7-24 本当の自分
アルトさん達が帰って来てからは早かった。
エメラルド達を回収して、ギルドへの報告をまとめてお願いし、俺達へ支払われる褒賞金はソグラスの復興に使ってくれと言付けて、はい出発。
この間2分である。
その後即行でエルフの里に飛んで、寝たきりで目を覚まさないパンドラを俺が抱っこして再び遺跡に続く洞窟の前まで転移。
この間3分。
この5分の間に、周りの人達が色々言っていた気がするが、全部適当に流した。まあ、失礼があったらあったで、後で菓子折りでも持って謝れば良い。
夕闇が辺りを包み始め、1日の終わりが近付き始めた中を、パンドラを腕に抱いたまま遺跡に向かう。
………知ってたけど、重い…。87kgは伊達じゃねえ。
それでもなんとか腕が痛くなる前には地下の研究施設に辿り着く。
2度目でもやっぱり部屋中の機械に興味を引かれるのか、フィリスと白雪はキョロキョロと都会に来たばかりの田舎者みたいになっている。
一応2人には「下手に触るなよ」と釘を刺しておき、例の音声案内を呼び出す。
『ご用でしょうか?』
「パンド―――じゃない、P.D.E.R.16-03を連れて来た。修理の設備を使いたい」
『―――認証を確認。ロック解除時の認証……≪RED≫を確認』
なんか色々チェックされてる…。
本来なら、多分ここの研究所のIDか何かが必要なのを、無理矢理使用できる方向に持って行こうとしてくれている…かもしれない?
『最終フェイズへ移行。“匣”の起動準備……97%』
「……箱?」
なんだろう? 救急箱とか、そんな感じの意味かな?
ここの機械の動かし方が全く分からない俺としては、この音声が勝手に修理設備を動かしてくれるのを待つ事しか出来ないので、とりあえず聞き流す。
『最終安全装置を解除………確認』
何をしているのかは分からないが、部屋のパソコンのいくつかが勝手に動きだして、俺には意味不明な文字列が表示されては消える。
『準備が整いました。P.D.E.R.16-03を、カプセルの中に寝かせて下さい』
カプセルって…部屋奥のアレだよな? パンドラが寝てたあのカプセル状の寝床。
……でも、あの中にはパンドラを治せるような物無かったよな?
いやいや、でも未来の技術なら、何とかライト的な光を浴びせたら元通りになるとか、そんな超技術かもしれないし。
言われた通りにパンドラを寝かせる。
『カプセルをロックしますのでお下がりください』
「へーい」
言われた通りに離れると、勝手に蓋が閉じ、レバーがガションッと動いてロックされた。
「これでパンドラさんは治るんです?」
「うーん…そう願うしかないねえ…」
白雪の問いに、ハッキリ「助かる」と断言出来ないのが歯痒い。
出来る事なら俺等の手で助けてやりたいが……この世の果てまで、どんな傷も癒す薬草とか取って来たとしても治せないからな。
機械技術は本当にどうしようもない。専門的な知識がないと手が出せないし、下手に触ると余計に状態を悪化させてしまう。昭和の時代の「テレビは叩いて直せ」なノリは、ガチ物の機械には通用しないのだ。
「赤…ーク様」
今完全に赤つったなお前…。
「今後の話なのですが、パンドラの治癒が完了した後はどうなさるのですか?」
今後か……。今まではパンドラを助ける事で頭いっぱいだったけど、いつまでもそのままって訳にはいかねえよな?
俺の旅の最終目的は、勿論この体をロイド君に返す事だ。
……けど、その前にカグと偽物の俺についてのケリを付けておきたい。ロイド君に体を返す時、最悪俺はこの世から消える事になる。だから、そうなる前に俺の……阿久津良太としての後始末はしておかねえとな?
カグ……アイツは操られてたっぽいから、出来る事ならその支配を解いてやりたい。もし、万が一…億が一にカグが自身の意思でアイツ等に加担しているのなら、引っ叩いてでも正してやらなきゃ。
で、そのカグを操ってるっぽい雰囲気を出してた偽物の俺は結局何なんだ? 俺の肉体は、コッチに来る時の事故で死んだ―――。
そこでふと、今まで考えもしなかった事が頭を過ぎった。
――― 俺は本当に死んだのか?
いや、だって、俺には轢かれた時の記憶が無い。真近までトラックが迫って来たのは憶えてる…けど、体にトラックがヒットしたのかどうかが分からない。カグがコッチに来ているのなら、俺も轢かれる前に体ごと転移して来たって可能性は有り得る。
いや! ちょっと待てっ!!? だとすると、カグの隣に居た“阿久津良太”は本物だって事になる。
でも、そうすると……
――― 俺は誰なんだ?
今まで疑った事なんてなかった。
けど、もう1人の阿久津良太が現れて、初めて俺は自分が「違うんじゃないか?」と疑いを持ってしまった。
だって…俺には、自分が本当の阿久津良太だと証明できる物がない。
自分が自分である1番簡単な方法は、血であり遺伝子であり…つまるところ肉体だ。
確かに俺には阿久津良太としての記憶がある。だけど、記憶なんてあやふやで形がない物だ。これが本当の記憶だと誰が言える?
足元が崩れるような錯覚。
自分が何者なのかと言う確証が持てない。
「父様…?」
頬っぺたに触れた小さな手の感触にハッとなって我に返る。
「どうしたんです? とっても恐い顔をしていましたわ……それに、父様の思考が見えなくて……」
無意識に白雪の意識を外に弾きだしていたらしい。
悪いとは思ったが……さっきの思考を読まれていなかった事に安堵する。
「………いや……なんでもない」
体が震えそうになる程の不安を思考を断ち切る事で締め出す。
俺が誰であろうと、皆は今ここに居る“俺”を信頼して信用してくれている。それだけは絶対に揺るがない。
……大丈夫。例え、俺が阿久津良太でなかったとしても、俺がアークとして過ごして来た日々は絶対に嘘じゃない。その間に出会った人も…助けた人も、助けられた人も、全部…全部偽物なんかじゃない。
今は、それだけで十分。
「≪赤≫の御方、しかし顔色が…」
心配し過ぎで呼び方戻ってるっつうに…。
「いや、本当にもう大丈夫。それより今後の事だけど、水野―――≪青≫の継承者と、アイツを連れ去った連中をどうにかしたい」
「そうですね! あのような輩が世にのさばって許されるわけがありませんから!」
フィリス燃えてんな?
やっぱり亜人の中でもエルフと仲良かった妖精族がアレだけやられたのを腹に据え兼ねているんだろう。
っと、あの連中相手にするんなら、言っとく事があったんだ。
「悔しいけどアイツ等は強い。もしかしたら、俺達も分断されて個々で行動するような事になるかもしれない。もし俺が見つからず連絡もとれないようなら、冒険者ギルドで俺の名前使って良いからガゼルかルナを頼れ。あの2人なら、多分力になってくれる」
白雪は元気に「はい!」と返事をしてくれたが、お前はガゼル知らねえしルナともほとんど面識ねえじゃん。
一方フィリスは2人の名前を聞いて少しだけ表情を暗くした。
「……やっぱ、色々複雑か?」
「…はい。申し訳ありません…」
「いや、まあしょうがねえよ」
ガゼルは同じ亜人と言っても、アッチは竜人だ。特別な存在で、フィリスも色々思うところがあるみたいだし、それはしょうがない。
ルナの事に関してはもっとしょうがない。アイツの宿してる≪黒≫は亜人戦争で、亜人達を蹂躙した魔神の1つだからな。