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8-12 リベンジャー

 ヒョイッと腰をずらして枝から飛び降りると、着地の寸前でフワリと体を浮かせて静かに地面に立つ。


「よお、竜の奴? あ、名前忘れた。まあ、良いや」

「男に名前覚えられても嬉しくないから、そのまま忘れたままで良いぜ?」

「そーかい、それじゃあ改めて名前聞く必要はねえな」


 言いながらニヤニヤと楽しそうに水野は絶えず笑っている。

 前と変わらず、人の神経を逆撫でする笑い方をしているが、ガゼルは前にエンカウントした時とは若干纏っている雰囲気の違いが気になった。

 警戒して動かないガゼルの横を通り過ぎて、フィリスの兄が前に出る。


「何者か知らぬが、ここは我等亜人の住まう地だ! 早々に―――」

「ぅっぜえな…」


 水野の笑いが一瞬消えて―――目にも止まらぬ速度で放たれるレーザーのような水の放射。ノーモーションで、普通の人間には知覚する事すら出来なかった一撃が、剣を抜こうとしているエルフに伸びる。

 が、その放水が届くより早く、ガゼルがフィリス兄の服を掴んで後ろに投げて転ばし射線から逃がし、入れ替わる様に踏み込んで水野との間合いを一気に詰める。


「はっはぁ! 格好良いね正義の味方?」


 ガゼルの音速の踏み込みから繰り出された白い槍を、氷の盾―――【冷纏】のスキルで受ける。


「相変わらず容赦ない突きだねぇ? 完全に俺を殺そうとする攻撃だぜ」


 特に驚いた様子もなく、槍の射程から【空間転移】を使って脱出する。


「お前を生かして置く理由が無いんだからしょうがないだろ?」

「ははっ、そりゃあそーだ」


 ケラケラと笑いながら、ベルトに差していた藍色の棒を抜く。

 ≪青≫の継承者の為に用意された神器(オーバーエンド)“インディゴ”。氷の刃を作り出し、自在に武器の形状を変化させる水野の唯一つの武器。

 軽く手元で回されたインディゴに白い冷気が纏わり付き、瞬時に刺突剣の刃を作り出す。


「今回は始めから剣なのか?」

「前回のように舐めてかかって、その槍でぶっ刺されたら堪らないだろぉ?」


 先の戦いでガゼルは、水野の腕、心臓、足を槍で貫いた。そして、槍に宿る【生命吸奪(バイタルドレイン)】のスキルによって、水野の命―――寿命を吸い上げて【輪廻転生(リインカネーション)】を封じた。

 その件を水野が根に持っているのは確実だ。今現在、ガゼルに吹き付ける冷気に乗って叩き付けられる殺気がそれを証明している。


「エホ…ゲホッ、いったい何事だ?」


 先程ガゼルに後ろに投げられたフィリスの兄が、投げられた衝撃に咳き込みながら立ち上がる。


「…兄様、あの黒髪の男が≪青≫の継承者なのです…!」


 忌々しい物を見る目。

 妹の瞳の奥に、煮え滾るような憤怒の炎を見て、兄は背中に冷たい汗が流れた。だが、それも一瞬の事で、自分の役職を思い出して正気に戻る。


「で、では、あの男が妖精の森を!?」

「はい。あの時アーク様とガゼ……竜人様の御力で今一歩のところで追い詰めたのですが、横槍が入って逃げられて……!」


 その横槍が入ったせいでパンドラは腹に穴を開けられた。そして、それを直す為に行った遺跡でアークは姿を消した。

 今も、奴等の逃がした≪青≫が亜人を狩って回り、こうして亜人の領域にズカズカと踏み行って来て……フィリスの怒りは膨れ上がる一方だった。

 そんなフィリスの怒りに負けず劣らず、兄の怒りのボルテージの振り切っていた。


「であれば、今こそが奴を討つ最大の好機…! 亜人の力を、奴に思い知らせて―――!」

「いけません兄様!」

「何故止める!」


 今にも剣を抜いて飛びかかって行きそうな兄を必死に制止する。

 フィリスは前回の戦いを見ているから知っている。兄のレベルで戦いを挑めば、即座に首を落とされる、と。


「口惜しいですが、≪青≫の実力は本物です…! 兄様もアーク様がどれ程の傷を負ってここに戻ったかはご存知でしょう!?」

「くっ……しかし…」

「それに、奴は魔法を無効化するスキルを持っています。私達では……敵とすら認識されないでしょう…」


 フィリスの脳裏に、妖精の森の跡地で≪青≫に向かって怒りに任せて放った魔法が思い出される。

 【カマイタチ】。フィリスの手持ちの魔法の中で2番目に威力の高い魔法。属性は風と切断。

 ドラゴンゾンビとの戦いで、アークが魔素の鎧を剥いだ時にその体を両断した魔法である。

 だが、≪青≫はそれをなんの動作もなく、無防備に食らったにも関わらず無傷だった。

 【マジックキャンセル】。水野持っている魔法に対する絶対の優位性。20工程以上の魔法、および広範囲魔法以外の全てをシャットアウトする魔法使い殺しのスキル。

 

「まさか…魔法を、だと…!?」


 エルフは魔法に長けた種族だ。

 魔法を封じられたと言う事は、羽を捥がれたのと同じ事である。勿論、武器の扱いに長けた者も居るが、他の亜人に比べれば格段に劣る。


「ですが、まだ兄様にはやる事がある筈です!」

「…!?」

「早く、皆を里から逃がして下さい! このまま≪青≫が力を振り回せば、ここら一帯は妖精の森のようになる可能性があります!」

「くっ……分かった。しかし、お前はどうするつもりだ?」


 兄の問い掛けに、妹は先程までの怒りが嘘のような静かな気持ちで言う。


「私はここに残ります」

「なっ!? バカを言うな! 我等が足手纏いだとお前が言ったのだろう!?」

「ですが! それが、≪赤≫の御方にお仕えする事を決めた私のすべき事なのです。≪青≫がアーク様のやり残しであるのなら、どんな結果になろうとも私にはそれを見届ける義務があります」


 どんなに言葉を尽くしても、絶対に揺るがない想い。ここで死ぬ事になっても、梃子でも動かないと言う鉄のような意思。それをフィリスの中に感じ、兄は諦めたように小さく溜息を吐く。


「……分かった。だが、くれぐれも無茶はするなよ? ≪赤≫の御方が戻られた時に、お前が死んだなどと私に報告させないでくれ」

「心得ています」


 最後にフィリスの肩をポンっと叩いて、急ぎ里に居る皆を避難させる為に走って行く。


「白雪よ?」

「……はい」


 ≪青≫の気配を感じてから、ずっとローブの中で小さくなって居た白雪を引っ張り出して、手の平に乗せる。


「お前はパンドラの元に居るんだ」

「わ、わ、私もここに残りますわ!」

「こんなに震えてるだろう…。怯える事は恥ではない、お前はパンドラに付いて守ってやってくれ」


 何かを言い返そうと白雪が口をパクパクと開け閉めするが、結局何も言葉は出て来ず、泣きそうになりながら小さく頷いてフィリスの兄を追い掛けるように飛んで行った。


(さて…これで大丈夫か?)


 白雪の後ろ姿を見送りながら、フィリスは今の自分の行動を思い直し「何をやっているんだ」と少しだけ自棄になった。

 兄に、アークの代わりに見届けると言った言葉は嘘ではない。

 だが、フィリスにはもう1つ別の考え……想いがあった。


(ここで自分が死ぬようなピンチになったら、あの方がヒョッコリと戻って来てくれるのではないだろうか…?)


 確証なんてない。

 ただ、物語の勇者のように、助けを求めれば来てくれるような…そんな気がしただけの、小さな願い。



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