8-16 魔法使い
「魔法使いか…?」
本を片手魔法を唱えた真希を見て、水野はそう判断した。
そもそも、動き辛い浴衣姿な時点で近接戦闘が苦手なのは当たり前だが、自分の放った冷気を軽々と吹き飛ばすレベルの魔法を操る時点で、魔法特化の人間である事が確定した。
だとすれば、水野にとって真希は全く脅威の対象にはならない。
【マジックキャンセル】によって体が守られている以上、魔法使いは良いカモだ。
「くっくっく…それじゃあ、異世界人同士で仲良くやろうか?」
「構わんよ私は」
水野が魔法を無効にするスキルを持っている事なんて知る由もない真希は迷う事無く受ける。
それに慌てたのは、水野の力を知っているガゼルだ。
「マキ待て! そいつとは俺が戦う!」
2人の間に飛びこもうとしたガゼルの前に、幽霊のようにヌッと巨体が両手に剣を構えて立ち塞がる。
「お前の相手は我だ」
「…邪魔しないで欲しいんだがね?」
「我等にとっての邪魔は貴様の方だが?」
目の前の男を無視して真希の元に行きたいが、それを許してくれる程あまい相手ではない。【竜人化】と言う切り札も、真希が現れた事で使い辛くなってしまった。真希の助けとしての最後頼みの綱はフィリスだが、真希と同じ魔法特化のようなので望みは薄い。
「アッチも相手が決まったようだし、始めようか?」
「律義に開始に合図なんて要らんぞ? さっさと始めるといい」
水野の本来の目的はガゼルとアークの2人であったが、今はそれ以上に異世界人を殺せる事の方に興味を引かれていた。アークも異世界人は異世界人だが、見た目が外人なのでそう言う感覚は薄かった。やはり、自分と同じ色の髪と瞳の相手は感じが違う。
「そうか、では―――死ねっ!!」
一足飛びに転移で真希の目の前に現れ、その首目掛けて氷の剣を振る。
真希は今回も動かない。
転移魔法以外での転移に虚を突かれた。そう水野は判断し、笑顔のまま無慈悲に首を跳ね飛ばす。
が―――
「なっ!?」
「もう少し攻撃を工夫したらどうだ?」
真希の首が空中を舞う事はなかった。
それどころか、首に刃が届いてすらいなかった。
「魔法使いが、自身の体を魔法で守っていない訳がないだろう?」
「はっ、そりゃそうだ」
軽口で返しはしたが、少々驚いていた。
並みの強化魔法や防御魔法ならば、それごと両断出来る力で剣を振っていたからだ。
魔法使いとしての格を上方修正する必要がある。
「【フレイムボルト】」
独りでに開いた本から炎の矢が放たれる。
「フンっ」
今度は水野が相手の攻撃をノーガードで受ける。
いや、コチラも受けていない。放たれた炎が水野の体に触れる直前で四散して消えている。
それを見て真希が「おや?」と眉をひそめる。
「【シャドウランサー】」
ページが5枚程捲られて、魔法が発動する。
水野の足元―――影の中から真っ黒な槍が針山の如く突き出される。しかし、今度も水野の体には届かず、触れるか否かの所で影の槍が砕けて四散する。
「魔法無効…か?」
「大当たり!」
笑い声と同時に、先程の炎のお返しとばかりに水野の手の平から放たれる氷の矢。
「【カウンターフレア】」
【エデンのリンゴ】から見えない“何か”が放たれ、目の前に迫っていた氷の矢が弾け飛び、氷を固めていた力を熱エネルギーに変換して撃ち返す。
その炎を鬱陶しそうに手で払って打ち消した。
「へぇ? 面白い魔法使うじゃねえの?」
「古代に滅びたディブレアとか言う国に封じられている魔法だそうだ。今の時代では使い手のいないカビの生えた魔法だよ」
と得意げに語った真希だったが、それは全部【エデンのリンゴ】に書かれていた事だ。
「ふーん…随分魔法の知識が広いみたいなじゃないか?」
水野が気になっているのはそれだけではない。
魔法を発動する時に、勝手にページを開く手元の本が謎だが、それ以上に謎な事がある。それは、真希が魔法を使っている事だ。
前提の話として、異世界人は漏れなく全員魔法を使えない。これは、才能や血筋の話では無く、魔素の無い世界で生まれた為に、体の中で魔素を魔力に変換する力がないからだ。
実際、水野は魔法を使えない。
つい最近助けられた組織の中に居た、≪白≫の継承者の女も使えないし、組織のトップ(?)らしい少年も使えなかった。
アークも戦った時には魔法を使う気配は全くなかったので、おそらく使えないとみて間違いないだろう。
では、目の前の女はなんなのか?
造作も無く魔法を振り回す姿は、コチラの世界の自称魔法使いなんぞよりよっぽど様になっている……と言うか、実際魔法使いとしての格は桁違いだろう。
(それに、気になる事はまだある…)
まず、魔法の詠唱をしている様子がない。そして、魔法を放った後にディレイを食らっている不自然な間がない。
色々情報を纏めてみると「本当に使っているのは魔法か?」と言う気分になる。
だが、真希が使っているのが魔法である事は、【マジックキャンセル】で無効に出来る事が証明している。
「ふむ、そうだな? 魔法の知識は人に負けない自信はある」
「そうか。だが―――」
ドンっと凍った土と氷の粒を撒きあがらせて突っ込む。
遠距離攻撃は、防御魔法で防がれると判断したからだ。だが、近接攻撃ならば、防御魔法も攻撃魔法も全て無視出来る。
「殴り合いじゃあ、意味ねえけどなぁっ!!」
目にも止まらぬ早業で斬撃を浴びせる。が、魔法の防御が邪魔で届かない。
ここまでは想定通り。
氷の剣の攻撃は魔法で防げても、水野の体を使う直接打撃は防ぐ事は出来ない。
剣を振る動作から、体を半回転させて蹴りを放つ。
「ミンチになれ!」
普通の人間なら、間違いなく吹き飛ぶだけでは済まず、骨は砕かれて内臓は処置不能なほどグチャグチャにする必殺の蹴り。
その蹴りが真近に迫っても、真希は動かない。
水野の速度に目が付いて行けなかった訳ではない。ちゃんと視線は蹴りを捉えている。
それでも尚動かないのは、諦めたから―――ではない。
「!?」
蹴りが見えない壁に阻まれた。
「なるほど、流石に【アースガルズ】までは無効に出来ないか」
「なんだこれは!?」
必殺だと思っていた攻撃を防がれ驚愕する水野を無視して、真希はカウンターの一手を打つ。
「では、これはどうかな? 【クリムゾンハート】」
巻き起こる炎―――渦を撒き、真希を中心として竜巻のように周囲にばら撒かれる深紅の火炎。
炎の直撃を受けた水野が、咄嗟に張った水の膜に守られながら転移で距離を取る。
「なん、だ…?」
服からは黒い煙があがり、露出していた腕や足は軽度だが火傷を負っている。
――― 魔法を無効化出来なかった!?
自分の周囲に広がっていた炎を引っ込めた真希は、静かに水野の状態を観察する。
「ふむ…このランクは無効にされないか?」
大体詠唱が30か40工程くらい必要な魔法ならば無効に出来ない。と雑な当たりをつけたが、どうやら勘が当たったようで、内心ホッと一息吐く。
かなり前の話になるが、真希はアステリア王国でブレイブソードと言う国宝を目にした事がある。
その剣には、【マジックキャンセル】と言う魔法を無効にする力が備わっていたらしく、その力を確かめる為に呼ばれた事があったのだ。
その時は色々魔法を剣に撃ち込んでみたが、悉く無効にされて、少しムッとして高ランクの魔法を撃ってみたら剣を黒焦げにしかけた(後に良い感じに魔法で誤魔化したが)。
その経験から、一定以上の魔法は無効に出来ないのでは…、と推測したのだ。