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8-29 魔神を宿す者

 ルナは、自身は気配の感知に敏感な人間だと自負している。それは、魔神の力が体に馴染み、その力を引き出せるようになるのに従って確かな物となっていった。

 だと言うのに、何故今まで…こうして直接触れるまで気付けなかったのかが分からない。


(巧妙に隠していたのか…?)


 拳を受け止められるその一瞬まで、確かにその気配は普通の人間のそれだった。

 しかし、今この瞬間にルナが感じている目の前の少年の気配は、普段自分の内側に存在する≪黒≫や他の継承者が宿している魔神と似ている……いや、それは、もう、似ていると言うレベルではなく、“同じ”だった。


 だが、同じである訳がない。


 原色の魔神は全部で4柱だけ。

 ルナの≪黒≫。水野の≪青≫。かぐやの≪白≫。そして……アークの≪赤≫。

 4柱全てに宿主が居る以上、今ルナの拳を掴んでいる少年が魔神の継承者である筈がない。

 しかし、1つだけ思い当たる存在がいる。


(いや、だが…まさか…)


「どうした? 顔色が悪いぞ? …とは言っても、仮面越しでは察する事しか出来んがな」


 煽るような事を言うくせに、その口調は優しく…まるで心の底から心配しているような真摯な物だった。

 いつもならば、こう言う時は【心眼】で嘘かどうかを見抜けるのだが、この少年は“視えない”。超級のスキルで心を見せないようにしているのか、それとも……内に居る魔神と同じ気配の“何か”が妨害しているのか。


「貴様…“真なる魔神”か?」


 問われて、良太の口元が微かに緩んで小さく笑う。


「ノーコメント」


 一言で返して、掴んでいた拳をパッと放す。

 手が自由になるや否や、ルナは距離をとる。そのまま近接攻撃で戦う選択肢もあったが、今のやりとりで相手が得体のしれない存在である事を理解して、警戒を最大に、対応を慎重にする。


――― 真なる魔神


 ルナも、それが何なのかは分かっていない。

 各地の伝承や、噂話でそう言う存在が出てくるのだが…ルナは漠然と、だが確信を持って……それが世界のどこかに実際に存在する未知の“何か”だと思っている。そして、魔神と銘打っている以上、継承者の自分にも無関係な存在ではないだろうとも…。

 だからこそ、魔神と同じ気配を放つ者と相対した時、最初に思い浮かんだものがそれだった。


「ふっ…どうやら、俺に触れて何か分かったのかな?」

「お前がまともな人間ではない事は理解した」


 本当はもっと詳しく問いただして正体を突き止めたいところだが、状況と時間がそれを許さない。

 よしんばそれが出来たとしても、正体を聞くのが恐かった。目の前の闇色の髪と瞳の男は、まるで底の無い穴のような…覗き込むと吸い込まれるような危険な感じがする。


「それは結構。では、コチラも触れて気付いた事を問うておこうか?」

「何?」


「お前、魔神に喰われかけているな?」


「っ!?」


(気付かれた―――!?)


 内心で噴き出す冷や汗を、表には出さないように努める。表情は仮面で隠しているが、雰囲気や仕草で気取られないように、自身を理性と冷静さで縛る。

 だが、それも目の前の相手には通じない。


「図星か。……ふっ…あっはっはっはっは! 笑えるよ、お前」


 一頻(ひとしき)り笑い終えると、ルナに興味を無くして背中を向ける。

 その姿を不安に思ったのか、一歩下がって見ていたブランゼが声をかける。


「頭首?」

「お前達で適当に遊んでやれ」


 面倒臭そうに、手をヒラヒラさせて離れて行く。


「御言葉ですが、≪黒≫の相手は我らでは…」

「問題無い」


 即答だった。一瞬の迷いも無い言葉。


「その女は、今見せている力が全部だ」

「は? それは、いったいどう言う…?」

「≪黒≫は、もうまともに魔神の力を使えない、と言っている」


 ブランゼを始めとした配下達の視線が一斉にルナに向く。

 今まで何度も道中で出会って戦った≪黒≫の継承者。1度も勝利と言えるような展開に持ち込めた事はない。勿論、自分達も真の姿である魔素体になって戦った訳ではないが、≪黒≫の方も【魔人化】すら見せた事はない。

 しかし、それは見せなかったのではなく…使えなかった、と頭首は言ったのだ。

 当のルナは何も反論しない。ただ、良太に向ける視線だけが少し鋭くなっている。


「俺への警戒を見せた割に、【魔人化】すらする気配が無いところを見ると、魔神の力の制御がかなり怪しくなっているらしい。とすれば、精々使えても刻印止まり、お前達でもどうにかなるだろう?」


 配下の者達は、主である少年の言葉を疑わない。

 だからこそ、今までの恨みを晴らす機会だと、かつてルナとの戦闘経験のあるエスぺリアとガランジャが目を輝かせる。


「「頭首様! 是非私(我)に!!」」

「勝手にやれ。ただし、目先の敵の始末が優先だ」


 一瞬巨人とピンク髪の視線が交差し、次の瞬間にはガランジャはガゼルを、エスぺリアは真希を仕留めにかかる。

 ガランジャが巨大な足で、まともに動けないガゼルを踏み潰そうと足を振り上げ、エスぺリアが一足飛びで真希に近付いて、真希の口を覆うように手の平で掴む。

 

 ガゼルは回避しようと足を動かしたが、ダメージでまともに歩く事も出来ずに地面に転び、咄嗟に仰向けに体勢を変えて上から襲いかかる巨大な足を両手で受け止める。


「ぐぅっ――――!!?」


 ズンッと凄まじい重さが襲いかかり、全身の骨をへし折られそうになりながらも、両手両足を突っ張って潰されないように耐える。


「ふむ、頑張るではないか?」


 更に加重。

 背中が地面にめり込む程、今出せる力のギリギリまで踏ん張っているが、気を抜くと一瞬で潰されて煎餅状になる事は間違いない。

 この姿勢のままブレスで足を貫く事も考えたが、ブレスを吐く為に息を吸ったら、その一瞬力が抜けて潰される。


 一方真希は息苦しさと格闘していた。

 最高峰の防御魔法である【アースガルズ】の持続時間はまだ切れていない。だから、影の中から出て来た魔物の手で真希が肉体的なダメージを受ける事はない―――のだが、そこへ来てエスぺリアの手だ。

 口と鼻を上手い事塞いで窒息させようとしている。

 抵抗して首を振ろうにも、後頭部を影から出ている魔物の手で押さえられているので、完全にされるがままだ。

 しかも、エスぺリアの腕は白くて細くて、とてもじゃないが荒事をするようには見えない。だと言うのに、他のどの魔物の腕よりも凶悪な力で真希を押さえつける。


「悪いんだけどぉ、さっさとぉ死んでねぇ?」


 新しいおもちゃを前にした子供のように、無邪気な笑顔で真希の口と鼻を押さえて、呼吸の出来ない世界に引き摺り落とす。

 

「んー…んーっ!!」


 いよいよ意識が薄くなり、必死に抵抗を試みるが抜ける事が出来ない。



 フィリスは状況が動いた事を理解し、素早く動く。とは言っても、フィリスの“素早く”は、目の前で睨みを利かせているエメルにとってはスローモーションだ。迷う事無く指の間に挟んで居た極細の針を、音より早くフィリスに向かって投げる。


「―――っ!」


 が、顔を逸らしてそれを避けた。

 針の軌道が見えていた訳ではない。先程「目を狙う」発言をしていたので、右目に絞って先に回避の動作に入っていただけの話だ。もしエメルが左目を狙っていたら、今頃針が顔に突き刺さっていただろう。

 1投目を外した事で、ギリギリ魔法1つ唱えられる余裕が出来た。

 が、予想以上にエメルの反応は早く、すでに2本目が構えられている。


(迷うな!)


「【ソニックブレード】!」


 1番唱え慣れていて、出が早い魔法を放つ。

 それと同時に右肩に鋭い痛み―――深々と突き刺さった細く長い針。

 エメルが本当に狙ったのは首元。フィリスの発動した風の魔法で軌道が歪み、ポイントがズレたのは幸運以外の何物でもなかった。

 風が更に強くなり、投擲武器の軌道を狂わせる。


(よしっ、今のうちに転移で―――!)


「“天よ堕ちよ(フォールダウン)”」


 一瞬、空気の流れがピタッと止んで次の瞬間に襲って来たのは、上空から森の中に吹き込む神の怒りの如き風。

 近くに生えていた木が根こそぎ薙ぎ倒され、フィリス自身も立っている事も出来ずに地面に這いつくばる。


「ぐっ…!?」


 地面に倒れた衝撃で右肩の傷が抉られて血が地面に垂れる。

 目の前には、エメルと―――白い刻印を全身に浮かび上がらせたかぐや。


(くっ…≪白≫までか…!?)


 エメル1人でも手に余ると言うのに、魔神の継承者が加わったらフィリスにはどうしようもない…。




 ルナは、良太の背を追った。


「待て!」


 鬱陶しそうな顔を隠そうともせずに振り向く。横に居たブランゼが良太を護るように1歩踏み出そうとするのを、手をあげて制する。


「何か? コチラとしては君への用事はもう終わったんだが?」

「そちらの事情は知らん。ここで潰させて貰うぞ!」


 いつものルナならば……この少年が目の前に居なければ、ガゼルや真希を助けに行く事を優先したかもしれない。

 だが、直感が告げている。“今を逃せばチャンスは無い”と。

 ガゼル達を助けても、恐らくすぐに戦闘復帰は無理だ。であるならば、敵の戦力が分散している今のうちに潰してしまわなければならない。


「ふぅ…勘弁して欲しいのだがな? 俺は―――」


 言葉を続けようとして、控えていたブランゼが何かに気付いた様な素振りを見せたので、ルナとの会話を中断する。


「どうした…?」

「はっ、どうやら森の中に何者かが侵入したようです。エスぺリアの放った魔物の反応が全て消えました」

「ほぅ…何者だ?」

「ただちに確認して参ります」


 頭を下げて、即座に行動に移そうとしたブランゼだが、主の意識が自分に向いていない事に気付いて止まる。

 いや、目の前に居るルナも…木の上で戦いを見てケラケラ笑っていた水野も…フィリスを風で押さえつけていたかぐやも…その視線は1つの方向に向いていた。


「頭首、いかがされましたか?」

「喜べ。確認に行く手間が省けたようだぞ?」

「は?」


 主や、継承者達の視線を追って気付く。

 誰かが、歩いて来る。

 静かに…ユックリとした足取りで。



「戻って来たか。≪赤≫よ…!」


 誰かが呟いた。



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