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8-24 混沌に至る

 リューゼは地面に倒れ伏し、地面に血溜まりを作って息絶えた。


「勝った…のか?」

「うん。体の中をメチャメチャに壊したから……」


 本当は死なないギリギリのラインで止める予定だったのだが、リューゼの攻撃が思った以上に強力で、その威力を受けて発動した“破壊”の術式が必要以上のダメージを与えてしまったのである。ある種の反射(リフレクト)ダメージによる自爆に近いかもしれない。

 フィリスに気付かれないように溜息を吐く。

 人を殺すのは何度やっても慣れない。異世界人の真希にとって、人殺しは忌避すべき行為である。

 やらなければならない、と割り切っては居るが、実際に相手を死に至らしめると、心が岩のように重くなって水の中に沈んで行くような錯覚に陥る。

 ましてや、相手が愛すべきショタであったなら、真希の精神的ダメージは計り知れない。


「今の攻撃は…魔法ではないのか?」


 フィリスの疑問は当たり前だ。

 リューゼには魔法は効かない。その上先程フィリスに魔法以外の攻撃法は無いと言ってしまったのだから。


「魔法は魔法よ? でも、魔法の防御や無効化にも引っ掛からない、裏技みたいなやり方なの。その上、神器のページを消費するから、出来れば使いたくない」


 先程使う為に破いたページを見せる。

 消費したページはもう2度と元には戻らない。今のところは白紙(ブランク)ページを使っているから支障はないのだが、それを使い切ったら後は魔法の書かれているページを使い潰して行くしかなくなる。


「それより…」


 パタンっと【楽園の知恵の実(エデンのリンゴ)】を閉じると、先程から爆発音と振動が響いているガゼルとガランジャの戦場に目を向ける。


「あっちの手助けに行きましょう。多分、音から察するに大分苦戦してるみたい」


 その提案に異論はなく、移動時間短縮の為に2人は転移魔法でその場を後にする。

 この時、リューゼの死体を置き去りにしたのは、戦場では当たり前の事である。死体を担いで移動するなんて、それ相応の理由が無い限りバカのする事だ。


 だから……それが間違いであった事を誰が責められようか?


 誰も居なくなって2分程経った頃、音も無く2人の人物が転移して来た。

 1人は闇色の髪と瞳の異世界人。

 もう1人はエルフの少女。

 奇しくも、真希とフィリスと同じ組み合わせの2人組。


「頭首………着きました…」

「御苦労」


 異世界人の少年が鷹揚に頷くと、エルフの少女がペコリと頭を下げる。

 少年―――阿久津良太は静かに倒れているリューゼに近付く。

 外傷も酷いが、内側は更に酷い。“この肉体”はもうダメだ。


「まったく、体を探すのも楽じゃないと言うのに」

「……心中…お察しします」

 

 エルフの少女―――エメルの言葉を無視して、リューゼの亡骸の横に膝をつく。


「さて…」


 なんの躊躇いも無しに、小さな子供の死体の心臓を手刀で貫く。

 体内をグチャグチャと掻き回し、目的の物を見つけてそれを引き抜く。

 真っ赤な血で(ぬめ)りながら輝く、魔晶石―――。


「コアが傷付いて居ないのは、不幸中の幸いか。これならすぐにでも別の体に使えるな」


 エメルに血で汚れた魔晶石を差し出すと、嫌な顔一つせず受け取って大切に布に包んで懐にしまい、少年の手を綺麗に拭う。


「他はどうしている?」

「………ガランジャが…例の竜人(ドラゴノイド)と交戦中…です。エスぺリア…が、逃げた…亜人を追撃、しています。…それと…≪青≫と≪白≫が…≪黒≫と…交戦中」

「ふむ…リューゼも死ぬ前に≪黒≫の呼び込みには成功した、と言う事か」


 今この森には邪魔な者達が揃っている。いや、意図的に呼び込まれている。

 ≪黒≫と竜人…予想外に来てくれたクイーン級の冒険者がもう1人。そして何より…邪魔な亜人達。


「ブランゼは?」

「≪青≫に…張り付いて…居ます……」


 必要ならばすぐに≪青≫を呼び戻す事も、逃がす事も出来る。

 ≪青≫は他の換えの利く者とは違う。唯一無二と言っても良い程の特異性を持った男だ。絶対に死なせる訳にはいかない。

 一応一緒に居る≪白≫に、何かあった時は死んでも盾になるようにはしてあるが、それでも≪黒≫を相手にするのは不安だった。

 ≪黒≫の相手を出来る人間は手札の中に居ない。だからと言って、好き勝手に動かれてはコチラの行動に支障が出る。だからこそ、ここで大人しくさせて置く必要がある。


(やはり、≪黒≫は直接手を下すしかないか…)


「ガランジャの所に行くぞ。ブランゼに≪青≫と≪白≫もコッチに呼ぶように伝えろ」

「はい……」


 さあ、邪魔者の排除を始めよう―――…



*  *  *



 ガゼルとガランジャの戦いは、絶え間ない衝撃と振動の応酬だった。


「はああああああっ!!」


 裂帛の気合と共に、限界の飛行速度からのフェイントで槍を投擲する。

 ドンっと空気の壁を突き破る爆発するような音と共に、周囲に衝撃波が広がり槍が更に加速する。


「むぅんっ!」


 普通の人間には知覚すら出来ないその槍を、後ろにステップしながら短剣で払い落す。

 が、速さへの対応で体勢が崩れたのをガゼルは見逃さない。背中で翼が風を捉え、ロケット噴射でもしたような速度で突っ込む。同時に槍を手元に呼び戻す。


(脳天を抜く!!)


 頭ごと突きで落とすつもりで、速度のままにガランジャの武器の間合いの内側に入る。


「グッ…!」


 攻撃している時には良いが、防御や回避に回ると途端に巨大な体は邪魔になる。武器を捨てて、直接手で対応しようとするのは間合いが近い今の状況ならば仕方無い事だが…。


(それは、無防備過ぎだ―――)


「―――ぜっ!!」


 ガゼルを叩き落とそうと振るわれた腕を槍で貫く。

 ドシュッと肉を貫いた感触と共に、貫通した反対側から血の代わりの黒い魔素が噴き出す。


「ぬ…っぐ!?」


 槍の刺さったままの腕を構わず振るってガゼルを間合いの外まで追い出す。だが、ただ後ろに下がってくれる程、ガゼルは甘い相手ではない。

 スゥッと息を吸う動作。

 そして、


「ぅあああああああッ!!」


 竜の息吹(ドラゴンブレス)

 真っ黒な光がガゼルの口から放射され、ガランジャの頭を貫く。

 黒い光に呑まれた頭が衝撃に仰け反りながら、体を構成している魔素を“分解”されて光の中に散って行く。

 頭が7割程消し飛んだところでブレスを吐き終える。


「…ふぅ」


 ブレス後の口の中の異和感に、モゴモゴ舌を動かしながら地面に着地。


「死ん―――」


 頭が半分以上無くなったガランジャの魔素の体は、ゾンビのように首を垂れ下げながら大剣を振るって襲って来た。


「―――でねえか?」

「ふっふ…流石にやるな」


 途端に、シュルシュルと逆再生するようにガランジャの頭が元通りになる。

 魔素体にデフォルトで付与されている【自己再生】のスキル。


「はぁ…回復能力持ちなのか…? こりゃあ、骨が折れそうだ」

「じゃあ、手伝う?」


 いつの間にか、大分離れた場所に真希とフィリスが居た。


「あれ? なんで? 真希達もう終わったの?」

「あの子供はもう倒した」「ショタの扱いなら任せて」


 どうやら、神器狩りの子供はもう倒されたらしい事を理解し、女に遅れる訳には行かん、と気合を入れ直す。


「サポートする?」


 もう1度訊かれて、素直に受ける事にした。

 これが闘技場での決闘だって言うのなら、1対1の勝負に拘ったかもしれないが、ここが戦場で有るのならそんな物に拘る理由は全く無い。むしろ率先して破って行く。


「頼む!」

「分かった」


 真希が何かの支援魔法をガゼルに飛ばそうとした瞬間、凄まじい突風と共に上空から何かが降りて来た。

 とても、大きい…飛行機のような…翼と尻尾のある…漆黒のドラゴン。


「なっ!? ……ま、さか……エグ、ゼルド……?」


 フィリスが足と声を震わせる。

 目の前に降り立った黒竜が、森とエルフに恐怖を刻み込んだのはつい最近の話だ。


(どう、して…!? アーク様が倒したんじゃ……?)


 どんなに押さえつけようとしても、心の根っ子の部分にまで刻み込まれた恐怖心がフィリスの体を強張らせる。アークがこの場に居れば、また違う反応を出来たかもしれないが、今の状況では無理だった。



*  *  *



 同時刻。

 誰にも気付かれる事も無く、1人の男がエルフ達が住まう森へと足を踏み入れる。

 無言のまま男は土と苔と草を踏みしめて歩く。

 裸足の足が地面に触れるたび、ジュッと音を立てて地面が焼け焦げ、小さな足型のスタンプを押したように黒い足跡が残る。


 黒い足跡は、焦げ臭い匂いを残して森の奥へと真っ直ぐ向かって行く―――…。



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