!」
ダメ元で白い空間に向かって声をかけてみる。
…………うん、やっぱり反応なしか。
どうっすかな、これ…?
なんか、気付くとこんな展開ばっかだな俺は…。理不尽な状況に放り込まれるのには、慣れて来ていたつもりだったが、やっぱりイライラする。どうせ誰も居ないし、開き直って大声出してストレス発散してやろう!
「ふっざけんなああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ふぅ、スッキリした。
「うるっさいなぁ……」
「え?」
今、人の声がした?
気のせい…じゃねえよな?
しかし、辺りを見回してそれらしい人物は見つからない。
「誰だ!?」
一拍待って言葉が返って来た。
「誰だ…は、コッチのセリフなんだが…」
突然、目の前に男が現れた。
いつからそこに!? ………いや、違う! 始めから、目の前に居たのか!? 俺が知覚出来なかったってだけで……!?
「客を呼んだ覚えはないぞ。誰だお前は?」
輝くような短い金色の髪。どこか幼さを残す整った顔立ち。映画俳優にこんな感じの顔の人が居たなぁ…確か、スパイ映画の何かに出てた人だと思うけど……誰だったっけ?
俺がそんなどうでも良い事を思い出そうと黙っている間に、謎の人物が何かを気付いたように俺を指さす。
「お前、もしかして≪赤≫の継承者か?」
「え…?」
何で分かったの!? まだ気付かれる様な物は、何も見せてないんですけど!? っつか、この人当たり前のように≪赤≫って言ったって事は……魔神の事を知ってるのか?
「そうか、なるほど。とすると、お前が“渡部明弘”か?」
「は…? いや、違うけど?」
え? 何? なんでこのタイミングで明弘さんの名前が出てくんの?
俺の否定に「あれ?」と首を傾げて、頭に手を当てて目を瞑って考える姿勢。
「ああ、そうか! 来るのは、アッチじゃ無かったな」
納得のいく答えが見つかったらしく、ポンっと手を打ってうんうんと頷く。
何この人? なんで自分の中だけで話進めてる感じなの?
「とすると、お前はアークの方か?」
「ああ、そうだけど………って、何で名前まで分かんのっ!?」
「分かるよ? 名前だけじゃなく他にも色々ね。君が阿久津良太であり、ロイドでもある事とか」
何だろう…。心の中では真実を見透かされている事に驚いているのに、妙に落ち着いている。
この男の纏っている雰囲気のせいだろうか? 何と言えば良いのか分からないけど…強いて言葉にするなら“神々しい”だろうか。この男には、嘘も偽りも、隠し事も出来ないと思わせる、それこそ神様でも目の前にしている様な気分だ。……まあ、本物の神様になんて会った事ねえけど。
「アンタ…何者なの?」
「うーん…説明に困る質問だな」
視線を泳がせて言葉を探す。
「個であり全である者」
「は?」
「始まりであり終わりである者」
「え? 何言ってんの?」
「さてな? まあ、良く分からんだろうが、そう言う存在だ」
両手を広げて「やれやれ」と溜息を吐かれた。
何だろう、若干馬鹿にされた…ってか、呆れられた? 大体なんだよ、個であり全とか、始まりだの終わりだの、そりゃあまるで………まるで…。
俺がその答えに辿り着いた事に気付いたのか、男が薄く笑う。
「そうだな。多分、今、君が考えた存在に、限りなく近い者だと思うよ?」
ああ、そうか。
つまりこの男は、アレか?
――― 神様なのか?