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8-2 “彼”のいない世界で

 静けさの包む、アルフェイルのフィリス宅の一室。

 白雪とフィリスは、歩き疲れてベッドに腰掛けて休んでいた。


「父様…」


 アークが姿を消してから、5日が経った―――。

 白雪はその間、フィリスと共に様々な場所を巡って探し続けたが、本人どころか目撃証言さえ今のところ聞こえて来ない。

 落胆と同時に、悲しさが込み上げてくる。

 父の服の中に居る時の、あの安心感と暖かさが失われたのかと思うと涙がこぼれた。


「白雪、またアーク様の事を思い出しているのだろう? 体が青くなっているぞ」


 フィリスが肩に乗っている白雪を慰めるように声をかけると、グスグスと鼻を鳴らしながら涙を拭う。

 しかし、纏っている悲しみの表現である青い光は消える事はなく、むしろより一層濃くなっている。

 少し前まで、白雪は人型ではなくただの光る球だった。勿論その姿では言葉は話せなかったが、それでも名前をくれた父と、無感情であるが優しい姉のようなパンドラが一緒に居た。

 それなのに今は―――…。

 父である少年は居なくなり、パンドラは今も目を覚まさずに生死の境を彷徨っている。


(なんでこんな事になってしまったのでしょう……)


 フィリスの肩で体を小さくなりながら、白雪はまた涙を流す。流しても流しても、涙と悲しい気持ちが後から後から湧き出て来て止まらない。

 

 そんな白雪の様子に気付きながらも、フィリスは今度は何も言わなかった。

 下手に慰めても悲しみが深くなるのはこの5日で良く分かっている。


(それに……泣きたいのは私も同じだ…)


 アークが居なくなって泣いたのは、何も白雪1人ではない。

 2人の報告を聞いた、アルフェイルに居た亜人達は皆泣いた。泣かなかった者も居るには居るが、世界の終わりのような絶望した顔をしていたのは変わらない。


(600年前に亜人を救ってくれた≪赤≫の継承者とは言え、この短い時間で、あの方はどれだけ私達の心に根を下ろしているのだろう…)


 一緒に居た時は、憧れの人の近くに居られる事に誇らしさや尊敬の気持ちが先に立っていた。だが、居なくなった今はどうだろう……。

 もう会えないんじゃないか? …そう思うと、体が地面に沈んで行くような…目の前が暗くなるような絶望感が体を満たして来る。


(会いたい…あの方に……)


 あの小さい体の少年に会いたくて会いたくて堪らなかった。

 エルフの時間換算で言えば、まだ赤子と言っても良いような年齢のアークではあるが、フィリスにとってはそんな事は些細な問題だった。

 居なくなって、初めて自分の気持ちに気付いた。


――― 自分は、これ程までにあの小さな少年に恋焦がれているのだと。


 戦っている時の勇ましい姿が好きだ。

 真っ直ぐに自分を見るあの瞳が好きだ。

 時々見せる、どこか遠くを見るあのミステリアスなところが好きだ。


 あの後ろ姿を思い出すと、締め付けられるような甘い痛みが胸を満たす。


(今頃気持ちに気付いても……遅いだろう……)


 自分の心の愚鈍さに落ち込み、それこそ泣きたい気分だった。

 だが、泣く訳にはいかない。今は泣いている場合ではないのだ。他の誰が泣こうとも、自分が泣くのは全ての可能性が費えたあとだ。

 フィリスは、アークが死んだとは思っていない。勿論白雪もそうだ。

 だが、何事も無く無事―――と言う事も有り得ないと理解している。

 ヴァーミリオン。

 ≪赤≫の継承者の為に用意された神器(オーバーエンド)。アークの愛剣であり、彼にとっては自身の片腕に等しい武器。

 それが、彼の手を離れてあの遺跡に落ちていた。

 その意味は、近しい者であれば、どれ程の事かは理解に容易い。

 気を抜くと絶望に足を掴まれそうになるのを必死に払い除けながら、毎日毎日アークの姿を探している。


(今もどこかで私達の助けを待っているかもしれない―――)


 その想いが辛うじて気持ちを繋いでくれていた。

 それにアークを必要としているのは自分だけではない、とフィリスは救護室代わりになっている建物に居る人…いや、生物ですらないメイド装束の女の事を思う。

 パンドラの体は決して良くない。元々≪青≫との戦いでどうしようもないところまで体が傷付いていたのに、例の遺跡行って更に怪我を負って帰って来た。

 元々エルフ…と言うよりコチラ側の人間には手の出せない患者だったが、辛うじて何かしらの知識を持っていたアークが居なくなって、もはや本当にお手上げ状態になった。

 現在は、かなり高等な治癒魔法で辛うじて死んでいない…生と死の綱渡りのような状態で堪えているが、いつ機能を止めてしまってもおかしくない。


 アークの事もパンドラの事も、どこも問題だらけで時間もない。

 正直この5日で、冒険者としての地位を使って調べられる範囲は調べ尽くしたと言って良い。…とは言っても、それが有効なのはアステリア王国の中だけだが…。


(これ以上の捜索は、私達だけでは無理か…?)


 捜索範囲をもっと広げようと思うが、元々人の世界での情報収集や人探しなんて勝手の分からない事だらけのフィリスには色々と気の重い話だった。

 そこでふと遺跡の中で、アークに言われた事を思い出す。

 

『―――もしかしたら、俺達も分断されて個々で行動するような事になるかもしれない。もし俺が見つからず連絡もとれないようなら、冒険者ギルドで俺の名前使って良いからガゼルかルナを頼れ。あの2人なら、多分力になってくれる』


 その言葉は、例の≪青≫を連れ去った一団との戦いで分断されたら―――と言う話の途中で言われた事だが、状況的には今が正にその時だった。

 出来る事なら、アークを見つけ出す、助け出すのは全て自分達の手で行い、その上でパンドラを助ける策を練る。と言うのが1番良い形だと思っているが、それに拘って色々な物が手遅れになってはそれこそだ。

 思うところはあるが、それを全て呑み込む事にした。


「白雪よ、明日はギルドを通じて助けを求めてみよう」

「助け…ですか?」


 グスグス泣きながら、見上げて来る瞳には「誰に?」と疑問符が浮かんでいる。


「アーク様が遺跡で言っていた事を憶えているか? もし自分と離れ離れになって、連絡が取れなくなったら、ギルドを頼れと言っていただろう?」

「は、はい! 言ってました!」


 自分達での行動に手詰まりを感じていたのは白雪もだったのだろう。だから、外部に力を借りれば事態が好転するのではないかと、少しだけ希望を持った。その証拠に、纏っていた青い光が若干だが薄れて来ている。


「それで、だな…」


 フィリスは「ふむ…」と言葉に詰まる。

 問題なのは、まずガゼルとルナのどちらに頼るかだった。

 ガゼル。竜人(ドラゴノイド)である事を周囲には隠しているが、括りで言えば亜人側の者だ。フィリスや妖精を見ても別段忌避するような反応は全く無かった事からも、それは間違いない。


(だが、あの男は……!)


 ナンパ師。女っ垂らし。性欲の権化。呼び方は何でも良いが、ともかくガゼルと言う男は女を軽く抱こうとする…女の身としてはあまり近寄りたくない類の人間だった。

 次にルナだが…ガゼル以上にフィリスとしては関わりたくなかった。理由は1つ、あの女が≪黒≫の継承者だからだ。

 フィリスだけでなく、亜人ならば≪赤≫以外の魔神の継承者に苦手意識を持つのは必然と言って良い。無論、外の世界を見ている者であれば、600年前の因縁を引き摺っているのはバカバカしいと思うのかもしれないが、それでも亜人達に刻まれているあの戦争での恐怖心は消えていないのだからしょうがない。

 ルナがダメだとすれば、答えは1つだ。


「ガゼルに頼ろう……」

「誰ですの?」

「………」


 そう言えば、白雪はガゼルに会った事がなかったな、とフィリスは脱力した。

 


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