7-27 機械乙女と炎使いの因果
ロボの体から放たれる銃弾は避けられる。
肉体の感覚が加速して、相乗効果としてスキルの感知能力が研ぎ澄まされている。
流石に銃弾が止まって視える…って事はないが、軌跡をちゃんと捉えて避けるか受けるかの判断が出来るくらいの余裕はある。
だが、問題が発生した……。
ロボの腰に付けられたガトリングが回転しながら弾を俺に向かって吐き出す。弾速と連射力が無茶苦茶だが、まあ…それは良い、反応出来るからな。
横に大きく飛びながら射線を外す。
その途端―――。
横の壁の一部がスライドして、銃弾を撃ち出して来た!
「ちッ!」
舌打ちしながら、ロボに向かおうとしていた足を止めて射線を回避する。
この突然壁から撃って来るのがやっかいなのだ。
どこの壁が開いて撃ってくるか分からないビックリ性もだが、それ以上にまるで俺の行動を読んだかの如きタイミングと角度で撃って来る事が鬱陶しくて堪らない。
さっきから、攻めに転じようとする度にチャンスを潰されてフラストレーションが溜まってしょうがないのだ。
………まあ、攻めに行ったところで、あのロボをどうにか出来る訳ではないのだけど…。あのロボを潰すって事は、フィードバックでパンドラも死ぬって事だ。
俺自身が死ぬつもりはない。じゃあ……パンドラを切り捨てるのか?
正直に言う。今、凄まじく俺は迷っている。
俺の……ロイド君の命をくれてやる訳にはいかないが、パンドラも助けたい。
さっきから全部助ける為の方法は無い物かと考えているのだが、こう言う時に天才的なひらめきが降りて来てくれるような人間じゃねえんだよなぁ俺は…。
何か打開策は……と辺りを見回していて気付く。
――― 魔素が薄くなってる?
さっきまで【魔素感知】でくっきり視えていた世界が、微かにだが霞んで視える。
なんで…!?
ここまで魔素が急激に減少するような攻撃はした覚えがない。【火炎装衣】は張りっ放しにしているが、この程度なら2時間以上使っててもここまで魔素を消費する事はない。
原因が俺じゃないとすると―――別の要因が…?
周囲の様子を改めて確認する。すると奥の壁に向かって魔素が流れているのに気付く。その先を視線で追うと、奥の壁の所々で穴が開いて魔素を吸い込んでいる。
いや、待て! 魔素だけ吸い出す便利な掃除機なんてある訳ねえだろ! コレ、空気ごと魔素を吸ってねえか!?
今まで銃撃音に紛れてて気付かなかったけど、奥の方からすっごい掃除機みたいな音が聞こえて来てるし……。
ちっ……マジかよ…! って事はコッチが酸欠起こす前にケリ付けなきゃじゃねえかよっ!?
こんな場所で真空パックになんかされたら洒落になんねーぞ!!
それに、もっとマズイ事がある…。
【火炎装衣】を解除…俺を守っていた炎の鎧が四散する。
魔素と酸素の残りに限りがあるのなら、コッチも立ち回りを変えざるをえない。
短期決戦…と行きたいところだが、この戦いの落とし所を俺が決めかねているので、それに踏み切る事が出来ない。
にしても、上手い事コッチの炎を封じて来やがる…。
さっきまでの俺の攻め手の潰し方と言い……コレ、完全に俺の事を知りつくした立ち回りだよな…?
ここまで俺の能力や戦い方を知り尽くしている奴なんて、世界で1人しか居ない。
パンドラだ。
つまり、このロボ……と言うかこの施設の設備全般を振り回して俺を殺そうとしていやがるAIは、パンドラが今まで俺との旅で溜めこんで来た記憶を取り込んで、戦いを組み立てている……と言う事だろうか?
……いや? そもそも、パンドラとこのロボを切り離して考えるのが間違いなんじゃないのか?
だって、この遺跡…っつか、研究所の中に居たんだぞ? 両方とも同じ人間、ないし人間達によって作られた物だろう。
でも、だとすると―――
――― パンドラは最初から俺の情報を取る為に一緒に居た……?
いや、一旦落ち付け。
えーと…パンドラが居た地下研究所は、“異世界人”そして“魔神の継承者”。この2つの要素を持った人間にしか入る事は出来なかった。最初に入った時は…俺しか居ないと思った…けど、他の継承者にも該当する人間は居る。水野も……カグも、そうだ。
4人中3人は条件に当てはまる。って事は、たまたまその中で1番先に入ったのが俺だったって事なのか?
もしパンドラが、同行する事になった継承者の戦闘データを取る為の存在だったとしたら、コイツ等を作った人間の狙いは疑いようもない。
――― 魔神の継承者の誰かだ
誰か…と言うより誰でも良いのか? 3人のうち誰か1人が排除出来れば良かったって事か?
でも、何で―――?
………まあ、コッチが狙われる理由なんて考えても分からねえか。
今は目の前の状況の対応に集中する!
けど、文句の1つくら言っとかないと気が済まねえな?
「パンドラーッ!!!」
俺の突然の大声にロボが警戒して動きを止める。
カプセルの中のパンドラは無反応、相変わらず眠り姫を決め込んでいる。
「おめえ、起きたら一発引っ叩くから覚えとけよっ!?」
『無駄です。P.D.E.R.16-03は個を失い、“匣”の戦闘用データベースとなりました。貴方がパンドラと呼ぶ人格は消滅し、1つの武器、兵器の1部品として昇華されています』
横からグチャグチャとウルセエな…!
「とりあえず、そいつに起きて貰わないと文句も言えねえし、引っ叩けもしねえんだわ」
一歩踏み出す。
「だから」
銃撃が襲って来る。
【火炎装衣】を解いて居るので防御は無理だ。だから、最小限の動きで避けて、体に当たる弾は斬り落として歩き続ける。
何発か体をかすめて血が飛び散ったが、大したダメージじゃない。
「返してもらうぞ」
腹は括った。
――― 俺は、パンドラを助け出す!
パンドラと出会って間もない頃の俺だったら、パンドラを気にせずこのデカブツを倒す選択肢もあったかもしれない。
でも、今の俺には無理だ。
だって、俺達はずっと一緒に居たから―――…。
一緒に野宿して、飯食って、背中預けて戦って、助けたり助けられたり、慰められたり、ツッコミ入れたり…そんないっぱいの時間を一緒に居た。俺がコッチの世界で1番長い時間を共有しているのは間違いなくパンドラだ。
確かにアイツは機械がベースで、人によっては物として扱われるような事もあるかもしれない。
無表情で無感情で、奇行が目立つし、何考えてるか分からねえし、俺が馬鹿にされればすぐ銃に手を掛けるし……でも、それでも、アイツは、パンドラは、俺の、仲間だ!
代わりなんて誰も出来ない! 代わりなんてどこにも居ない!!
『理解不能。冷静な戦力分析と状況判断を要求します』
「冷静な…ね? そりゃあ、自分の勝利は絶対に揺るぎませんって宣言と取るが良いのか?」
『構いません』
「そうかい。そんじゃあ、精々神にでも祈れ」
『意味不明。対象は逃れられない状況を理解し、錯乱した上での発言と判断』
こっからだ。
絶望的な状況の戦いなんぞ散々してきた。どの戦いも、勝ち目なんて見えなかったけど、それでも切り抜けて来た。それはただの運だったのかもしれないし、もしかしたら実力だったのかもしれない。
けど、そんなもんどっちでも良い!
追い込まれてからの逆転劇は、俺の十八番だって事に変わりはねえからなっ!!