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8-13 獣のような

 金属が擦れるような甲高い音を響かせて、氷の剣と白い槍が斬り結ぶ。

 絶えず足を動かし、位置を交換しながら相手の攻撃を受けて、返す。

 一撃一撃が間違いなく致命傷になりかねない、相手を殺す為の攻撃の応酬。

 そんな最中に、嬉しそうに笑いながら水野が口を開く。


「やっぱり待ってて正解だったなぁ!」

「待ってた?」


 ガゼルが自分の喉を狙って突き出された氷の刺突剣を槍で払いながら聞き返す。


「ああ、そうだな? 折角だし、俺の苦労話を聞いてくれよ?」


 「いやだ」と言っても話し続けそうなので、あえて適当にスル―する事にした。話しに集中してくれれば、一突き出来るかもしれない…と言う算段もある。


「ここに虫…ああ、妖精? の死に損ないが運び込まれてるのは簡単に割り出せたんだよ」


 軽い口調で話す割に攻撃が重く鋭い。

 人の姿をしているとは言え、ガゼルの身体能力のギリギリのところまで力を出さないと受ける事さえ困難なレベルだ。


(コイツ、前に戦った時よりも強くなってないか…?)


 槍の間合いを測り直し、位置取りを変える。だが、それを読んだように、すかさず水野が踏み込んで距離を詰め直す。

 対応の早さと上手さに、ガゼルは舌打ちする。

 前回は初見で、しかもアークの事しか目に入ってなかった水野はガゼルにしてみれば油断だらけだった。

 だが今回は違う。ガゼルの動きを注視し、攻撃を先読みして、無駄の無い動きで先手を打って潰して来る。傍目には油断だらけに見える水野だが、実際に斬り合っているガゼルにしてみれば、その油断は全部演技だ。


「適当に見つけた亜人を嬲り殺しにして、色々情報を吐かせたからこの場所に辿り着くのは簡単だったのさ」


(やっぱり亜人狩りの犯人はコイツか)


 予想通りの事で驚きは全くないが、亜人の1人として心の奥で怒りの炎が燃えるのは止められない。


(落ち付け。本当にコイツを許せないなら、冷静さを失うな!)


 前回よりも手強い相手だ。怒りに呑まれては、勝てる相手にも勝てない。


「けど、もしかしたらここで待ってれば見知った顔が来るんじゃないかと思って、待ってたって訳さ」


 暗にいつでもエルフや、避難している妖精を殺す事が出来たと言っているのが、神経を逆撫でして来る。


(やっぱりコイツは嫌いだぜ…)


「そうそう、お前には報告しておかないとなぁ?」


 一層強い憎しみのこもった重く鋭い斬撃を、加重移動と天才的な槍の軌道で受け流し、間を置かずに蹴りで水野の体を吹き飛ばす。

 距離が空いて、お互いに息を吐いて仕切り直し。


「それで、何の報告だ?」

「お前の槍が俺の寿命を吸い取ってくれたお陰で、【輪廻転生(リインカネーション)】が残り3回しか使えねえんだとさ? ハッハハ、笑えるだろ?」


 言う割に、水野自身の笑いは消えている。

 悲しみと怒りの入り混じった―――獣のような目。

 前回での邂逅の際、ガゼルは水野の事を「世界を笑いながら、実際は自分が笑われている道化」と認識していた。だが、今目の前に居る男はまるで別人だった。

 血走った目で嬉々として刃を振るう姿は、まるで血に飢えた狂戦士(バーサーカー)


(敗北を味わって人格がコロッと変わっちまうのは良くある話だが…コイツもその類なのか?)


 同一人物なのは間違いない、だが、ふとした瞬間に妙な違和感を感じるのだ。

 例えば、笑顔の奥の怒りを見た時。例えば、槍の切り返しから首を狙った攻撃の殺気に。

 普通の人間ならば見逃してしまうような、小さな違和感。それはまるで、水野の人格の裏側に


――― 別の人間が居るような…


 違和感の正体は分からない。

 アークやルナに対しても感じていた、目の前に立った時に「敵にしたくない」と思わせる危険な気配、おそらく魔神のもの……水野の纏っているその気配が大きくなっている。

 

「そおらああああっ!!」


 水野が大きく右手を振ると、冷気の波が周囲に広がり、瞬時に木々を、大地を凍りつかせて氷の世界に作り変える。

 だが、ガゼルの足元だけを避けるように凍っているところをみると、ガゼルを殺すつもりの攻撃ではなく、単に戦闘フィールドを自分に有利になるように作り変えただけらしい。


「はぁっは、冷気の扱いが上手くなっただろ? お前等にやられてから、妙に調子が良いんだよ!」


 凍った大地を滑るように走り出す。

 ガゼルは強く足を踏み出し、地面の氷をヒビを走らせながら動く。槍の間合いに入った瞬間に、踏み込んで来た水野の右足を狙う。

 が、転移で逃げられる―――次の瞬間、ガゼルの頭上に転移した水野が手の平から水の弾丸を降らせる。


「ハチの巣になれ!」

「くっ…!」


 槍を振りに入ってしまっているガゼルに、上から文字通り雨のように降り注ぐ水の弾丸を防ぐ術も避ける術もない。

 ガゼルを守ったのは、戦闘で蚊帳の外に置かれていたフィリス。


「【ハイプロテクション】!!」


 ガゼルの頭の上30cmに不可視の盾が現れ、降り注ぐ弾丸の威力を殺す。


「チッ、邪魔するなよクソエルフがっ!」


 着地するや否や、ガゼルと距離を取り直す。流石に、このままガゼルを攻め倒せると思う程水野も考えなしではない。

 一方フィリスも魔法が通用した事に、内心安堵していた。


(私の魔法も、全く役に立たない訳じゃないな)


 例え水野自身が【マジックキャンセル】で魔法攻撃を無効にしようとも、水野の放つ冷気や水まで魔法が無効にされる訳ではない。

 攻撃に参加する事は出来ないが、防御や回復に行動を絞ってサポートに徹すれば、十分な戦力となる。


「フィリスちゃん、ありがとう。でも、危ないからもう少し離れててね」

「わかった」


 この場の主導権はあくまでガゼルの物だ。正面切って戦っているガゼルが戦いやすいのが1番重要だ。

 氷に足を取られて転びそうになりながら離れるフィリスを視線の片隅で見送って、水野と向き合う。そして、今まで以上に警戒のレベルを上げる。

 水野がフィリスを邪魔と思えば、優先して殺しに行く可能性があるからだ。


(俺が居る前で、何度も女を傷物にはさせねえぜ)


 パンドラの腹をぶち抜かれた光景がフラッシュバックする。


「はっ…良いよ別に、2対1で? ハンデくらいはあげるよ」

「それはどーも」

「けど、それなら俺も少しは力を出して行かないとね?」


 ブワッと魔神の気配が膨れ上がり、ガゼルとフィリスは同時に毛が逆立つような悪寒を感じた。


「“我に力を”」



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