8-4 竜人とエルフと妖精
ガゼルがやって来たグラムシェルド。
(アステリア王国に足を踏み入れるのも久しぶりだねえ)
クイーン級の立場的に自国から出る機会が少ないのもあって、陸続きの隣国でありながらガゼルに土地勘は皆無だった。
実を言えば、一ヶ月くらい前にこの国から魔道皇帝なる存在の討伐に協力して欲しいと依頼があったのだが、あの時はまるでガゼルを国外に出さんとする意思が働いていたかの如く、グレイス共和国の様々な場所にクイーン級の魔物が現れて、その討伐に追われていた。
(俺の体が空いた辺りで、何とかって勇者が魔道皇帝を討ったんだっけ)
そう言えば、その勇者も≪青≫の継承者と同じ異世界人だったな…と記憶の棚を開けながら辺りを見回す。
目ぼしい女の子を探している―――訳ではない。旅をしていた時の癖で、慣れない土地だと無意識に周囲の気配を探ってしまうのだ。
【敵意感知】、ガゼルを害そうとする意識を持っている存在を見つけ出す異能。広範囲かつ高性能なスキルなのだが、センサーが敏感過ぎるのが玉に瑕。ガゼル本人に対しての敵意だけでなく、ガゼルの居る場所…町や家を狙う存在もこのスキルのセンサーに引っ掛かってしまうのだ。
ただ、このスキルと嘘や虚偽、虚構を見抜く【龍眼】が有れば、万に1つも不意を突かれるような事はないので、ガゼルも重宝している。
(怪しい人間は居ない、か? 流石アステリア王国…平和だねえ)
騒ぎが一段落したら、この国でノンビリと女の子の尻でも追いかけるか? としょうもない事を思う。
自分の国が嫌いな訳ではないが、グレイス共和国では名前が知れ渡り過ぎているので、気が休まらないのだ(他人から見ると寛いでいるようにしか見えないらしいが)。
休暇の話は横に置いて、今現在の話。
転移屋と別れてギルドに向かっている…のだが、場所が分からないので、いつもの調子で女性に声をかけて道を聞く…そして、さり気無くまた会う約束もする。
ふと、ここの冒険者ギルドは本部だった事を思い出す。
そしてガゼルは隣の国のクイーン級冒険者。
(ギルドマスターに挨拶くらいしておくべきか?)
礼儀としては正しいが問題がある。
(面倒クセ…)
ガゼルはお偉いさんに会うのを嫌う。他国とは言え、自分達が所属する組織の上位者に挨拶すると言うだけでも気が重い。
(ヨシ、適当に忘れた振りして誤魔化そう…)
ギルドマスターへの挨拶を華麗に回避する事が決定したところで、そのギルド本部に到着。
両開きのドアを開けて中に入ると、何やら随分と騒がしい。
だがガゼルに驚きはない。今は“自国でも同じ”だからだ。
その騒がしさの中で、依頼の掲示板の横で静かに佇んでいる全身をローブで隠している女性。
迷う事無く近付くと、声をかける。
「待たせたかな?」
女の方が声で気付いて顔を上げる。
ガゼルが今まで見て来た女性の中でも、相当な上位に入る美しい顔だった。
それもその筈、相手は生まれながらに美しい容姿と魔法の才能を約束されたエルフなのだから。
「うむ。だが、良く来てくれた」
「女性のお呼びとあらば即参上するぜ?」
万人の女性を虜にしてきたキラッとスマイルを見せる。
「それで、早速本題だが」
歯牙にもかけないスルー力だった。
だがガゼルとしても、一応女性相手なので礼儀としてやっただけなので、特に気にはしない。初めて会った時から、このエルフの娘がアークにべた惚れなのは気付いて居たし(本人に自覚があるかは知らないが)、後輩の周りの女性に本気で手を出すつもりはない。
それに、さっさと本題に入って欲しいのはガゼルも同じ。ずっと行方知れずで、妖精の森跡地での戦闘後の姿を見ていないアークの情報がようやく聞けるのだ。
フィリスが少しだけ顔を近付けて、声を潜めて本題を切り出す。
「アーク様が居なくなった」
「は?」
* * *
場所を移して宿屋の一室。
お互いに対面のベッドに腰掛けて、さあ話を再開…の前に。
フィリスのローブの中からピョコンっと、小さな人形のような妖精が飛びだして、ガゼルの眼前でパタパタと蝶のような羽を羽ばたかせながらお辞儀をした。
「お? 妖精? もしかして、アークの言ってた迷子の妖精ちゃんかな?」
妖精の代わりに、フィリスが「うむ」と頷く。
「初めまして、妖精の白雪と申します」
「これはご丁寧にどうも」
ガゼルも礼儀正しく挨拶する白雪にならって、座ったままではあるが、テンガロンハットを取って軽くお辞儀をする。
「私の故郷では、大変良くして頂いたと聞きました。妖精族代表して、お礼を言わせて頂きますわ」
「いやいや、お気になさらず。妖精族の森はグレイス共和国の中だからね? クイーン級の冒険者としては、色々手を焼かない訳にはいかなかったってだけさ」
そしてドヤッとキメ顔。
「無駄に格好つけるのが鼻につきますが、貴方からは恐い感じがしませんわ! 父様と同じ、心に裏表の無い人ですのね?」
「……可愛い顔して言う事酷いな…」
流石あのチビの仲間…と妙な納得をしてしまう。
「まあ良いや……。それで、アークが居なくなったってのは?」
「≪青≫との戦いのあと、私は―――」
フィリスは包み隠さず全て話した。
ガゼルが信用出来るから…ではなく、ガゼルには嘘を見抜くスキルが有る事を知っているからだ。事情を話すと決めた時点で、隠し事は出来ないと判断し、全て話す覚悟を固めている。
それに白雪がアークと同じ、と評したのも大きい。
人の悪意に敏感な妖精が太鼓判を押してくれた事で、フィリスも迷う事無く語る事が出来た。
≪青≫との戦いで傷付いたアークを何とか回復させた事。
アークは目を覚ましたが、パンドラは一向に良くならず、それを解決する為にアークに連れられてソグラスの近くの遺跡に行った事。
そして、その地下でアークの身に何かが起こり―――
「父様の剣だけが残されていたのですわ」
と、机の上に亜空間のポケットに入れていたヴァーミリオンを置く。
「これ…アークの剣か。それで、持ち主がどこにも見当たらなかった…と」
「ああ」「はい」
「なるほど」とガゼルが何やら思案顔をする。
こんな男だが、クイーン級の冒険者だ。フィリス達には思いつかない解決策を提示してくれるんだと、2人は期待する。
「うん、なんも思いつかねえな!」
エルフと妖精は無言で立ち上がって部屋を出て行こうと―――
「待って待って!? ちゃんと考えるからワンモアチャンスプリーズ!!」
「真面目にやれ!」「ですの!!」
2人とも大事な人の命が懸かっているので冗談が通じなかった。