8-10 魔法の正体は?
路地裏で話す内容ではなくなったので、真希の自宅に移動。
クイーン級の為にギルドが用意してくれたセーフハウスではなく、真希が自腹で建てた一軒家である。
クイーン級の冒険者は一カ所に定住する事がなく、大抵一週間もすればギルドの依頼で移動しなければならないので、自宅を持っている人間は少ない。実際、現在の9人の中で家を持っているのは真希ともう1人だけだ。
「お邪魔しまーす」
一応礼儀として、帽子で軽く体に付いた埃や土を落としてから家に入るガゼル。
対して、自分の汚れを気にせずズカズカと入って行くローブの女。
人が入って来た気配を感じて、2人のメイドがパタパタと飛ぶように玄関に走って来る。
「「お帰りなさいませマキ様」」
そして揃って頭を下げる。
「ただいま、アノ、イーゼ」
「何か忘れ物でしょうか?」
「それとも、着物の柄が今日の天気に合いませんでしたか?」
2人共どこか不安そうな顔をしている。
先程仕事に出たばかりの主人が帰って来たら、従者としては何かあったのかと不安になるのも当たり前だろう。
「いや、そうじゃない。今日は別にやる事が出来たんだ。アノ、すまないがギルドまで行って都合が悪くなったとマスターに言伝を頼む」
「畏まりました」
言われて即座に外に駆けだして行った。
「イーゼ、客人に何か飲み物を」
「はい。紅茶と緑茶のどちらにしましょうか?」
「紅茶で良い。私には緑茶を頼む」
「畏まりました」
メイドが引っ込むのを見届けてから、客間に2人を案内するその道すがら…。
「なあ? りょくちゃって何?」
「文字通りのグリーンティーだ…まあ、こっちの世界じゃ誰も飲んでないがな?」
紅茶の葉があるのなら、緑茶の葉だって作れるだろう。と真希が思い立ったのは4年前。紅茶の葉を分けて貰って、テレビで見た緑茶の葉の作り方を思い出しながら思考錯誤の末、半年程でようやく美味しく飲める緑茶を淹れる事が出来るようになった時は、感動で泣いてしまった程だった。
適当な雑談をしている間に客間に到着し、「各々勝手に寛げ」と真希に宣言されてガゼルは槍だけ壁に置いて椅子に腰かけ、ローブの女はその姿のまま椅子にかける。
イーゼが紅茶のカップと、異世界には場違いな渋い湯呑みを置いて部屋を去ったところで本題を再開。
「さて、では…お前達の見つけたという手掛かりについて話を聞こうか?」
「おう。とりあえずこれを見てくれ」
丸められていた羊皮紙を机の上に開く。
そこに書かれていたのは見慣れない魔法陣。
「これは?」
「これがその手掛かりだよ」
「何の魔法なのだ?」
「分からん。それを知りたくてマキを訪ねて来た」
「なるほど…そう言う話か」
コチラ側に来て6年以上経つ真希だが、自分が人より秀でていると思える部分は1つしかない。
それが、魔法だ。
魔法の使えない異世界人でありながら、誰よりも魔法の扱いに長けている。それがクイーン級冒険者マキ=イズミヤである。
が、先程魔法の正体が分からない発言をした事が引っ掛かったのか、ローブの女が不安そうに口を開く。
「大丈夫なのか…?」
「問題ない」
即答して、静かに手の平を机に翳す。
「“開け、叡智の扉”」
音も無く、真希の手の平と机の間の空間がねじ曲がり、一冊の黒い本が現れる。
「今のは…なんだ? その本はいったい……?」
「気にすんなフィリスちゃん? マキは自分の神器を人に見られないように普段は隠してるってだけさ」
「あの本が、神器…!?」
「集中するから黙ってて……」
「すいませーん」「すまない…」
2人が口を閉じると、フゥっと大きく息を吐いて意識を羊皮紙の魔法陣に意識を集中する。そして、黒い本の表紙を開く。
「検索開始―――…」
黒い本から真希が手を放すと、本のページがバサバサと高速で勝手に捲られる。
残り100ページ…60…20…2…。
パタンっと裏表紙が閉じられる。
真希が本を手にとって集中を解いたと判断して声をかける。
「で、答えは?」
「……すまないが、分からなかった」
「なっ!? そ、それでは私達はなんの為にここまで―――!」
立ち上がって真希に言葉をぶつけようとしたフィリスのローブを、横に座っていたガゼルが手を伸ばして後ろから引っ張って椅子に戻す。
「マキ、魔法の事で君がただ“分からない”なんて事はないよな?」
「お前も嫌な聞き方をする…。だが、まあそうだな? コレで―――」
自分の手の中の黒い本の形をした神器をポンっと叩く。
「―――分からないって事で、分かる事もある」
「どう言う意味だ?」
「私の神器“楽園の知恵の実”は、世界に存在するほぼ全ての魔法が記されている。個人が作り出した低レベルな魔法までは流石に載っていないけれど、これだけ複雑な術式の魔法なら全てこの本載っていると断言して良い」
「だが…分からなかったと言う事は、その神器には記されていないと言う事だろう…?」
「ああ。だが、それにより少し推測する事は出来る」
一旦言葉を切り、湯呑みを傾けてお茶を喉に流す。
集中するのに若干だが疲れたのか、熱いくらいのお茶が心地よく感じる。
「まず、前提として聞いておくが、この魔法がアーク君を消した原因だと判断したから聞きに来た…つまり、この魔法は“発動した”んだな?」
「それは、間違いない」
とガゼルが真希にならって紅茶のカップを取りながら言う。
「で、あれば…この魔法はすでにこの世界から失われている、と私は判断する」
「あっちぃ! …どう言う意味?」
「過去にこの羊皮紙の魔法が作られたとするだろう? しかし、この魔法を知っている者はすでに死に、記録としても残っていないとすれば、残っていたこの魔法が発動した時点で、この魔法はこの世界には“存在しない”事になる。そうなれば、当然私のエデンのリンゴからも消える」
だから、検索しても引っ掛からなかった。と真希は結論付ける。
ただ、もう1つの可能性として、“これから作られる魔法”と言う事も頭をかすめていた。
(未来に作られた魔法を現代で使う…か。バカバカしい、タイムスリップなんて科学考察でやるような事で、コッチの世界よりも私達の世界でのSF話だろう)
頭を切り替えて、彼等にとっては絶望的とも言える真実を口にする。
「この魔法の正体を探る事は無理…と言うか不可能だ」
ガゼルは困った顔くらいで留めているが、ローブの女は血の気が引いた…今にも倒れそうな顔をしている。そして、何故かローブの下から青い光が漏れている。
(それに何か、お腹の辺りから泣き声が聞こえるような?)
何だろう? と注視していると、ローブの隙間から小さな人形のような顔がピョコッと顔を出し、真希と顔が合うと「しまった!?」と言う顔になって慌てて引っ込む。
小さい人型…光る…。
以上の条件に当て嵌まる亜人を知っている。
「妖精…?」
「あっ、気付いちゃいました?」
とガゼルが気軽に言う。
実際ガゼルは特に隠そうと言う意識はなかった。「見つかったら見つかったで…」くらいの軽い気持ちだった。とは言え、後輩の仲間を預かっているのでそれなりに気は使っているが。
「気付くもなにも、光ってるし…」
「うん、まあ…気付くよな」
真希に気付かれた事に観念したのか、ローブの隙間から「よいしょ」っと青く光るフィギュアのような小さな羽の生えた人型が出て来た。
「可愛い。妖精は初めて見たよ」
「あ、あの! 父様を助ける事はできないんですか!?」
「父様?」
「ああ。この子は白雪ちゃん、アークの奴が名付け親らしい」
なるほど、と素直に納得する。
妖精にとっての名前は、血よりもずっと強い意味合いの繋がりである事は、真希も噂で聞いて居る。
「あの魔法を再現するとか、なんとか出来ないのでしょうか?」
「すまないが、無理だ」
羊皮紙の魔法がもっと単純で簡単な物であったなら、真希の魔法知識とエデンのリンゴの能力を駆使すれば再現は出来る。だが、それをやるには術式が複雑過ぎた。何の用途の魔法なのか分からないのが痛過ぎる。
「で、でもでも…じゃあ、父様は……」
机の上で泣き崩れる妖精を見て、何とかしてやりたいとは真希も思うが、自分の力ではどうしようもないのもまた事実。
「力になれなくてすまないな? だが、君等も今は危ないし、下手に動きまわらない方が良いだろう?」
真希の言葉の意味が分からず、紅茶を飲む手を止めて【龍眼】を発動した視線で真希を見る。
「それは…どう言う意味だ?」
「どう言う意味って…お前もあの話を聞いたから、亜人を自分の近くに置いているんじゃないのか?」
「あの話?」
「なんだ知らないのか? ここ2,3日の間に、各地で亜人が殺されてるって話」
真希が嘘の情報を渡した訳ではないのを確認し、冷静に今の状況を考える。
(神器狩りと並行して、今度は亜人狩りか…? これ以上の面倒は勘弁してくれよ…)
しかし、冷静で居られなかった人間が居た。
ガゼルの隣で座っていたローブの女―――真希の言葉を聞くや否や椅子を倒して立ち上がり…その勢いでローブが捲れた。
「その話は本当か!?」
「長い耳……エルフ?」
「そんな事はどうでも良い! 今の話は本当なのか!?」
「ああ。普通に暮らしている亜人も、奴隷の亜人も関係無く殺して回っているそうだ」
「そ、んな……誰が…!」
「なんでも犯人は―――」
ガゼルは聞くまでもなく、その犯人に心当たりがあった。
何故なら、つい最近妖精を惨殺して回った人間を知っていたから―――。
「氷の剣を振るう青い悪魔だそうだ」