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8-34 神の理

 アークの変化に全員が気付く。…いや、元々気付いてはいたのだ。ただ、その変化への認識が致命的に甘かったと言うだけで。

 唯一何の驚きも感じていないのが“阿久津良太”だった。

 どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら、後ろに立っていた隻眼のブランゼに命令を出す。


「≪青≫を回収して退くぞ」

「はっ、ご命令とあれば。しかし、宜しいのですか?」

「≪赤≫を放置する事か?」

「畏れながら、あの力…放置するには危険かと」

「そうだな? もしかしたら後々邪魔な展開になるかもしれんが、今は≪青≫の無事が最優先だ。それに―――」


 良太の浮かべていた笑みが少しだけ大きくなる。


「≪赤≫が強くなる事は、コチラにとってのデメリットばかりではないしな?」

「頭首がそう仰るのでしたら」


 ブランゼが、倒れている水野の周囲の空間を“切り取って”、片腕を失った水野を閉じ込める。


「先に≪青≫を戻します」

「任せる」


 主の返事を聞いて、切り取った空間の中を強制転移させる。中で水野が、腕を失った痛みと、アークに対する怒りを叫び続けていたが、構わずに転移を実行。一瞬にして水野が戦場から離脱し、それに気付いたアークが2人を睨みつける。


「……おい…何勝手に逃げようとしてるんだ?」


 ブランゼを、アークから放たれた嵐のような殺気が襲う。

 同じように良太も殺気に曝されているが、コチラは全く気にした様子も無く、無事に転移した水野を見送っていた。

 アークが2人に向かって踏み出す。

 理由はない。だが、戦いの中で研いたブランゼの直感が告げる。


――― 目を離したら死ぬ


 そしてそれは、この場に留まる事も同じ。


(頭首が転移で離脱する時間を稼がなければ―――)


 その決意と共に、絶対強者の雰囲気を纏った≪赤≫に踏み出そうとすると、後ろから服を引っ張られた。

 何事かと思ったら、何時の間にやら背後に立っていたエルフの少女―――エメルがブランゼの服の裾を掴んで、それ以上離れないように引っ張っていた。そしてもう片方の手には、自由に転移する事が出来る、銀色に輝く1枚の羽根の形をした魔具。

 エメルが服の裾を掴んだのは、「転移するから離れるな」と言う事だったらしい。

 一方向かって来ていたアークには、魔素体となった2人が立ち塞がっていた。


「坊やぁ、悪いんだけどぉ、頭首様には近付けさせないわぁ」

「行くと言うのならば、我等を倒してからにして貰おうか?」


 無言のまま、言われた通りに2人を瞬殺して進もうとしたアークに黒い光が襲いかかる。


――― 竜の息吹(ドラゴンブレス)


 放った相手をいちいち確認するまでも無い。

 顔がへこみ、牙が数本折れた魔竜エグゼルド。憤怒の炎を紫の瞳に宿らせて、有りっ丈の力でエネルギーを吐き出し続ける。

 流石にブレスの直撃は防げないと判断したのか、転移で大きく下がって避ける。その数秒のやり取りの間に、エメルの用意した転移が始まり3人を光が包みこむ。

 転移が始まってしまえば、転移誘導も意味を無さない。

 本来なら転移を追い掛ける事は可能だが…それはあくまで、相手が何の追跡対策もしていなかった場合に限る。

 先程、アークがエメルを炎の檻で捕らえた際に相手の転移を潰してしまった。おそらく、それで相手は警戒をしている。


(これで、無防備に転移をするようなバカな連中であれば楽なんだが…)


 淡い期待を抱いている間に、転移する3人の姿が消え始めた。

 何をしようにももう手遅れだ。倒す事はおろか、追いかける事も出来ない。だが、それでも言うべき事は言っておこうとアークは声を張り上げる。


「おいっ!!!」


 “阿久津良太”を、ロックオンするように指さす。

 視線が交差して、見えない意思と圧力が衝突する。


「カグと俺の体(・・・)は必ず取り戻す! テメエをぶっ倒して、必ずだっ!!」


 それに対して何も言葉を返さず、ただ二ィっと笑いながら、その姿は何処かへ転移した。

 後ろの方でガゼル達が「俺の体…?」と疑問符を飛ばしている気配がしたが、説明は後で纏めてすると決めて、今は無視した。


「頭首様はぁ、これでもぉ大丈夫ねぇ?」

「うむ。我等も―――」


 足止めの殿として残ったエスぺリアとガランジャの2人、そしてエグゼルド。

 先の2人については、アークの事はエグゼルドに押し付けて、さっさとこの場を離れようとしているのは間違いない。

 だが―――


「逃がしはしないさ」


 アークが逃亡を許さない。

 先の3人を取り逃がした事は、自身へ怒りとなってアークの心を焼いていた。だからこそ、今この場にいる者達は絶対に逃がすつもりはなかった。


「先に謝って置く。悪かったな?」

「あらぁん? 何をぉ謝ってるのかしらぁ?」

「決まってるだろ? 今まで手を抜いてて悪かったなって言ったんだよ」


 今までの戦いが手抜きだった―――それを信じられない…信じたくない気持ちが、アークに対して萎えかけていた闘士を再び呼び起こす。

 エスぺリアとガランジャも覚悟を固める。

 この場から逃げるにしても、アークに目を付けられたままでは無理だ。で、あるならば、いっそこの場で叩き潰してしまおう、と。

 元よりこの場には、対≪黒≫戦を想定した、それぞれの最強の手札を持って来ているのだ。多少強くなっていても、未成熟な≪赤≫1人ならば、全力で殺しに行けば勝てない相手ではない。いざとなれば、エグゼルドを盾にすれば良いのだ。


「ふむ。では、これから本気を出すと言うのか?」

「いやぁん、こわぁーい!」


 道化芝居で一瞬の間を作り、まずガランジャが突っ込む。その一歩遅れでエスぺリアが走りだし、自分の体の至る部分を魔素体になる時に取り込んだ魔物に作り変える。

 ガランジャの出刃包丁が、烈風と共に振り下ろされる。


「“烈火の如く―――”」


 アークは目を瞑ったまま、独り言を呟きながらその剣戟をヴァーミリオンで軽々と横にいなす。

 間を置かず、両腕が獣の爪のようになったエスぺリアが斬りかかる。


「“灼熱の如く―――”」


 目を開けずに、片腕の爪を蹴りで弾き、体勢を崩しながら振るわれるもう片方の爪を、ヴァーミリオンで切り裂く。


「チッ―――」「ぬっぐ―――」


 アークの反撃を警戒し、一旦距離を取り直して仕切り直す。

 その間にも、アークは独り言を呟く。


「“世界の全てを赤く染め上げる”」


 そして、目を開ける―――その、深紅に染まった紅玉の目(ルビーアイ)を。

 次の瞬間、アークの全身に赤い紋様が浮かび上がる。


「刻印…?」


 刻印の形を良く知っている者ならば気付いただろうが、それは普段継承者が身に刻んでいる物とは全く別の紋様をしている。


「“我に力を”」


 アークの独り言が終わるや否や、世界が一変した。


――― 音も無く、世界がひび割れた


 世界がガラスで出来ていたのかと勘違いしてしまう程、空にも大地にも森にも、どこを見てもひびが入り、その隙間から赤い光が漏れだしている。

 

「なっ!?」「な、なんなあああっ!!?」「キャアッ! と、父様ーっ!?」


「これはぁ…何かしらぁ…?」

「この力は……いったい…?」


 ひび割れた世界。

 それはまるで、この空間が―――この世界がアークに怯えているような…その存在を抱える事に悲鳴をあげているような……そんな、恐ろしい光景。

 人とは違う精神構造をしていた為か、その場の全員が混乱した中で、エグゼルドだけか憤怒の炎に心を染めながらも、冷静さを辛うじて維持していた。いや、冷静さを維持していたのではなく、今この瞬間に冷静になってしまったのだ。

 何故なら、目の前に居る宿敵である≪赤≫の小僧の気配が一変したから…。


『貴様、何者だ…?』


 考えても正体が掴めなかったので、直球で訊いた。

 それに対して、アークは―――“アークだった”それは答える。



「“我”は≪赤≫」



 全員、心臓が止まりそうになった。

 アークが≪赤≫を名乗ったから―――ではない。その声が余りにも透き通っていて、余りにも神々しかったからだ。

 無条件に跪き、頭を垂れて祈りを捧げてしまいたくなるような、そんな声。



「原初にして究極―――」



 人が……いや、生物がどう足掻いても到達できない領域に立つ者。



「≪赤≫の原初(オリジン)。魔神アーク」



 どんな知恵と知識を持ってしても知りえない者。

 どんな優れた体と能力を持ってしても敵わぬ者。


 人はそれを悪魔、あるいは―――



――― 神と呼ぶ



八通目 神の理、人の理 おわり

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