8-28 ≪黒≫の戦い
状況は最悪と言っても良い程悪かった。
ガゼルはほぼ戦闘不能。真希は魔法を封じられて捕まり、フィリスはエメルに睨まれて身動きが取れない。
状況は決したと判断し、エメルに代わって良太の横に控えていた隻眼の男…ブランゼが主である良太に報告する。
「頭首、制圧は完了したようです」
「見ていれば分かる事をいちいち言うなよ」
溜息混じりに適当に返す。
暇そうに立つ様子は、目の前の戦闘に全く興味がないらしい。
それもその筈、始める前から結果なんて火を見るより明らかだった。予測出来なかったのは「何分かかるか?」程度の事だ。
「やはりクイーン級と言えど、あの程度か?」
「所詮はただの人や亜人ですので。過度の期待はどうかと…」
「ふん、もっともな話だな」
暇潰しにもならない戦いで、見ていて欠伸が出る。
が、ピクッと何かに反応したと思ったら左側―――森の奥に鋭い視線を向ける。
「頭首? いかがしまし―――」
「来た」
良太の言葉と同時に、視線の先で爆発が起こり木々を薙ぎ倒す。
「ようやくか」
撒き上がった土煙を突き破って、白い仮面を着けた褐色の肌の女が木の幹をトンットンッと飛び移りながら、良太達に向かって走って来る。そして、その後ろを追って来る異形の姿となった≪青≫の水野と、空中を風に乗って滑る≪白≫のかぐや。
「頭首、≪黒≫の誘引に成功しました」
「先程見れば分かる事を言うなと言った」
「申し訳ありません」
ブランゼの謝罪を無視して、向かって来る≪黒≫を出迎えるように前に出る。それを見て、慌ててブランゼもすぐ後ろに付く。
5秒程待つと、≪黒≫が到着して距離をとって立ち止まった。
「待ち侘びたよ。≪黒≫の継承者」
「貴様は? 妖精の森での戦いで割って入った者なのは憶えているが…」
1度言葉を切って、周囲を確認する。
今にも倒れてしまいそうな死にかけのガゼルに襲いかかろうとする巨人型の魔物と、漆黒の鱗の巨竜。
小さなエルフと睨み合うフィリス。
自分の影の中から伸びた無数の魔物の手で拘束されている真希。そして、それを楽しそうに眺めているピンク髪の女。
…ピンク髪の魔物使い。その女に、ルナは何度かエンカウントした事がある。
まだ自分以外の魔神の継承者が居なかった頃、他の魔神の居場所を探していた際に出会って戦闘になった。他にも、大量の武器を背負った大男や、転移術に長けた老人等も見た事がある。
そして先日の妖精の森での戦いで、目の前に居る隻眼と闇色の髪も一緒に居た。
と言う事は、
(コイツ等も、あの魔物使いの女の仲間か)
と言う結論に至る。
しかも、周りから敬意を払われている様子から見るに、どうやら少年の方は上位者らしい。
(≪赤≫が何やら言っていたな…? アレと無関係ではないのか? それに、≪白≫の事を幼馴染とか…)
何やら≪赤≫の周りも複雑な事情っぽいが、それはルナの知った事ではない。
「ふふっ、訊いた割に、すでに答えは分かっている様子じゃないか?」
「色んな場所で、魔神の力を狙う馬鹿者共と何度も戦った。お前はその連中を指揮する立場の人間…と言ったところ…かっ!?」
振り向きざまに、背後に迫っていた氷の剣を土壁で遮って止める。
「ちっ!! 首取り損ねた」
更に舌打ちを重ねながら、異形の姿の水野が、次の攻撃を“溜め”に入る。しかし、それを放つ前に制止がかかる。
「下がっていろよ水野君。気にいらないだろうが、≪黒≫は君にどうこう出来る相手じゃないよ」
「はぁ? うるさいよ御坊ちゃん。言っておくけど、俺は別に君等の仲間になった訳じゃないから? そこ、理解できてるかなぁ?」
良太を見下すように言うと、その配下の者達がピクリと反応して水野に向かって殺気を放ち始める。
自分達の主への無礼な言葉を許せる程、ブランゼ達はあまい者達ではない。当の主に「水野を傷付けるな」と厳命されているから皆堪えているが、そうでなければ全員がかりで水野を肉片になるまで殺し続けただろう。、
「それはすまないな。だが、この場は任せてくれるとありがたいんだが?」
「ぁ~、んじゃこの前助けて貰った借りは、これでチャラだ。後は勝手させて貰うからな」
「ああ、それでどうぞ」
話が纏まった。
水野は【魔人化】を解かないまま、手近な木の枝に腰掛けて頬杖をついて待つ姿勢をとる。どうやら、約束通りに≪黒≫との戦いには手を出すつもりはないらしい。以外と律義だった。
「カグ、お前も下がってろ」
「………うん」
良太の言葉を聞いた途端、かぐやの瞳から生気が消えて、意思や感情が見えなくなる。
「……貴様、≪白≫に何をした?」
「それは君には関係のない話だよ」
「関係無くはない」
≪白≫が自分の意思でルナと敵対しているのなら倒す。しかし、自身の意思とは関係なく敵対行動をとらされていたり、破壊行動をさせられているとしたら、それを有無を言わさず倒すのはルナの正義に反する。
「ふふ…どうでも良い事さ?」
「何?」
「今重要なのは、お互いがお互いを邪魔だと思っていると言う一点に尽きる。お前は魔神の力を狙う俺達が邪魔、俺達はそれを邪魔するお前が邪魔、だから排除し合う。小難しい話がしたいなら、俺を倒して聞かせれば良い」
「どうあっても戦いたい…と言う事か?」
「お前に自由に動かれると、下の者が恐がって仕事の効率が落ちるんだよ。ここらで、君には静かになって貰う」
相手が戦う気だと言うのなら、ルナもそれを拒む理由はない。
ガゼルも真希も、すぐにでも助け出さなければマズイ状況なのは間違いない。決着をつけると言うのなら、さっさと終わらせて助けに行きたい。
「お前が戦いやすいようにもう1つ教えておいてやる。組織のトップは俺だ。俺を倒せば、それで組織は瓦解するぞ?」
「そうか、それは良い事を聞いた―――!」
足元の土をスキルで操作して、踏み出す時に押し上げて体を加速させる。瞬き1つする間に10m近く有った距離が詰まる。
【肉体硬化】で右腕を最硬の武器に。
【フィジカルブースト】で肉体能力を限界まで引き上げる。
防御能力特化のクイーン級の魔物の体すら容易く貫く一撃。
上位の感知能力がなければ、速過ぎて知覚すら出来ない拳。
「ふっ―――!!」
その拳を、まるでスローモーションのようにユックリと動かした手で、阿久津良太は静かに受け止めた。
ルナの鉄より硬い拳をガッチリと握りながら、静かに問う。
「まさかとは思うが、俺が普通の人間だと思って舐めているのか?」
「くっ―――!?」
予想外の事態に、拳を引こうとするが良太の手が剥がれない。
「【魔人化】はおろか、刻印さえ使わずに向かって来られるとは心外だよ?」
舐めてかかったつもりはない。
だが、最大級の警戒をしていなかったのも事実。
地形操作で体勢を崩すような事もせずに、一直線に首を取りに行ってしまった自分の早計さを呪った。
なんとか拳を放させようとするうちに、ルナは気付く……いや…
――― 気付いてしまった。
今自分の拳を掴んでいる少年の気配が―――自分達と“似ている”と。
そう似ているのだ、魔神の気配に。