8-7 謎の魔法
「【ライト】」
フィリスの唱えた照明の魔法によって、光源が1つも無い最下層の部屋に光が満ちる。
「うぉ、広いな…?」
何の為に用意されたのか分からない、だだっ広くて殺風景な部屋。
アークが何かしらの力によって、この世界から消えたと思われる現場。
コツコツと靴音を響かせながら部屋の中を歩き、辺りを興味深そうに見ているガゼルを、フィリス達は入り口付近で待機して待つ。
「ふーん…この部屋も良く分からん作りだなぁ? 壁の中に変な魔導器がいっぱい埋め込んであるぜ…」
どうやら埋め込んである魔導器は気付かれないように隠されているようで、その姿を蓋するように壁が動く仕掛けになっているのは【龍眼】ですぐに見抜いた。隠されている物が勝手に“視えて”しまうのは、良い所でもあり悪い所でもある。
「そんな事はどうでも良い。アーク様の行先の手掛かりは見つからないのか?」
「焦りなさんなって」
実は、この部屋に転移で入った時点で、すでにスキルがそれを見つけていた。
「もう! 父様が今も苦しんでいるかもしれないんですよ!!」
「心配しなくてもアイツはそんな簡単に死ぬような奴じゃないだろ……? 死神がお迎えに来たって焼いて返り討ちにしかねんぞアイツは…」
「たしかに!」と納得している2人を余所に、【龍眼】が捕らえたそれを観察する。
部屋の奥側の空間に、
――― 大規模な魔法を発動した形跡
更に注視して、意識をその形跡に向ける。
スキルの分析力をフル動員し、発動した魔法を読み解いてみる。
だが……分からなかった。
魔法の知識量はそれなりに有ると自負しているガゼルだが、今スキルが“過去の残像”から読み解いてくれた魔法陣が、なんの魔法を発動させる物なのかがサッパリ分からなかった。
出身の島でみっちり魔法を仕込まれたお陰で、今では18工程くらいの魔法ならば容易に使う事が出来る。…もっとも、近付いて槍で刺す方が圧倒的に早くて無駄がないので、この男が魔法を使う機会なんてほとんど存在しないが…。
ガゼル自身の魔法の才能はともかく、戦いの中で敵味方問わず見て来た魔法の数は相当な数に上る。
しかし、今現在“視えて”いる魔法陣は、そのどれにも該当しなかった。
分かるのは、その複雑さから、かなり高位の魔法であろう事。それと、儀式魔法クラスのとてつもない効果を出す為の魔法だと言う事。
「うーん…」
記憶の棚を片っ端から開けては閉めて開けては閉めて。
やはり記憶の中に思い当たる魔法は無い。
「ダメだ、俺じゃ分からん」
そして考えるのを投げた。
「何がだ…?」
ガゼルの突然の呟きを不審に思いながら、フィリスが律義に反応を返した。
「いや、ここで何かの魔法が発動された形跡があったんだが、なんの魔法なのか分からんくてな?」
「魔法? どんな術式だ?」
問い返されて、そう言えばフィリスがエルフだった事を思い出す。
エルフと言えば、魔法の始祖であるディブレアの王族がハーフエルフだったと言う逸話もある程魔法とは密接な関係だ。
そもそもエルフと言う種が、種族特性として高い魔法適正を擁しているのだから当たり前と言えば、当たり前の話だ。
にわか仕込みの知識でガゼルが悩むより、種族的に魔法のスペシャリストのフィリスの意見を聞く方がどう考えても手っ取り早い。
フィリスに今自分が“視て”いる魔法陣を見せようと、書く物を探してみたが、手持ちに書けそうな物が無かった。
「えーと…書く物何か持ってない?」
「スクロール用に持ち歩いている羊皮紙ならあるが?」
しかし書く方が無い。スクロールを作るのにペンは必要ないからだ。
2人が見つめ合って「ダメじゃん…」な空気を醸し出しているのを終わらせたのは、白雪だった。
「父様が森の中で印を付けるのに使っていた木炭ならありますわ」
「おっ、良いね白雪ちゃん、それ貸して貰えるかな?」
「はい」と短く返事をして、ガゼルの手の上に、細長い木炭をポケットから出して落とす。
フィリスからは何も書かれていない羊皮紙を受け取り、【龍眼】に映っている魔法陣をサラサラっと軽い手付きで書く。何本かあやふやな線があったので、それはあえて書かずに鮮明に視えている線だけを書いた。
出来上がったのは、円の中に円錐の展開図のような形の書かれた、妙な魔法陣。
書いたガゼル自身が「なんじゃこりゃ?」と首を傾げてしまう程、魔法の術式としては滅茶苦茶だった。
(まあ、フィリスちゃんなら何か分かるか)
「出来たのか?」
「ああ。こんな感じだが、なんの魔法か分かるかい?」
羊皮紙を受け取って書かれている魔法陣をジッと見るフィリス。その肩に乗っかっていた白雪も、興味本位で覗き込んでいるが完全に、?マーク顔になっている。
……30秒経過。
ふっと、諦めたように羊皮紙の魔法陣から視線を切ると、ガゼルを見る。
「分からん。私も見た事がないどころか、似た系統の魔法すら思いつかない…」
「そうか…。まあ、分からないなら分からないで仕方ない」
「仕方ない事ないだろう! この魔法が、唯一のアーク様に続く手掛かりなんだぞ!!」
フィリスの叫びが、無駄に広い地下の部屋に木霊する。
あまりに全力の声だったので、肩の白雪は耳を塞いで小さくなっていた。
「まあまあ、落ち着きなさいな? 別にこの魔法の正体を分からないままで良いって言ってるんじゃないんだ。ただ、フィリスちゃんが分からないって言うなら、分かる奴に聞けば良いって、それだけの話」
「分かる奴…? 自分で言うのもなんだが、私は魔法に長けたエルフの中でも族長に次ぐ魔法の知識を持っている。それ以上の知識となると……」
それこそエルフの族長くらいしかいない、とフィリスは思っていた。
だが、エルフの族長はダークエルフだ。勿論、それは他の亜人にも秘密の事で、知っているのはエルフの他にはアーク1人だけだ。
(族長がこの男に会う事は絶対にないだろう……。いや、でも、私1人で訊きに行けば良いのか?)
「いやいや、実は俺の方の知り合いに魔法知識の泉のような奴が居てな?」
「ほう、それは興味深いな?」
魔法の高みを目指す者としての、純粋な好奇心と知識欲がムクムクと頭を擡げた。
「いったいどのような方なのだ?」
フィリスのイメージしたのは、知の深遠へと至った老いた賢者の姿。
一方その肩で話しを聞いていた白雪がイメージしたのは、竜人のガゼルの知り合い…と言う事で静かに佇む巨大な竜の姿。
「どのようなって…まあ、見た目は普通だな?」
「普通とは……? 人なのか? それとも私達のような亜人か?」
「普通の人間だよ」
イメージ像がアッサリと否定された白雪がガーンッとダメージを受けて項垂れる。
「いや、待ったさっきのなし。言う程普通じゃない」
「どう言う事だ?」
「異世界人なんだよ、その女」
「異世界人…だと?」
「そっ、異世界人。マキ=イズミヤ…アークと同じ、クイーン級冒険者の異世界人だ」