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8-11 亜人を狩る者

「青い悪魔……」


 ローブ姿のエルフ―――フィリスが何かを思い出すように呟き、机の上の白雪が何かに怯える様に纏っている光を一層深い青に変える。

 ガゼルも平静を装っているが、一瞬視線が空中を泳いだのを真希は見逃さなかった。


「知っているようだな?」

「心当たりはある。ギルドの方から、ウチの国の南の森が盛大にやられたって話聞いてないか?」


 思い出すまでもなく記憶に新しい事件だった。

 グレイス共和国の南の大森林が、何者かの手によって潰された。その森は妖精達の住んでいた森でもあり、かなりの被害が出た。

 犯人はガゼルと、もう1人のクイーン級の手によって撃退された。

 これが真希の聞いているその事件の話だ。

 それ以上の詳細は聞いてない。自分から確認に行くような事もしていない。他国の…それも、もう終わった事件をいちいち興味なんて持つような事はない。よしんば持ったとしても、それを調べ始める前に神器狩りの件で忙しくなったので、結局それ以上を真希が知る事はない。


「妖精の住んでいた森が何者かにダメにされた件か?」

「それそれ」


 一応机の上に、その妖精が居るので気を使った言葉選びを心がける。


「犯人はお前と、もう1人のクイーン級で討伐されたのだろう?」

「いや、倒してない…あくまで追い返しただけだ。より正確に言えば、1度は倒したがトドメを刺す前にどこかのアホ共に連れて行かれた、だな? ああ、そうそう、そのもう1人のクイーン級がアークなんだよ」

「なるほど、そう言う繋がりだったか…」


(その犯人の実力を測りかねたか、それとも自分と同等以上と判断したガゼルが、隣の国のクイーン級であるアーク君に応援を頼んだ…と言ったところか)


 ガゼルの戦闘能力は他のクイーン級全員が認めている。純粋な戦闘能力の高さもだが、戦況を見て戦い方を組み直せる冷静さと計算高さも評価が高い。

 それに加え、何か“切り札”を隠しているであろう事はボンヤリとだが勘付いている。流石にそれが“竜人”などと言う予想外の力である事は誰も知らないが…。

 そのガゼルが応援を頼んだと言う事は、犯人の能力はクイーン級の上位…下手すればキング級と判断されたと言う事だ。


「その取り逃がした犯人が、“氷の剣を使う青い悪魔”な訳だ?」

「そう言う事だ。ついでに言っておくと…正体はマキやアークと同じ異世界人だ」

「そうか……同郷の者が、コチラの世界に迷惑をかけていると言うのは、どうにも心苦しいな…」

「そこはマキ達が気にする事じゃないさ。異世界人だって、この世界の人間と同じだろ? まともな人間も居れば、手に負えない奴も居る、それだけの話さ」

「そう言って貰えると助かる」


 だが、誰もがガゼルのような視点で異世界人を見てくれる訳ではない。

 異世界人がこの世界に迷惑をかけているこの状況を知れば、良く思わない人間は大勢いる事だろう。

 そもそも、他国の人間との付き合いにしても大変な壁や溝があるというのに、異世界人なんて普通の人間からすれば違う世界の怪物に見えているのかもしれない。真希にしても、最初の頃はこの世界の人間が恐ろしくて仕方なかったものだ。


(可愛いショタが居なかったら、きっとこの世界には馴染もうとも思わなかったな…やはりショタは偉大だな! うん、間違いない!!)


「で、実際のところどうなんだ? また戦ったら倒せるのか?」


 フィリスと白雪もガゼルを見る。本来ならば2人が第一に頼るのはアークだが、そのアークが現在は行方不明だ。だが、かと言って自分達でどうにか出来るレベルの相手ではない事は間違いない。だからこその、ガゼルへの視線だった。

 ガゼルが皆の視線を受けて一瞬言葉に詰まる。

 答えは、「かなり厳しい」だからだ。

 先日の≪青≫との戦いでの勝利は、アークが居たからこそ勝てたと言って良い。≪青≫の興味がアークに向いて居たからこそ、ガゼルへの注意が薄くなって、その油断を突く事で致命打を与える事が出来た。だが、同じ手は確実に通じないだろう。


「…正直、やってみないと分からないが、かなり分は悪いな」


 亜人2人の顔が曇る。

 女を不安にさせるような事を口にするのはガゼルの本意ではないが、戦いに関しては変に見栄や格好つけをすると自分だけでなく、それ以外も危険にする事を良く知っているのでダメな物はちゃんとダメと言い、出来ない事は出来ないと言う。


「まったく堪らんな? …神器狩りの件だけでもコッチは手一杯だと言うのに…亜人狩りの方はクイーン級冒険者並みの強者だなんて、何かの冗談か?」

「冗談で済ませてくれる相手なら良いんだがねえ…」


 神器狩りも亜人狩りも、どう考えても戦いを回避出来る相手ではない。まして話し合いでどうなる事でもない。

 クイーン級の冒険者2人が、同時に溜息を吐く。

 ここに何も知らない人間が居たら、人類の守護者たるクイーン級の冒険者が2人で暗い顔をして溜息を吐く姿を見て、世界の終わりと勘違いしたかもしれない。

 そんな2人の姿を気にする事も無く、フィリスが口を開く。


「それで、結局アーク様の事は何も分からない…と言う事で良いのか? それならば、私はこれで退席したいのだが?」

「…そうだな…。少なくても、この羊皮紙の魔法は、現状どうしようもないのは確実だな?」

「そうか、では失礼する」


 急いで立ち上がって部屋を出て行くと、机の上に居た白雪が、慌てて蝶のような羽を揺らして後を追った。


「フィリスちゃん急にどうしたんかねえ?」

「エルフの子だろう? 亜人狩りの話を聞いて、家族や仲間が心配になったんじゃないのか?」

「ああ…あっ!?」


 呑気に紅茶に手を伸ばそうとして、次にフィリスが取るであろう行動を予測して、慌ててガゼルも椅子から立ち上がって槍に手を伸ばす。


「すまない、俺もこれで失礼する!」

「なんだ慌ただしいな?」

「また今度ゆっくりお茶しよう」

「さっさと帰れ」


 真希に見送られて屋敷を出ると、玄関脇の通りから死角になる場所でフィリスがすでに転移魔法を唱え始めていた。


「あっ、やっぱり!」

「なんだ来たのか…? 転移に巻き込まれるから離れていろ【長距離転移魔法(ハイポータル)】」

「ちょっと待って、ストップストップ!」


 今にも転移を始めそうな雰囲気を感じて、転移の魔法陣の中に飛びこむ―――…



*  *  *



 転移の先は、深い深い森の中。

 巨大な木々の生い茂る、太古の森を連想させるエルフ達の守る大森林。


「……おい、なぜお前が一緒に居る…?」


 今にもフィリスの手持ちの最大威力の魔法を叩き込みそうな程殺気立っていた。

 その視線を受けて、流石のガゼルも若干焦る。

 そもそも転移を一旦止めようと近付いただけで、飛びこむつもりなんて皆無だったのだから。

 そんな2人の間をパタパタとホバリングしている白雪が不安そうにキョロキョロとしている姿が涙を誘う。


「えー…転移魔法に飛びこんだからです」

「……一応聞くが、ここがどこだか分かるか?」

「詳しい場所までは分からないけど、多分…エルフの集落がある森…です」

「殺すしかないな」

「展開早い!? 待って、一旦落ち着こう!?」


 両手を使って複雑な魔法陣を詠唱し始めたエルフを慌てて止める。


「落ち付けるかっ!!? ここは人間を連れ入れて良い場所ではないんだぞっ!?」


 例外中の例外として、≪赤≫の継承者である事が知られる前のアークが居るが、あの時はドラゴンゾンビと言う圧倒的脅威が目先に迫っていたからの緊急措置だ。


「だったら俺はセーフだろ!? 俺、竜人(ドラゴノイド)だぜ!?」

「人間社会に染まってるからダメだ!!」

「即答!?」


 取り付く島もなかった。

 白雪もオロオロするばかりで仲裁に入る事は出来ず、この場を穏便に収める事が出来る人間は居ない。

 が、横から現れた。


「里の前で騒がしいぞ、どうしたのだ?」

「あ、兄様!?」


 トコトコ近付いて来たのはフィリスの兄であり、アルフェイルの警備隊長。

 フィリスに「何事だ?」と気軽に聞きながらも、見慣れぬ人間のガゼルに警戒の視線を向けている。


「コチラは?」


 フィリス兄の手が腰の剣から離れない。

 ガゼルが少しでも変な行動や言動をしたら、その瞬間に斬りかかって来るのは間違いない。

 実際に斬りつけて、ガゼルに傷を負わせる事が出来るかどうかはまた別の話だが…。

 フィリスとしては、ガゼルを事故(?)とは言え連れて来てしまった事は不本意極りない事だが…それでもガゼルは、アークが「自分のいない時には頼れ」と言っていた人間だ。

 アークの信頼している人間である事を改めて思い出し、仕方なく弁護に回る。


「兄様、この方は先日話したアーク様と共に≪青≫と戦ってくれた竜人様です。アーク様が自分が不在の時には、この方を頼れとの事でしたのでお連れしました」

「なんと、そうであったか! これは、失礼しました」


 慌てて剣から手を放し、アークにするように礼を持って頭を下げる。

 竜人は亜人の中でも最上位と言って良い存在だ。それに加え、亜人の守護者であり“≪赤≫の御方”であるアークが頼れと言ったのなら、礼儀を尽くさない理由がない。

 その姿を見て、ガゼルがフィリスに視線で「助かった」と送ると、「今回だけだ」と冷たく視線で返す。


「それで、竜人様がどのような御用で―――」


「決まってるじゃないか?」


 突然上から声が降って来た。

 空を見上げれば、白く濁る冷気を纏った黒い髪の男が木の枝に腰かけて見下ろしていた。


「奴は―――!?」

「…予感が当たっちまったな…」


 一言ぼやいてガゼルは背中の槍を抜く。


「用件は、俺と戦いに来たんだろ?」


 クスッと歪んだ笑いを浮かべ、≪青≫の魔神の継承者、水野浩也はガゼルに殺気を向けた―――…。



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