8-18 頑張るエルフ
真希が水の球に閉じ込められ、水中で渦に遊ばれながら苦しんでいる。
ガゼルは道を塞ぐガランジャを、何とかかわして助けに行こうとしているがそれを易々と許す甘い相手ではない。
ガランジャは攻める手を一旦緩めて、完全に睨み合いに持ち込む気満々である。攻撃を再開するのは真希が死んだのを確認してからだ。
かと言って、魔法を封じられている真希自身の力での脱出は絶望的。
場を動かせる人間が居ない事を理解したフィリスは、自分が真希を助けに行こうと決意する。
人間を助けるのは亜人としては色々複雑な思いがあるが、アークと「人間と言う括りで人を見ない」と話した事を思い出す。
亜人にも善人と悪人はいる。人だって同じだ。
少なくても、真希が悪人で無い事はわかる。エルフの里の窮地を助けに来てくれたわけではないが…少なくても、何かあったと心配して転移した相手を追いかけて来るぐらいには善人だ。
だからこそ助けに行く。
それに……
(アーク様がいたら、絶対に助けに走っていた筈だ!)
今ここに居ない、フィリスの胸の真ん中に居続ける小さな銀色の髪の少年の姿を思い浮かべると、自然と足が前に出た。
だが、3歩目を出したところで、動きが鈍る。
――― 水野が手の平を向けていた
視線は水の中に居る真希に固定したままだ。手の平から何か攻撃をしたわけでもない。ただ、手を向けられただけ。
だが、その手が言っている
――― それ以上近付いたら殺すぞ、と。
死の恐怖がフィリスの足を掴んで、鎖のように地面に縫い止めようとする。
フィリスと水野……≪青≫の継承者の力の差は圧倒的だ。1対1で戦えば、間違いなく瞬殺されるだろう。
震えそうになる手と足を必死に押さえる。1度足を止めたら、きっともう恐怖で足が動かなくなる。
チャンスは1回。
失敗すれば、その瞬間に自分と真希の死が確定する。そして残ったガゼルも2人がかりでやられてしまうだろう。
戦う者が居なくなれば、亜人狩りの水野は里の亜人―――今頃は逃げ出していると思うが―――に襲いかかるのは間違いない。
覚悟を決めるように動きの鈍る足を強く踏み出す。
思い出すのは、銀色の髪の少年の背中。
(迷うな! 行け!!)
一気に加速して走り出す。
「邪魔クセエよ耳長族」
フィリスを見ようともせず、吐き捨てる様に言って手の平の周囲に野球ボール程の氷の塊を複数作り出す。
ピンっと指を弾くと、氷の塊が銃の弾丸の如く一斉に撃ち出されてフィリスを襲う。だが、氷の弾丸の恐ろしさはここからだ。10m程進んだ所で氷が弾け、散弾となって攻撃が点から面に切り替わる。
避けるスペースは無い。
氷の粒1つでも、フィリスの体を貫通する威力がある。
だが、フィリスには速過ぎて、どんな攻撃をされたのかすら分からなかった。ただ、何かしら攻撃をして来た事だけは理解出来た。
(それで、十分だ!)
フィリスにとって重要なのは、個体を狙う攻撃なのか、周囲を巻き込むタイプの範囲攻撃なのか、それだけだ。
もし、冷気を周囲に撒き散らす例の攻撃をされたらアウトだった。だが、水野は完全にフィリスを舐めてかかっているので、そんな相手に広範囲攻撃をいちいち使う可能性は低いと踏んだのが正解だった。
「【短距離転移魔法】!!」
「ぁあ…!?」
転移魔法で氷の弾丸の射線から逃げる。転移したのは、真希の囚われている水球の真上。
ここでようやく水野がフィリスの居た方向に目を向け、避けられた事に不快気な声を出す。だがそこにすでにフィリスはいない。
空中で姿勢制御も碌にせず水球に片手を突っ込む。凄まじい水流がフィリスの手を絡み取って水の中に引き摺りこもうとする。
が、引っ張り込まれるよりもフィリスの転移魔法のディレイが解ける方が早い。
「くぅ…」
水の中で誰かが腕を掴んで引っ張っているような錯覚をする程引く力が強い。空中ではふんばりも利かない。この魔法1つで救出できなければ、自分もこの水で溺れ死にだ。
「【サイクロン】!」
水流を無茶苦茶に掻き乱す空気の流れを、無理矢理水の中に生み出す。
水の中にいる真希にもダメージを与えかねない方法だが、先程の真希と水野の戦いで容易に攻撃を防いでいた事を思い出せば、恐らく真希はフィリスも知らないような高ランクの防御魔法を常時発動している。だから、自分の魔法程度ではダメージは受けないだろうと踏んだ。そうでなかったとしても、溺れ死ぬよりは死なない程度に切り傷を付けられる方がマシだろう。
フィリスの狙い通り、本来ならば竜巻を起こす【サイクロン】の力によって、水球は膨れ上がり、水野の支配力を離れて破裂した。
水を大量に飲んでしまって意識が朦朧としている真希の体を抱えて着地。
(上手く行った!)
嬉しさと達成感が体を満たす。
しかし、それは一瞬―――
「図に乗んなよ?」
ゾワリとした、針で刺されたような鋭く息苦しさを感じる気配。森の中で、強力な魔物が向けて来る殺気に良く似た―――怒り。
水野の動きを見逃さないように、視線を向けた時にはすでに手遅れだった。
「フィリスちゃん、逃げろっ!!」
ガゼルの声が遠くの出来事のように耳の奥で響き、それを追い越すかのように、目の前に転移した水野の振るった氷の剣が眼前に迫っていた。
「あ………」
あまりにも早く、あまりにも当たり前の事のように振るわれたそれを、避ける術も防ぐ術もない。
ディレイで魔法は使えない。腕の中の真希は意識朦朧で対処出来る状態じゃない。ガゼルは位置が遠過ぎるし、ガランジャが邪魔過ぎる。
フィリスの身体能力だけでこの攻撃を捌くのは、ほぼ不可能。
99%死の約束された攻撃。
「面白おかしく、真っ二つになりな!」
「っ!!?」
振り抜かれる剣。
しかし、黒い影が突然それを阻むように現れた。
その黒い影は、落ちていた石を拾うかのような自然な動作で氷の剣を指で掴んで止める。
「なんだテメェ……いや、なんだ? お前、俺と同じ魔神憑き…か?」
99%の確定していた死を、残りの1%が遠避ける―――
「ふむ…。そうか、そう言えばあの時は貴様は気を失っていたから私を見ていないのか?」
≪黒≫の継承者が現れると言う、奇跡的な可能性によって―――…。