7-25 地下より深い場所へ
俺達が話している間にもパンドラの入ったカプセルの中では何か小さな駆動音が聞こえているが、その音が何をどうして発しているのかは俺には不明。
中を覗き込んでみてもパンドラの体に変化はなく、傷が治っている…いや直っている様子はまったくない。
これ大丈夫なのか?
なんか、全然効果が表れる感じがしないんだけど…。
その時―――
『………(ジジッ)』
「…ん?」
今、スピーカーからノイズが…? 何だ? 緊急事態とかじゃねえよな?
『準備が整いました。カプセルを移動します』
カプセルの設置された床がユックリと開いて、パンドラの入ったままのカプセルが床に吸い込まれて、床がシュッと閉じる。
まるで、「最初からここには何もありませんよ?」と言うような静寂。
「どこ行ったの?」
『階下へ移動して下さい』
奥の壁がスライドして開き、下り階段が現れた。
あ、何? 今までのは直してたんじゃなくて移動の準備してただけな感じなの?
そして、ここがすでに隠された地下研究所なのに、更に隠された施設が下にあんのね?
「んじゃ行くか?」
「はい!」「はい父様」
が、階段に一歩入ったところでビーッと明らかに警告する為の音と共に、照明が赤く点滅する。
「なんの警告だこれ?」
『ここから先へはP.D.E.R.16-03のマスター登録された方のみが入る事が出来ます』
「どう言う事ですか?」
「俺以外の奴は入ってくんな、って事らしい」
2人があからさまにガッカリする。
けど、まあ、この施設のAIが入ってくんなって言うなら、従うしかねえだろ…。無理に入ってパンドラの修復の手が止められたら、それこそ意味ないし。
フィリスも白雪も、その事情をなんとなく察したらしく扉の外に出る。するとウルサく鳴っていた警告音と赤い照明の点滅がピタリと止まった。どうやら、本当に俺以外は下に行けないらしい。
「んじゃ、ちょっと行って来るから待っててくれ。時間かかるようなら白雪に連絡するから、先にソグラスなりアルフェイルなりに戻ってて」
「分かりました」「お気を付けて!」
2人に見送られて階段を下りる。
3分程下り続けたが、まだ下に着かない。
随分長いな?
螺旋状になっているのか、大きく右にカーブした階段が延々と続く。このカーブのせいでどれくらい下に来たのかが自分でも良く分からない。
もしかして、同じ場所をずっとループしてたりして…等と馬鹿な考えが頭を過ぎった頃、ようやく終点に着いた。
着いた……のだが。
「扉が、やけに厳ついな…?」
上のスライド式のドアはもっと簡素で実用一辺倒って感じの作りだったのに…この扉は材質からして違う。
鉄……いや、何かの合金かな?
軽くノックして叩いてみると、触感がやたら冷たくて、音が全然響かない。この扉、振動が伝わりにくいのか?
それに、銀行だかの巨大金庫の扉に設置されるような、物凄い厳重そうな大きくて複雑そうなロックが付いている。
どう考えても普通の扉じゃない。
「この先はメンテナンスルーム的な物を想像してたんですけど…?」
ここは何だ?
核戦争を生き残る為に用意されたシェルターか何かか?
俺が色々想像していると、ロックが大きな音を階段に響かせながら勝手に解除され、ドアが半分ほど開く。
中に入れ、と言う事らしい。
厳ついドアを避けるように部屋に入ると、即座にドアがバタンッとしまってガチンっとロックがかかる。
………何? このホラーハウス的な展開?
まあ、このドアの開け方はパンドラの無事確認した後で考えよう。
溜息を吐きたい気分になりながら、改めて部屋を確認する。
「無駄に広いな…」
そこらの学校の体育館の倍くらい広い。そして天井が高い。
バスケットコートなら4つ分ってところかな? ウチの高校の体育館もこんぐらい広いと良いんだけどねぇ……そもそも、そんな高校が存在しているのかどうかさえ、怪しく思えてるけどな…。
広いのは…とりあえず良い。
けど、何もねえなこの部屋。ボールの1つでも転がってれば、スポーツ施設っぽい雰囲気が出たかもしれんけど…。
華やかさの欠片もない、ただただ広いだけの部屋。誰も居らず、耳の奥が痛くなる程の静寂が不安感を煽って来る。
っつか、パンドラはどこだよ?
とりあえず無駄な大きな空間に靴音を響かせながら部屋の中央辺りまで歩いてみる。
何も無い。そして誰も居ない。ドアが開く気配もない。
何? 俺をどうしたいのよ?
いい加減俺を放置しやがる事に呆れと怒りを感じ始めた頃、どこかに設置されているらしいスピーカー(どこに有るかは分からなかった)から、例の声が流れて来た。
『“匣”の起動シークェンスを終了します』
お、何か動きがあったっぽい?
部屋中が微かに振動する。
地震……じゃねえよな?
何かが部屋を掴んで揺すっているような、そんな変な揺れ方。
いや、この振動…部屋全体って言うか、部屋の奥から伝わって来てないか? 揺れと一緒に変な駆動音が聞こえて来てるし…。
周囲の壁の一部がスライドし、カメラのアイレンズが四方八方から俺を捉える。
『≪RED≫を確認―――』
嫌な感じだ。
機械相手に言うセリフではないが……妙に殺気立ってる!?
部屋の奥の壁が“開く”。
その奥に居たのは――――
「ロボ…?」
目測全長8m。多脚で移動するタイプで、全身に…見るからにヤバそうな銃っぽい武装を多数つけている。
誰がどう見ても戦闘用だよね? なんでこんなもんが出て来てんの? コッチはパンドラを治して貰いたいだけなんですけど…?
『プロジェクト“審判者”。ファイナルフェイズを開始』
巨大ロボがガショガショとムカデの足のように多脚を動かして俺に向かって来る。
足さばきが若干気持ち悪い。いっそキャタピラか何かに変更して貰いたいもんだ。
「ん?」
暗がりから出て来てようやく気付いた。
ロボットの頭の辺りに、何か―――?
「パンドラ……?」
体中を武器で固めた鉄の塊。
その頭部に、例のカプセルに入ったままのパンドラが居た―――!?
なんで…!?
カプセルの中では相変わらず目を閉じて意識はない。……お前は魔王に囚われたどっかの御姫様かよ。
「で…こりゃいったい、どう言う状況だよ?」
なんでウチのメイドの治療を頼んだら、こんなゴッツイお医者様が出てくるわけ? 誰か説明プリーズ。
『≪赤≫の継承者に告ぐ』
「あ?」
なんか言い始めたぞこのお医者様? 癌の告知とかだったら勘弁して下さい。
『貴方が世界の終わりを望む者でないのであれば―――』
砲門が重い音をたてて俺に狙いを定める。
『死を受け入れなさい』
「ふざけんな!」
言ってる事が唐突な上に意味が分からない。なんで世界の終わりを望んでないなら死ななきゃならねーんだよ!? 世界の半数以上の人間は死んじまうだろうがっ!
『≪赤≫の排除を開始します』
銃が火を吹いた―――