8-5 どこに行ったのか?
仕切り直して引き続きグラムシェルドの宿屋の一室。
「真面目にやります」とガゼルに約束させて、仕方なくベッドに腰掛けるフィリスと、その肩に座っている白雪。
「で、だ。俺の方の考えを話す前に、君等が今までアークを探すのに何をして来たのか聞かせてくれ」
「うむ…しかし、何と言われても、アステリア王国内の町を回ってアーク様を探しただけなのだが?」
「それだけか?」
なんだか、「その程度の事しかしてないのか?」と下に見られたような気がしてムッとするが、実際にそれだけの事しか出来なかったのだから仕方ない。湧き上がって来た怒りは呑み込んで肯定する。
「そうだ」
「そうか…。ギルドの方にアークの捜索を頼んだりは?」
「…してない」
ガゼルの一瞬の無言が長く感じる。
「それは賢明な判断だ」
「…え?」
「新米とは言え、アイツの立場はこの国最高の冒険者だ。下手に捜索依頼なんぞ出したら、皆が不安がるだろう?」
なるほど、とフィリス達は納得する。
2人がギルドにアークの捜索を頼まなかったのは、ただ人間の手を借りる選択肢を選ばなかったからだ。だが、確かにガゼルに言われて初めて、アークの存在が自分達にとってだけでなく、人間達にとっても重要なのだ、と言う事に思い至った。
「代わり…って言うと変だが、俺の方でアークを探させてる」
「どう言う事だ?」
「妖精の森の跡地で戦いのあと、お前さんがアークとパンドラちゃんを連れて行っちまって、そのまま連絡もなかったからな? 気になって『俺が至急連絡取りたがってるから、アークの情報求む』ってギルドの方に言ってあったんだよ」
その結果、数日前にソグラスでアークを見た、と言う情報が入ったのだが、グレイス共和国の冒険者が確認に行った時にはすでにその姿はなく、再び行方知れずになってしまっていたのだ。
クイーン級同士の連絡と言う事で、ギルドの方も随分力を入れてくれていたようで、受付がわざわざガゼルの部屋まで関係しそうな情報を持って来る程だった。
「そうだったのか…」
「その依頼の仕方なら、父様が居なくなった事は周りに伝わりにくいですのね?」
「まあ、多少はな? そのまま探してくれって依頼するよりはマシだろう」
だが、アークの情報が全く入っていないのが現実だ。
ソグラスでの目撃情報も、時期的にアークが“消える”前の物だろうし、その後の姿の情報が全く無い。
アークが冒険者の目の届かないような僻地にでも身を隠して居ない限りは、何かしら情報が入って来る筈だが、それすらない。
ガゼルは最悪の可能性を口にする。
「アークが死んだ―――」
「そんな訳ないだろうっ!!」「ですわっ!!」
「―――とは、俺も思ってない。アイツはチビだが、クイーン級の中でも俺と同じかそれ以上に強いからな?」
クイーン級の冒険者と言っても、9人全員が戦闘能力特化な訳ではない。
昇級条件に同級の魔物の単独討伐がある為、皆戦闘能力が一定以上ある事は確かだが、それでも能力値は上と下でかなりの差が有る。
ガゼルは単純な戦闘能力ならクイーン級のトップだと自負している。他に1人、鬼のような強さの男が居るが、【竜人化】を込みで考えればガゼルが上だ。
アークの能力の高さは、そのガゼルと同等クラス。
そんな男がそう簡単に死ぬとは、どうしても思えなかった。
「ところで、白雪ちゃん? さっきアークの事を父様って呼んでたよな?」
「はい! 私の父様ですから!」
「って事は、もしかしてアークの奴は君の名付け親だったりするのかな?」
「そうですわ」
「だったら、妖精族の意識のやり取りとか出来るんじゃないの?」
白雪がションボリと項垂れて、体の光が青くなる。
「それが…父様の思念が感じられなくて…」
そして泣き始める。
妖精とは言え女性を泣かせてしまうのは、ガゼルとしては心が痛む。
サッと自然な動作でハンカチを渡すと、両手で抱えるようにして涙を拭った。
そんな様子にちょっと安心し、改めて思考を回す。
妖精は、亜人の中でも戦闘力をほとんど持たない種族だ。しかし、その代わりに自分用の亜空間を持っていたり、名付け親と表層の意識が繋がって、距離や間の物体を全て無視して思考のやり取りが出来たりと特殊な力を持っている。
特に後者の意識のやり取りする能力は、世界の裏側であっても一切の遅延もなく通信が出来る超能力である。
その能力を持ってしてもアークの意識を捕まえられないとすると、それは死んでいるか、それとも―――
「……もしかして、この世界には居ないのか…?」
「どう言う事だ?」「ですの…?」
「妖精の能力なら、世界のどこに居たって意思の疎通が出来る筈。だが、それが出来ないって言うのなら、それは死んでるか…それとも、この世界から消えているか」
それを聞いた亜人2人が納得したような、絶望したような、そんな複雑な顔をする。生きているとしても、ガゼルの言う通りにこの世界に居ないのなら、それは彼女達にとっては死と同じ意味だ。
そんな2人の顔を見て、一瞬話を続けるのか迷ったガゼルだったが、どうせ言わなきゃいけない事だと割り切った。
「この世界に居ないって事は、だ。アークの奴は、妖精の収納空間のような、この世界から切り離された空間に居るって事になる。もしかしてだが…アイツが今居るのは―――」
3人が思い浮かべたのは、
「「「異世界」」」
同じ場所だった。
「まあ、最初に思い浮かぶのはそこだよな…?」
こことは全く別の歴史と文化が積み上がって出来た異世界。
ルディエで魔道皇帝を倒した勇者や、≪青≫の継承者の水野が元居た世界。
「しかし…するとアークの奴は自分の世界に帰った事になるんじゃないか?」
「…ですわね…」
元居た世界にアークが帰ったと仮定すると、それを探して、ましてや連れ戻そうとするのはアークにとっては迷惑な事ではないだろうか? とガゼルと白雪は考えて、若干気持ちが沈んでしまう。
1人事情が呑み込めなかったフィリスが首を傾げた。
「ん? ……帰った、とはどういう事だ?」
「何って…アークは異世界の人間だろ? ≪青≫との戦いの時に、そんな会話をしてたぜ?」
(正確には、父様の心だけが異世界人なのですけれど…)
いつぞや、パンドラに自分の事を話しているのを寝た振りしながら聞いたので、白雪もアークの“中の人”の事情を知っている。
元々アークの心の声に、時々ノイズのような優しい声が乗っかって来るのが不思議だったが、その話を聞いてノイズの正体が父の体の本当の持ち主であるロイドと言う人の声だと知った。
そんなアークの“本当”の事情はともかく、真実を知らされたフィリスは、ポカンと口を開けて埴輪のような顔になっていた。
「え? あれ? フィリスちゃん…知らなかった感じ…?」
「……はい…知らない感じでした…」
動揺し過ぎて敬語になっていた。