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8-3 竜人の仕事

 ガゼル。

 グレイス共和国でただ一人のクイーン級冒険者。

 自称、全ての女性の愛人。……あくまで自称、である。

 彼には秘密がある。

 今まで抱いた女性達も、酒場で飲み比べた男達も、冒険者仲間達も、誰も知らない秘密。それは彼の正体―――。


――― 竜人(ドラゴノイド)


 世界でも片手で足りる程の人数しか居ない、凄まじいレア度の亜人である。

 そもそも、彼と言う人間は生まれ場所からして普通ではなかった。

 “忌者の島”、それが彼の生まれた場所。

 様々な国や町で、それぞれの事情によって留まる事を許されなくなった者達が集まって出来た隠れ里のある、北東の大陸の片隅の小さな島。

 そこでは、人と亜人が共存し100年も経たないうちに色んな血が混じり合った。

 集落の中に竜人が居た事はなかったが、どうやら誰かが竜人の血筋だったらしく、突然ポロっと竜人として生まれ落ちたのがガゼルである。

 まだまだ柔らかい2本の角と、頼りない尻尾と、羽とも呼べないような背中の膨らみ。そして竜族の証である竜の鱗(ドラゴンスケイル)

 周りは神が生まれただのなんだのと騒いだものだが、ガゼル本人としては鬱陶しい話であったようで、5歳の時にそれが爆発した。


――― 自分の手で、頭の角の1本をへし折った


 まだまだ角が硬くなりきって居なかった為、子供とは言え竜人の力でなら折る事が“出来てしまった”。

 そして、痛みのあまり泡を吹いて気絶し、1週間熱にうなされて生死の境を彷徨い続け―――目を覚ました時、まるで試練に耐えた御褒美だと言うように、彼には【人化】のスキルが授けられていた。

 その後、無茶苦茶な御説教のあとに、折れた角を槍に加工して無理矢理持たされ、死ぬほど槍術の訓練を強いられたりしたが、今となっては「あれで良かった」とガゼルは思っている。

 老人達からは「お前はいずれ皆の長となるのだ」等と言われて勉強漬けの日々を送る事になった。

 世界の様々な知識を教えられ、翼人に飛び方を、獣人に体術を、人からは魔法を…そんな日々を過ごしていたある日、ガゼルは唐突に「旅に出てくる」と一言だけ言い残して島を飛び出した。

 それが4年前の話。

 それからは【人化】を使って色んな場所を渡り歩いた。金が無かったので、日雇いの仕事をしたり、飯を恵んで貰ったり……女性に声をかけて、家に転がり込んだり。

 彼の女癖の悪さは、この時に培われたと言って良いだろう。

 そしてグレイス共和国に足を踏み入れて間もなく、彼はクイーン級の魔物に襲われた。正確に言えば、ガゼルが同行させて貰っていた旅商の一団が魔物に襲われた。そして、ガゼルは苦も無くその魔物を瞬殺した。

 すでに竜人としての力が研ぎ澄まされていたガゼルにしてみれば、そこらをうろついて居るようなクイーン級の魔物なんて、人の姿のままでも脅威と呼べる相手ではなかった。

 その後、商人達に進められるまま冒険者となり、あれよあれよと言う間にグレイス共和国最強などと呼ばれる地位になってしまった。


 そして、現在の彼は―――


「あー…もー…働きたくねー…」


 ベッドの上でゴネていた。


「ガゼルさん、ギルドの方で呼んでますよ? 早く行きましょう?」


 ギルドから言われて迎えに来たナイト級の冒険者も、梃子でも動く気配がなくてちょっと泣きそうになっていた。

 元々ガゼルに憧れて、拠点にする町を移動したくらいにガゼルに心酔していた彼だったが、正直ベッドの上で半裸(昨日女を抱いた時のまま)でゴロゴロと転がりながら駄々をこねる姿を見ると、「なんでこんな人に憧れてたんだ?」と我に帰ってしまいそうになる。


「今日は休業日にしようぜ~…昨日5回も頑張っちまったから、もう動く気になんねーんだ…」

「アンタ、そんな所で頑張ってないで、冒険者として頑張って下さいよ!?」

「バカやろう、女を抱くのも冒険者の仕事のうちだぜ?」


 「それアンタだけだよ」と言う言葉は呑み込む。戦いの火照りを女で発散する者も多い。そう言う意味では、確かに女を抱くのは冒険者の仕事かもしれない…。


(いや、でも、この人そう言うの関係無くベッドに女連れ込んでるよな? しかも毎日毎日別の女性を……)


 だが、ガゼルが金を払って女を買ったと言う話は1度も聞いた事がない。

 むしろ、「抱いて欲しい」と酒の席で寄って来る女を見ない日はないくらいだ。


(クイーン級だからか?)


 いつも酒場で女に囲まれているガゼルの姿を自分に置き換えて妄想する。「ははは、今日はどの子と寝ようかな? え? 君かい? そうだなあ、お尻の形がプリティーで気に行ったよ」そして2人でベッドイン。


(ふむ…なるほど…)


「ガゼルさん、俺、一生貴方に着いて行きます!」


 冒険者である前に彼も男だった。


「男に好かれても嬉しくねえから要らね…」


 ベッドに寝転びながら手をヒラヒラさせる。

 その時、ドアを開けて女が入って来る。


「ガゼルさん!」

「ありゃ? 受付のサーリャちゃんじゃないの?」

「あ、あっ、さ、サーリャさんおはようございます!」


 頬を赤くして挨拶する冒険者を無視して、ズカズカと部屋の中に入って来る。


「何々、どうしたの恐い顔して? もしかして、暫くベッドに呼んでないから怒ってるの?」

「違いますっ!」「アンタ、サーリャさんにまで手だしてんのかよっ!!!?」


 叫んだ後に、ガゼルを呼びに来た冒険者はあまりのショックに白眼を剥いて気絶した。


「おーい、大丈夫かー?」


 返事がないので、仕方なくベッドから立ち上がって自分が横になっていたベッドに気絶した後輩の冒険者を放り投げる。


「で、何の用?」

「……あの、とりあえず服着て下さい」

「…………エッチ」


 パアンッとキレの良い音のビンタがガゼルの頬を叩いた。

 が、痛がったのはサーリャの方で、真っ赤になった手の平を振って顔を痛みで歪めている。


「大丈夫?」

「…良いから服着て下さい」

「へーい」


 後ろを向いてガゼルが着替え終わるのを待ってから話しを再開。


「で? サーリャちゃんがわざわざ来るって事はただ事じゃないんだろ?」


 着替えていつも通りのカーキ色のロングコートとテンガロンハットの姿になると、流石に真面目モードに切り替わったらしく、そのキリッとした姿にサーリャは図らずもドキドキしてしまい言葉が出なかった。


「何?」

「…え? あ…す、スイマセン。なんでもないです」


 コホンッと仕切り直して仕事の話。


「実は、アステリア王国の冒険者からガゼルさん宛てに連絡が」


 アステリア王国は放浪していた時にも、冒険者になった後の任務でも行った事はあるが、知り合いと呼べる程の者はいない。だから、ガゼルの頭に浮かんだのは1人だけだった。


「アークか!?」


 1週間以上行方不明になっているアステリア王国のクイーン級冒険者。

 妖精の森の襲撃犯との戦いのあと、エルフの子に連れて行かれてその後の行方が分からなくなっていて、「あの傷で無事か?」と心配をしていたのだ。


「いえ。ですが、アーク様について話がある、と」

「誰からだ?」

「フィリス、だそうです。お知り合いですか?」


 人の名前…特に女の名前を憶える事には自信のあるガゼルだ。フィリスの名前を聞いて、即座にアークと一緒に居た大食らいのエルフの顔が浮かぶ。


(それに、戦いのあとあのチビを連れてったのもあの子だったな?)


 であれば、アークの所在を知っているだろう。

 先程までの動きたくない気持ちと体のダルさを忘れて、すぐに動きだす。


「連絡して来た内容はそれだけか?」

「それと、グラムシェルドで待つ、と」

「分かった。ちょっとアステリア王国に行って来るからギルドの方に報告ヨロシク。それと、グラムシェルドまで飛べる転移屋の手配を頼む―――」



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