8-8 泉谷真希
プリアネル。
アステリア王国とグレイス共和国の在る中央大陸から西に存在する小さな島国。
国土こそさほど大きくないが、囲まれている海に眠る海洋資源の豊富さと、この国でしか取れないプリアネル鉱石のお陰で国力は大国にも劣らぬ強い国である。
そして、この国の中心である町の大通りを歩く1人の冒険者。
真っ黒な長い髪を後頭部で団子にし、縁の無い眼鏡をした浴衣姿で歩く女。
泉谷真希である。
彼女は異世界人であり、クイーン級の冒険者でもある。
元々はただの大学生だった彼女が何故今異世界で冒険者をしているのか? それは本人にも分からない。
いつも通りに大学に行く途中、急に意識が遠くなって気を失い、目を覚ました時にはこの世界の農家のベッドの上だった。
異世界に来た事に気付くのにそう時間はかからず、それからは持ち前の度胸と運の良さでこの世界で生きて来て―――気付いた時にはクイーン級の冒険者になっていた…。
そして現在、彼女の前にはテンガロンハットを被った長身の男が立っていた。
まるで太陽のような笑顔を自分に向けて来る男…真希と同じクイーン級の冒険者の1人であるガゼル。
知り合いと呼べる程の仲でもない。前に1,2度クイーン級が集められた時に顔を合わせた…と言う程度の関係だ。
その時に食事の誘いを受けたが、即断った。
ハリウッド系の逞しさと美しさを両立したイイ男だとは真希も思うが、そもそもの問題としてこの男は自分の趣味ではない。
そんな大して関わった事も無い男が、自分に何の用かと訝しんでいると、相手の方が先に口を開いた。
「やあマキ、会いに来たよ?」
「帰れ」
即答だった。
女を取っ替え引っ替えするような男と関わって、碌な展開にならないだろう事は容易に想像出来たからだ。
話しは終わったと目の前の男の横をすり抜けて通りをスタスタと歩く。
「ちょっ、待ってって!? いくらなんでも早過ぎるだろ!?」
懲りずにガゼルが追いかけて来て横に並ぶが、視線を向ける価値さえ感じないので歩くスピードを上げて適当に相手をする。
「私は君に興味が無い。分かったらさっさと帰りたまえよ?」
「……女に興味無いって言われるとダメージでかいんだけど…」
ガゼルが若干本気の精神的ダメージを受けていると、その後ろでローブで全身を隠した女が「私も興味ないぞ!」と追い打ちをかけていた。
「無い物は仕方ないだろう? むしろ変に気を持たせないのは男性に対しての誠実な付き合い方と思っているのだが?」
「……ったく、取り付く島もねえな…」
困ったように言いつつ、テンガロンハットの位置を直すガゼルの姿に、ちょっとだけ憐みの心が浮かんだ真希は「仕方ないな…」と溜息交じりに独り言ちて足を止める。
「それで? 要件を言いたまえ。まさか、“こんな時に”私をナンパしに来た訳ではあるまい?」
「話しを聞いてくれる気になってくれてありがとさん。んじゃ、あんまり時間取らせても失礼だし、本題だけ」
と、切り出して少しだけ周りを窺う。
自分達に注目している人間は居ない。聞き耳も立てている人間も居ないのを確認する。
真希がコチラの世界で存在しない浴衣姿なのを考えれば、もっと注目されても不思議ではないのだが、真希が普段着として浴衣を着ているので皆その姿を見慣れていた。
真希も始めはこの世界にあった服装をしようと心がけていたのだが、いつからか「異世界人なら異世界人らしくしてた方が礼儀正しいのでは?」と言う考えになり、仕立屋に無理を言って浴衣を作らせて普段着として着始めた。
周りからの反応は色々あったが、真希がクイーン級の冒険者として活躍するうちに好意的な目で見られるようになり、今では真希を真似て浴衣姿の人間がチラホラと居るくらいになっている。
と、服装に関する話しはともかく…。
「新しくクイーン級になった冒険者の事は知ってるか?」
「ああ…アステリア王国の? 確か<全てを焼き尽くす者>とか言う剣士だと聞いているが」
「そう、そいつの事で相談があって来た」
なんだろう? と真希は首を傾げる。
アステリア王国は、ガゼルの所属するギルドのあるグレイス共和国の隣だ。
島国の冒険者の真希には理解出来ないが、陸で繋がった隣国で同格の冒険者が現れたらライバル意識でも生まれるのだろうか? と傾げる首の角度を2度プラスする。
(出る杭を打つ…いや、この男はそんな事せんか?)
女関係にだらしないのは噂で良く聞くが、それ以外のガゼルの悪評は聞いた事がない。吟遊詩人の唄の中では、絵本の勇者のように語られているのを聞いて、どうやら善人らしい…とボンヤリ真希は評価している。
(だが、もし本当にそんな事のお願いに来たのなら、今後コイツとは本気で関わらないようにしないとな)
一応警戒だけは心の中でして、先を促す。
「相談とは?」
周りに声が漏れないように真希の耳に口を寄せて、小声で衝撃的な事実を告げる。
「そいつが居なくなった」
「は? 私の記憶が確かなら、まだクイーン級になって半月も経っていないだろう?」
ガゼルにならって声を潜める。
クイーン級の冒険者が本当に姿を消したと言うなら、所属する国は勿論、下手をすれば世界規模での事件だからだ。
「何があった?」
「分からない。が、消えた原因らしき手掛かりを見つけた。だが、俺達ではその手掛かりの意味が分からない。だから君の知恵を借りたい」
俺“達”という言葉に、ガゼルの後ろに居たローブの女に目を向ける。すると、真希の視線に気付き、ローブの隙間から見えていた美しい顔を隠すように俯く。
(女連れなのは訳有りだったか)
ガゼルに対しての“ただの女好き”と言う評価を若干修正してから話を進める。
「……なるほど、そう言う事情か…」
「手伝ってくれるか?」
真希の返答は始めから決まっている。
「すまないが、断る」
「何故だっ!?」
と、声を荒げたのはガゼルの後ろに居たローブの女だった。
(……声がアニメっぽいな…?)
場違いな感想を抱きながら、少し今ので注目を集めたので2人の手を引いて路地裏に移動する。
「俺からも聞くが…どうしてだ?」
「酷い事を言うようだが、今は他の事に構っている余裕がない。と言うか、ガゼルお前だって他人事ではないだろう?」
「まあ…そりゃ、そうだがよ…」
困ったように頬をかくガゼルを見て、ローブの女が困惑した声で訊いた。
「……どう言う事だ?」
「今はどの国のクイーン級も、手が離せない、と言う話だ」
「だから、それが何だと訊いている!!」
一瞬、言ってしまって良いのか迷って真希が、女を連れて来た張本人のガゼルに視線を向けると「構わない」と静かに頷いて返した。
「今はクイーン級全員に、ギルド本部から直接命令が下りて来ているのだ…。どうやら、どこかの馬鹿者達が騒いでいるらしくてな? 急ぎそいつらを見つけ出して倒せ、と言う事らしい」
「馬鹿者達?」
「ああ、昔からちょくちょく話題にはなっていたのだが、本格的に冒険者ギルドに喧嘩を売って来ているようで、放置できなくなったようだ。まあ、私にとっても他人事ではないしな?」
「で、結局何者なのだそいつらは?」
「神器狩りだ―――」